第98話 龍王アマテラス
ミサキは剣を構えながらも、すでに息が上がっていた。
リーナも額に汗を浮かべ、杖を握る手がわずかに震えていた。
周囲を囲む数十体の龍。
それぞれが口を開き、今にも強力なブレスを吐き出そうとしている。
「まずい……!」
リーナが防御の魔法を発動しようとした、その時
「待て」
ズゥゥゥン……!
大地が震えるような、重々しい声が響き渡った。
その瞬間、龍たちが 一斉に動きを止める。
ミサキたちが声の方を見ると、巨大な赤い龍が、悠然と空を舞いながら近づいてきた。
その体躯は、他の龍よりも一回りも二回りも大きく、威圧感が桁違いだった。
「龍王様!」
「アマテラス様!」
周囲の龍たちが、次々とひれ伏す。
「……人間よ、何故この山に来た?」
赤き龍王は鋭い金色の瞳を向けながら、静かに問いかけた。
「……桜楼石を探しに来ただけです」
ミサキは警戒しながらも、正直に答える。
龍王はじっとミサキを見つめる。
「ほう?危険な樹海を抜け、大和山にまで登り、我ら龍の縄張りにまで踏み込んでなお、桜楼石を求めるとは……」
その言葉には、わずかな興味が含まれているように感じた。
「……魔法の研究にどうしても必要だと……師匠が」
その言葉に、龍王の瞳がわずかに揺らいだ。
「師匠?どんな奴だ?」
「……魔族の生き残りの魔術師です」
一瞬、周囲の龍たちがざわついた。
「魔族……だと?」
「魔族は死に絶えたハズでは……?」
龍王はしばらく考え込むように沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「魔族の魔術師……もしや……ラプラス殿の事か?」
「――!?知ってるんですか?」
ミサキが驚きの声を上げる。
「……ああ。100年前、この国は彼女たちに救われた」
「救われた……?」
ミサキ、リーナ、ツバキの三人は顔を見合わせる。
「どういうことですか?」
龍王は、静かに語り始めた。
「100年前――この国ヤマトに、とんでもない化け物がやってきた」
「化け物……?」
「その名をオロチ。三つの首を持つ龍で、我々龍族ですら歯が立たない、恐るべき怪物だった」
ミサキたちは、固唾を飲んだ。
龍達でも敵わないほどの怪物……?
ミサキたちは息をのむ。
「我々は総力をあげて戦ったが、炎も氷も雷も、どんな攻撃も奴には通じなかった。
多くの同胞が命を落とし、この国はまさに滅亡の淵に立たされていた……」
リーナが震えた声で尋ねる。
「そ、そんな怪物が……それで、どうやってオロチを倒したんですか?」
龍王はゆっくりと目を閉じた後、静かに続けた。
「……その時、勇者殿とラプラス殿が現れたのだ」
「勇者殿は神より授かりし剣を持ち、ラプラス殿は強大な魔力をもってオロチに挑んだ。
戦いは非常に激しく、大地は裂け、空は雷鳴に包まれた……
おそらく、あれほどの戦いは この国の歴史上、二度とないだろう」
ツバキが思わず息を呑んだ。
「……そ、そんな壮絶な戦いがあったのか」
龍王は頷く。
「そして、最後の一撃、勇者殿は、自らの剣にオロチを封じ込めることに成功した」
「剣に……封じ込めた?」
「そうだ。それが、オロチとの戦いの結末だった」
「……その封印されたオロチは、今どうなっているんだ?」
ミサキが慎重に尋ねると、龍王は低く唸るように答えた。
「この国の外れの土地に厳重に封印されている」
「そうなんですか……。」
リーナが小さく胸をなでおろす。
「お前たちの師であるラプラス殿には、この国は大いに助けられた。その恩もある」
龍王は鋭い眼差しでミサキたちを見据えた。
「加えて……お前たちは悪人にも見えない」
そして、静かに言った。
「今回のところは許してやろう」
ミサキたちは顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
「……ありがとうございます!」
「さあ、背中に乗れ」
龍王はそう言うと、ゆっくりと身体を伏せた。
「この山を下るのは容易ではないだろう」
ツバキが驚いた表情で問いかける。
「いいんですか?」
「礼を言うなら、ラプラス殿に言うがいい……それと、落ちるなよ」
ミサキたちは感謝を込めて頷くと、龍王の背に乗り込んだ。
「わっ、高い……!」
「すごい……!」
「では、行くぞ」
バサァッ!
巨大な翼が広がり、龍王の身体が大空へと舞い上がった。
こうして、ミサキたちは 龍王の背に乗り、大和山を後にするのだった。
***
ヤマトの街が見えてきたとき、ミサキたちは改めて龍王の背に乗っているという現実を実感した。
「……本当に、すごい体験だったな」
ツバキがしみじみと呟く。
「龍の背に乗って空を飛ぶなんて、久しぶりだな」
ミサキも感慨深そうに頷いた。
「何ッ!?お前達、前にもこんな経験をしたことがあると?」
「うん、イグニスって龍の背中に乗せてもらったことがあるんです!」
「そうなんだ……凄いなお前達」
バサァッ!
龍王が大きく翼を広げ、ゆっくりと着陸する。
「ではさらばだ、ラプラスの弟子たちよ」
大地に降り立ったミサキたちは、龍王の前に立ち、お辞儀をした。
「龍王様、本当にありがとう。おかげで無事に帰ってこられたよ」
「ありがとうございます」
リーナも丁寧に頭を下げる。
「……礼は不要だ」
龍王はそう言うと、ゆっくりと翼を広げる。
「お前たちが誠実な者であると分かっただけで十分だ……では、さらばだ」
ゴォォォッ!!
強風が巻き起こり、龍王は大空へと舞い上がっていった。
「……行っちゃったな」
ミサキは小さく呟く。
「さて、これからどうするんだ?」
ツバキが問いかけると、ミサキは腰に手を当て、軽く伸びをした。
「桜楼石も手に入ったし……次の島に行くことにするよ」
「そうか。じゃあ、契約もここまでってことだな」
ツバキは軽く腕を組みながら、どこか寂しそうな表情を浮かべた。
「……ああ、本当にありがとう」
「ふふっ……別に礼を言われるほどのことじゃないさ」
ツバキはわずかに微笑みながら、ゆっくりと背を向ける。
「じゃあな、またどこかで会おう」
「うん、またね」
こうして、ミサキとリーナはツバキと別れた。
「はぁ~~、疲れた~~……!」
ミサキは旅館の布団に 思い切り倒れ込んだ。
「ふふっ、すごい戦いでしたからね」
リーナはクスッと笑いながら、隣で荷物を整理している。
「でも、無事に戻ってこられてよかった……」
「ほんとにな……。しっかし、夢を見たり、もう1人の自分と戦ったり、龍と戦ったり、龍王と話したり、なんかもうすごすぎて現実味がないよな」
「ふふ、でも、確かにあったことですね」
ミサキは少し笑って、ゴロンと寝返りを打つ。
「よし、明日からまた、新しい島を目指して頑張るか……その前に、今日はゆっくり休もうか」
「うん、おやすみなさい、ミサキ」
「おやすみ、リーナ」
こうして、ミサキたちは次の冒険へ向け、束の間の休息を取るのだった。
***
ヤマトの遠く離れた 荒れ果てた地。
岩肌がむき出しになり、黒く焼け焦げた大地が広がるこの場所は、かつて何かが封印された地だった。
ザッ……ザッ……
そこに、一人の青年が歩いてきた。
サカズキの息子、サカモトである。
「父上は負けた……暗殺者を差し向けてもダメ……」
青年の瞳には怒りと焦燥が渦巻いている。
「こうなったら……奴らを倒す方法は……これしかない……!」
ゴゴゴゴ……!
目の前にそびえ立つのは、朽ちた祭壇と、そこに深々と突き刺さった一本の剣。
その剣こそ、かつて邪悪な存在を封印するために使われたものだった。
「この剣を抜けば、全てが終わる……!」
サカモトは剣の柄を握りしめる。
ゴォォォォォォォ!!!
剣がわずかに揺れた瞬間、地面が震え、暗黒の魔力が漏れ出し始めた。
「くっ……重い……!」
それでもサカモトは力を振り絞り、ゆっくりと剣を引き抜く。
ズブッ……!
その瞬間
ブワァッ!!
闇の魔力が噴出し、辺り一帯を黒い靄が覆った。
剣は粉々に崩れ去る。
ゴゴゴゴゴ……!!!
地面が割れ、巨大な影が姿を現す。
「よくぞ……我を開放してくれた……」
そこに現れたのは、三つの首を持つ、巨大な黒き龍。
「貴様が我を解き放ったのか?」
龍の中央の首が、ゆっくりとサカモトを見下ろす。
サカモトは恐れを押し殺しながら、叫んだ。
「我がそなたを開放した!頼みがある!」
「頼み?」
「黒髪の旅人とエルフの娘を殺してくれ!」
一瞬、沈黙が流れた。
次の瞬間
「誰に命令している……?」
ズシャッ!!!
龍の右の首が素早く伸び、サカモトを一瞬で捕らえた。
「な、何っ――!?がぁぁぁぁ!!!」
バクリ……!
サカモトはそのまま、ひと飲みにされた。
ゴクリ……
龍は不快そうに唸りながら、首を振る。
「フン……不味い……」
サカモトを飲み込んだ左の首が、不快そうに舌を鳴らした。
「だが、まぁいいだろう……貴様の願い……叶えてやる……」
ゴォォォォォォォ!!!
龍は巨大な翼を広げると、一気に大空へと舞い上がった。
面白かった 続きが読みたい方は ブックマーク 感想 星を入れてくれると励みになります




