第55話 夢見の砂の行方
ジャンゴは、ゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界の中に、天井が映る。
「ここは……?」
ジャンゴが何が起こったのか思い出そうとしたとき――
「ジャンゴ!」
温かい声が耳に届いた。
顔を横に向けると、そこにはミサキとリーナの姿があった。
「よかった……!気がついたんですね!」
リーナが安堵の表情を浮かべる。
「本当に……心配したんだから」
ミサキもほっとした様子でため息をついた。
そして、その向こうには——
「父さん……?」
ジャンゴの父が立っていた。
「ジャンゴ、お前に聞きたいことがある」
ジャンゴは息をのんだ。
「お前、本当に盗賊団にいたのか?」
静かながらも、確かに重みのある言葉だった。
胸が締めつけられる。
ここで嘘をつけば、きっと楽になる。
けれど——
逃げたくない。
もう、逃げたくない。
ジャンゴは拳を握りしめた。
「……いたよ」
震える声で答える。
「僕は、盗賊団の一員だった……」
部屋の空気が一瞬、静まり返った。
ミサキは特に表情を変えず、ジャンゴを見つめてみた。
リーナは驚いた表情を見せたが、何も言わなかった。
ジャンゴの父は目を閉じ、深く息をつく。
「……そうか」
父の静かな声が響く。
「盗賊団に入っていたこと、それは大変なことをしてしまった」
ジャンゴの心臓が強く打った。
「だが、罪は償うことが大事だ」
父の目は、ただ責めるだけのものではなかった。
「今までずっと逃げてばかりいたお前が……自分の力で立ち向かおうとした。俺は、それが嬉しい」
「父さん……?」
「お前は確かに間違えた。でも、それを正そうとする気持ちがあるなら、やり直せる」
その言葉に、ジャンゴの胸が熱くなった。
「僕は……僕は……」
涙があふれた。
これまで隠していた罪悪感、弱さ、情けなさ――すべてをさらけ出すように、ジャンゴは涙を流した。
「僕……僕、やり直せるのか……?」
「もちろんだ」
父が力強くうなずいた。
「お前は俺の娘だ」
ジャンゴは声を押し殺しながら、父の胸に飛び込んだ。
***
しばらくして、ジャンゴが落ち着くと、ジャンゴの父がミサキとリーナの方を向いた。
「……お前たちにも礼を言わなきゃな。
ジャンゴを盗賊団から助け出してくれた礼もあるし、何よりジャンゴがここまで成長できたのは、お前たちのおかげでもある」
「そんな、私たちは……」
リーナが謙遜するが、ジャンゴの父は静かに首を振った。
「仲間というのは、時に家族以上の影響を与えるものだ」
「……それは、確かにな」
ミサキはどこか納得したように笑った。
「ありがとな」
「どういたしまして」
***
あの後、ミサキとリーナはジャンゴ達の家に招かれていた。
一息ついたところで、ミサキはジャンゴの父に尋ねた。
「あの……ジャンゴのお父さん」
「ガルダだ」
「ガルダさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「……『夢見の砂』って知ってますか?」
ガルダはその言葉を聞くと、眉をひそめて腕を組んだ。
「夢見の砂……か。ずいぶんと古いものを探してるな」
「知ってるんですか!?」
「まぁな。夢見の砂は、昔々に作られた魔導具の一種で、様々な錬金術の材料に使われていた砂だ」
「それなら、今でも使われてるのか?」
ミサキが食い気味に尋ねると、ガルダはゆっくりと首を振った。
「いや、もう作られていない。
夢見の砂なんて心地のいい名前をしてるが、実際は人体実験で作られる非人道的な素材で、だいぶ前に失われた。
今となっては、作り方はおろか、どこにあるのかもわからん。」
「そんな……」
肩を落とすミサキ。
ガルダは少し考えた後、静かに答えた。
「強いてまだ手に入る可能性があるとするなら……王家の墓、だろうな」
ミサキとリーナは息をのんだ。
「王家の墓……?」
「この国の王族たちが代々眠る場所さ。
特に古い時代の王たちは、強力な魔法の遺産と共に葬られたとされている。
夢見の砂があるとしたら、そこしか考えられん」
「そこに入るには、どうすればいい?」
ミサキの問いに、ガルダは少し沈黙した後、静かに立ち上がった。
「……ついて来い」
そう言って、家の奥へと歩き出す。
ガルダは古びた木箱を取り出し、その中から小さな黄金の鍵を取り出した。
鍵は太陽の紋章が刻まれ、まるで歴史そのものを感じさせるような重厚な輝きを放っていた。
「これは?」
ミサキが慎重に受け取ると、ガルダはゆっくりと説明した。
「『ネフェルタスの墓』……王家の墓の中でも、特に危険とされて封印された場所だ」
「封印……?」
「ネフェルタス王は、生前強力な魔法を操る王だった。
その墓には、数多の魔道具や財宝が眠っているとされているが、同時に王の力を守るための強力な魔法と罠が仕掛けられている」
「そんな場所に夢見の砂が……?」
リーナが不安そうに呟く。
「あるとするなら、ここしかない」
ガルダは真剣な表情でそう言った。
ミサキは黄金の鍵を見つめながら、深く息を吸った。
「気をつけろよ。ネフェルタスの墓に足を踏み入れるなら、生半可な覚悟じゃ帰ってこれんからな」
「ああ、わかってる」
ミサキは力強く頷いた。
そして、ガルダはその横に立つジャンゴに向かって、静かに言った。
「ジャンゴ、お前も一緒に行け。」
ジャンゴは驚いて目を丸くした。
「えっ、僕も!?」
「ああ。お前が戦う姿を見て、お前の強さを確信した。今のお前なら、墓守としての資格がある」
「本当に……?」
ジャンゴは聞き返した。
「ああ、心の強さ、戦う強さ、今のお前なら、どちらも相応しいと俺は思ってる。
だから、今のお前には経験が必要だ。墓守としての経験がな。
そして、何よりも……」
ガルダはジャンゴの肩に手を置き、真剣な眼差しで続けた。
「お前の恩人である二人が、その場所に向かおうとしている」
ジャンゴはミサキとリーナの方を見る。
「今度はお前が彼女たちを助ける番だ。恩人に報いるためにも、共に行け」
ジャンゴはしばらく沈黙した。
自分が足手まといにならないだろうか?
また怖くなって逃げ出してしまうんじゃないか?
不安は尽きなかった。
しかし――
「……うん」
ジャンゴは小さく頷いた。
「僕も行く」
その言葉を聞いて、ガルダは満足そうに頷き、ミサキとリーナも微笑んだ。
「よし、決まりだな」
「頼りにしてますよ、ジャンゴちゃん!」
「え、えっと……頑張る!」
少し照れ臭そうにしながらも、ジャンゴは力強く拳を握った。
こうして、王家の墓『ネフェルタスの墓』へと向かう旅が始まったのだった。
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