第93話 目覚めの時
ミサキは夢を見続けていた。
日本に帰ってきた夢を。
自宅のソファに座り、くつろぐミサキ。
窓の外には、見慣れた街並みが広がっている。
テレビから流れるのは、日本のニュース。
スマホを開けば、知り合いのSNSがいつも通りに更新されている。
遠くからはトントントンと、母親が夕食の支度をする音が聞こえてくる。
「……本当に、帰ってきたんだな」
そう呟くと、ミサキはソファに寝転んだ。
異世界に来てから数年。
ずっとここに帰ってくる事を願っていた。
唐突ではあるが、それがついに叶ったのだった。
できる事なら、リーナにも、この光景を見せたかった。
いや、せめてお別れの挨拶ぐらいはしたかった。
リーナは一体どこに居るんだろう……
ミサキは無意識に「リーナ……」と呟いていた。
***
ミサキは優等生だった。
勉強もできる。
運動もできる。
決して威張ることなく、誰にでも公平に接していた。
だから、周囲にはいつも人がいた。
"ミサキは完璧だね!"
"ミサキといると安心する!"
そんな言葉を何度も聞いた。
――でも、ミサキは気づいていた。
"完璧なミサキ"だから、皆が近くにいるだけだと。
彼女の本当の趣味を語れる相手はいなかった。
登山、キャンプ、釣り、自転車旅行……。
そんな話をしても、同じクラスの女子たちは「変わってるね」と笑うだけ。
一方で、彼女たちはブランド物の服や化粧、イケメン俳優などの話題に夢中だった。
ミサキには、興味がなかった。
故に、彼女達の話題にはついていけなかった。
少しずつ、彼女の周りから人が離れていった。
彼女を「変人」と呼ぶ声も聞こえた。
――そんなミサキが、初めてできた本当の友達が、リーナだった。
リーナは、そんなミサキを否定しなかった。
彼女はミサキの話を楽しそうに聞き、自分も冒険をしてみたいと言った。
初めて、自分をありのまま受け入れてくれる存在に出会えた。
***
ミサキの胸が、締めつけられる。
リーナに別れも言えなかった。
彼女は、今一体どうしているのだろう?
ひょっとしたら、あの樹海に取り残されてるのではないだろうか?
あの樹海はとても危険な所だ。
私がこっちに来たことで、今頃大変な事になってるのではないだろうか?
そう思うと、気が気ではなくなってしまう。
なんとかして、あそこに戻る事はできないのか?
そう思った瞬間。
「あの世界に戻りたい……?」
突然、声が響いた。
驚いて振り向くと、いつの間にか黒髪の少女が立っていた。
「お前は……!」
ミサキは息を呑んだ。
覚えている。
かつて、海で漂流したとき、意識を失った夢の中で、同じ少女と会ったことがある。
「戻りたいなら……教えてあげる……」
「あの世界に戻れるのか!?」
ミサキは驚きつつ彼女に尋ねる。
黒髪の少女はこくりと頷いた。
「一体どうすればいい……!?」
少女は少し微笑んだ。
「まず、意識するの。ここは夢の世界だって……」
「夢の世界……?ここは夢の世界なのか……!?」
ミサキは少し戸惑いながら質問をする。
「ええ……ここは夢の世界。貴方にとって、幸せな夢の世界……」
「現実じゃなかったのか……通りで突然帰って来れたと思った……」
現実だと思っていた故郷の世界。
それが夢だと知り、軽くショックを受けつつも、ミサキの目には強い光が宿っていた。
「それで、次はどうすればいい!?」
「ゆっくり目を瞑って……意識を胸に集中して……ここは夢の世界だと自分に言い聞かせるの」
ミサキは言われた通りに目を閉じる。
「これは夢……私は……夢を見ている……」
すると、不思議な感覚に包まれた。
まるで身体が海の底に沈んでいくような感覚。
「そのまま……光を感じる方向に向かって泳ぎなさい……」
ミサキは意識の中で泳ぐように動いた。
暗闇の中、遠くに小さな光が見える。
そこへ向かって、必死に手を伸ばす。
パァァァッ!
眩しい光に包まれた瞬間――
***
「……ハッ!」
ミサキは、大きく息を吸い込んだ。
目を開くと、そこは大樹海の中だった。
大きな木々がそびえ立ち、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。
すぐ隣には、リーナとツバキが眠ったまま横たわっていた。
額に手を当てながら、ミサキは荒い息を整える。
もし、あのまま夢から目覚めなかったら、一体どうなってた事か……
だが、安心するのはまだ早い。
リーナとツバキを目覚めさせなければ。
ミサキはリーナとツバキの肩を揺さぶった。
「起きろ!二人とも!」
必死に呼びかけると、まずリーナがゆっくりと目を開けた。
「あれ……?」
リーナはぼんやりとした表情で起き上がると、胸に手を当てる。
「とても……幸せな夢を見ていた……気がする……」
その呟きには、どこか未練が滲んでいた。
一方、ツバキも目を覚まし、頭を振って周囲を見渡す。
「どうしてこんな所で寝てしまったんだ……?」
混乱しながらも、すぐに状況を把握しようとするツバキ。
ミサキは真剣な表情で答えた。
「……何者かの魔法によって、私たちは眠らされていたんだ」
リーナとツバキの顔が一瞬にして険しくなる。
リーナは震える声で言った。
「全く気が付かれずに、私達を眠らせるだなんて……そんなことができるのは、相当な魔術師のはず……」
ツバキも険しい顔で腕を組んだ。
「……相手は確実に、俺たちを無力化しようとしていたんだろう」
ミサキは深く息を吐き、拳を握った。
「……改めて気を引き締めないと。この森……想像以上にヤバいぞ」
三人は改めて警戒を強め、再び大樹海の奥へと歩みを進めた。
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