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第1話 少年の憂鬱

 季節は秋。夏の暑さがまだ少し残る土曜日の夕方。

 傾いた太陽の日差しが歩道を真っ赤に染める中、オレは妹と一緒に帰路を急いでいた。

 中身が詰まったエコバッグの持ち手が右手に食い込む。

 ジリジリと照り付ける西日がやけに熱い。首筋を汗が流れ落ちていく。


「あらあら。翔琉かけるくんと朱音あかねちゃん、今日も買い出し偉いわねぇ~」


 いつものように声をかけてきた近所のおばさんに軽く会釈する。

 隣を歩いていた朱音はニッコリと笑い、元気よく声を張り上げた。


「おばさん、こんにちは!」


 おばさんは釣られるように顔を綻ばせて、小さく手を振り通り過ぎていく。


 荷物の重さで肩が軋む。

 帰ったらさらにカレーを作らないといけない事実に、ため息が出てしまいそうだ。

 なんでオレがこんなに苦労しないといけないのか。


 ふと、近くの家から肉を焼く匂いが流れてきた。

 食欲をそそる香りで、懐かしい記憶が蘇る。


 料理をしている母さんの後ろ姿。

 リズミカルに食材を刻む音。母さんが作る特製ハンバーグの味。

 弟が生まれてからは、母さんが夕飯を作ってくれることはなくなってしまった。

 

 買い出しも料理も洗濯も、大体の家事が今やオレの仕事だ。

 中学二年に進級して新しい友達が増えたのに、夏休みもろくに遊べなかった。


 こんなに働いてるんだから、お小遣いの増額くらいしてくれたってバチは当たらないんじゃなかろうか。

 しかし、現実は厳しい。


 弟の玲生れおはまだ一歳だから、母さんは当分手が空かない。

 父さんは単身赴任で家には帰って来ないから頼れない。

 こんなに頑張っていても誰も褒めてくれないなんて虚しすぎる。


 目についた石ころを歩道の隅に向けて蹴っ飛ばす。


 不意に袖を引っ張られて目をやると、朱音のポニーテールが踊るように揺れた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。そこの雑貨屋さんに寄ってもいい?」


「ダメ。帰ったら晩飯作るんだから、そんな時間ねーよ」


「えー? お願いっ! 少しだけでいいから! 玲生の分も買いたいし~」


 朱音は両手を擦り合わせて、懇願するように上目遣いでこちらを見た。


 母さんに散々甘やかされてきたからって、オレにも同じ扱いを求めないで欲しい。

 一緒に公園で遊んでいた頃はもっと可愛げがあったのに、どうしてこうなったのか。

 もう11歳なんだから、あんまり手間をかけさせないでくれよ。

 

「ダメなもんはダメなの。雑貨見たいなら今度行けばいいだろ」


 妹の駄々に付き合いきれなくなって、早歩きを始める。


 朱音も母さんも父さんも、オレを労わろうとはしてくれない。

 いっそ家族なんかいないところに行って、一人で生きたいくらいだ。

 きっとその方が気楽に暮らせるに違いない。


「ちょっとー、待ってよー」


 取り合わなければ、朱音も諦めるだろう。

 わざと朱音が追い付けないくらいに足を速める。


 しかし、目の前の青信号が点滅し始めた。

 仕方なく足を止める。


「はぁはぁ、お兄ちゃんのケチ~」


 息を切らせて駆け寄ってきた朱音の方へと振り返る。


「母さんが待ってるんだから仕方ないだろ。早く帰って飯を作らないと……」


 言いかけた所で、突然眩い光に照らされ目を細めた。

 その光がトラックのヘッドライトであることに気が付いて、オレは愕然とした。


 後ろから大型トラックがオレたちのいる場所に向かって突っ込んで来ている。

 運転手はハンドルに突っ伏して前を見ていない。


 気絶か居眠りか、どっちにしてもこのままじゃまずい!


「朱音! 危ないっ!」


 反射的に、オレは朱音の肩をつかんで思い切り放り投げた。


 次の瞬間、鈍い音が頭の中で響いた。

 微塵も減速せずに走って来た巨大な鉄の塊に跳ね飛ばされて、身体が宙を舞う。

 世界がグルグルと回る。景色が流れていく。


 赤くなった歩行者信号。いまだ止まらず暴走するトラック。

 最後に、逆さまになった視界の真ん中に尻もちをついている朱音の姿が見えた。


「お兄ちゃんっ!」


 いまだかつて見たことがないくらい驚いた顔で朱音が叫んでいる。

 その声がやけに遠く聞こえた。


 スローモーションのようにゆっくりと、地面が迫ってくる。

 そして、オレの視界は真っ暗になった。

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