第20話 交渉
翌日の早朝。
オレとエリシアはバレットさんの工房を訪ねた。
「またお前たちか。何度来ても装備は作らんぞ」
こちらが交渉を始める前に断られてしまった。
今までもこんな調子だったし、早くも諦めそうになってしまう。
だけど、今回はオレたちも手ぶらで来たわけじゃない。
オレは荷袋からオレンジ色の粘液が入った小瓶を取り出して見せた。
「む? それはまさか……」
「スリープスライムの粘液。オレたち2人で倒して手に入れたんだ」
バレットさんはオレが腰に帯びている剣を一瞥した。
「リオールの入れ知恵か。あやつめ。余計なことをしよって」
「魔物と戦えるようになって、薬の材料もあとはレッドドラゴンの巣材だけなんだ。最後の素材を手に入れるために、装備を作って欲しい」
バレットさんは大げさにため息をついて見せた。
「スライムを倒したくらいでドラゴンに挑みたいなどと無謀だとは思わんのか? 悪いがお断りじゃ」
これでも無理なのか。
いや、まだ諦めるわけにはいかない。
「なんでそんなに嫌がるんだよ。オレたちの実力が足りないからなのか? シオンを助けるためにはバレットさんの力が必要なんだ。断るならせめて理由くらいは教えて欲しい。じゃないと納得できない」
「バレットさん。私からもお願いします。兄さんを助けたいんです」
オレとエリシアが必死に頼み込むのを聞いて、バレットさんは眉間に皺を寄せた。
「むう……。お前たちもしつこいのぉ。仕方ない。少しばかり長くなるが、話してやろう」
観念したかのように膝を叩いて、バレットさんは語りだした。
「もう随分と昔の話じゃ。ワシは冒険者をやっておった。鍛冶仕事を学ぶのが嫌で祖国を飛び出しての。今思えば若気の至りじゃった」
バレットさんも冒険者だったのか。
危険な場所を忌み嫌っているみたいなのに意外だ。
「そんなワシを心配して幼馴染が着いて来おってな。なんど断っても諦めないもんだから、仕方なく連れて旅に出たんじゃ」
幼馴染。
もしかして、前に金物屋の中で見た写真のようなものに写っていた人か。
「そうしてどれくらい一緒にいたか。冒険にも慣れて危機感が薄れてきた頃じゃった。ワシは左手と幼馴染を同時に失ったんじゃ」
心臓がドキリと跳ねた。
バレットさんは苦々し気に義手の左手をじっと見ている。
「魔物がいる領域に足を踏み入れたら、いつ死んでも文句は言えん。シオンを助けるためと言うが、その前にお前たちが命を落としては意味が無い」
オレとエリシアはスライムとの戦いを無事に乗り越えた。
だけど、その成功体験のせいで魔物の危険性を甘く見始めていたのかもしれない。
バレットさんの言葉が重く心にのしかかる。
「命はな。失えばそれまでじゃ。わざわざ危険な場所に行こうとしておるのを手助けなどしたくはない」
目を伏せて語るバレットさんの背中はいつもより小さく見えた。
なんと言えばいいか、一瞬迷った。
だけど、オレだって覚悟を決めたんだ。
「バレットさんが、オレたちの事を心配してくれていたのは分かったよ」
身を乗り出して、バレットさんの目を真っすぐ見る。
「でも、薬の材料を手に入れられなかったら、オレとエリシアは家族を失うことになる」
「……」
「自分の命をかけても、挑戦しなきゃいけない。いや。挑戦して、乗り越えて、家族ともう一度会いたいんだ」
自然と溢れてきた言葉を思い切り吐き出して、反応を待つ。
「……家族か」
バレットさんはポツリと呟いて、目を細め天を仰いだ。
「ワシも歳じゃな。ちょっとばかり、意固地になっておったようじゃ」
目元を右腕で拭って、バレットさんは作業場に座りなおした。
「いいじゃろう。命を賭ける覚悟があるならもう止めん。装備でもなんでも用意してやるわ」
「……ほ、本当ですか?」
エリシアが驚いたように聞いた。
「ああ。気が変わらん内に、さっさと作って渡してやろう。待っておれ」
バレットさんはそう言って手際よく作業を開始した。
「バレットさん、ありがとう」
オレが感謝の言葉をかけると、バレットさんは振り向くこともなく呟いた。
「ふん。礼はまだ早いわ。それを言うなら、完成品を受け取ってからにするんじゃな」
凄まじい集中力で装備を作るバレットさんの背中が頼もしい。
残る薬の材料はレッドドラゴンの巣材だけだ。
つまり、いよいよ恐ろしい竜と対峙しなければならない。
元の世界に戻るため、そしてシオンをこちらの世界に呼び戻すため。
最後の試練に挑むときが近づきつつあった。




