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第10話 カケルの家族

「どうして? カケルは家族の所に戻りたくはないの?」


 シオンにそう問われて、言葉に詰まる。

 帰りたくないと言ったはいいものの、まだ理由をはっきりと言葉にすることができていなかった。

 だけど、今まで誰にも言えなかった気持ちが沸々と湧き出てきていた。


「母さんも、父さんも、朱音も。オレのことを何とも思っていない。だから、帰る理由なんてないんだ」


「なんでそう思うの?」


 すぐさま質問を返されて面食らってしまう。

 なんで?

 そんなの、決まっている。


「オレが家族のために頑張っても、誰も助けてくれないからだよ。みんな、オレが苦労しているのに気にも留めない。オレのことなんてどうでもいいんだ」


「どうでもいいなんて、思ってないんじゃないかな」


 溜まりに溜まった愚痴を吐き出すオレを諭すように、シオンは静かに疑問を投げかけてくる。


「……っ! シオンには何も分からないだろ」


「いいや。分かるよ」


 カッとなって声を荒げた直後。ピシャリと否定されて、思わず怯んでしまう。


「……なんで、そんな風に断言できるんだよ」


「この場所にいても感じるし、聞こえるんだ。手の温もりや、カケルを呼ぶ声が」


「えっ?」


 シオンはまっさらな白い空間を見上げた。


「カケルの家族は君を励ましているんだ。待ってるんだよ。君の帰りを」


「そんなわけ……」


 否定しようとしたけれど、言葉が出てこない。

 そこでハッとする。

 

 家族がオレのことを待っていると聞いて、期待してしまったのか。オレは。


「……信じられないならそれでもいいよ。でも、僕はエリシアの所に帰りたい。人助けだと思って協力してくれないかな」


 シオンは柔らかい語調で、説得するように言った。

 でもつい意地を張って、オレは帰らない理由を探してしまう。


「そんなこと言ったって、オレが元の身体に戻っても目が覚めないかもしれないじゃないか。……シオンには悪いけど、わざわざ死にに行くようなことはしたくない」


「カケルは目覚めるよ」


 またしても、キッパリと言い切るシオン。


「なんでそんなことが分かるんだよ……」


「分かるさ。この身体は生きようとしているからね」


 シオンはそう言って、胸に手を当てる。


「命の鼓動が強くなっているんだ。家族の声を聴くたびに、確実に。君の身体も、家族のもとへと帰りたがっているんだと思う」


 度重なるシオンの説得に抗えなくなって、オレは両手を上げた。


「あ~、もう。分かったよ。手伝えばいいんだろ」


 シオンはニッコリと笑った。


「ありがとう。恩に着るよ」


「ほぼ拒否権なかったけどな」


「悪いね。僕もこのままこんな場所にずっといたくないからさ」


 ほんの少しだけど、辛そうに口元を歪めて苦笑するシオン。

 エルフと人間のハーフなら、おそらく長命なんだろうけど……。


 誰もいない夢の中に閉じ込められるのは、それなりに堪えているみたいだ。

 ここに彼を放置してしまうのは、さすがに良心が痛む。


「やるからにはちゃんと協力はする。だけど、手掛かりもなしで元の世界に戻る方法を探すのは、正直難しいかもしれない」


 助けたいのは山々だけど、そう簡単な話じゃないのも確かだ。


「それなんだけどね。僕に1つ心当たりがある」


「心当たりって……、あっ!」


 視界の端に白い霧が流れるのが見えて焦る。

 下を見るとすでにオレの下半身は消えかかっていた。

 前と同じだ。もう目が覚めてしまう。大事な話の途中なのに!


「薬屋のライラさんを頼るんだ! あの人ならきっと力になってくれる」


 シオンの顔が霞に包まれて見えなくなっていく。


「頼んだよ」


 返事をしようと口を動かそうとしたが、声が出ない。

 そして、停電したみたいに唐突に視界が暗転した。

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