第44話 修行の成果
あれから2年が経った。
茂みを蹴り抜け、一陣の風となってミサキは駆ける。
その速度は2年前とは比べ物にならない。
昔は発動する度に身体に負担をかけていた強化魔法「オーラブースト」も、今となっては息を吸うぐらいに簡単に発動し続けられるぐらいには身体に馴染ませた。
「――っ!」
すぐ背後でドラゴンの咆哮が響く。
鋭い爪が振り下ろされるが、ミサキは軽く身を翻して回避する。
次の瞬間、前方から灼熱の炎が放たれる。
ミサキは腰の剣を抜き、一閃。
炎が真っ二つに裂け、ミサキはその間を駆け抜けた。
かつては死を覚悟したジャングル――
だが、今となっては障害ですらない。
訓練で何度も駆け抜けた道。
敵の攻撃パターンも、その対処法も全て身体に染みついていた。
ミサキは最後の茂みを飛び越え、島の端へと到達した。
そこには、待っている二人の姿があった。
「合格だ」
ラプラスが腕を組み、満足げに言う。
「やりましたね!」
リーナが嬉しそうに駆け寄る。
ミサキは息を整えながら、二人を見た。
「……これなら、外の世界に出ても十分やっていけるだろう」
ラプラスの声に、ミサキは静かに頷く。
「はい。ここまで鍛えてくれて、本当にありがとうございます。師匠」
「私からも、ありがとうございます!」
リーナも続ける。
二年前、あの日。
死の淵から救われ、ラプラスの申し出を受け入れて始まった修行。
最初は、地獄だった。
魔王ラプラスの修行は、常識外れで、苛烈で、それこそ何度も死にかけた。
けれど――
今、その成果が、確かに形となっている。
「それに、この武器も……」
ミサキとリーナが持ってる剣と杖は、2年前に失ったものよりも遥かに高性能なものだった。
それだけではなく、巨大なリュックは見た目の割に軽くて頑丈で、小さな水筒は水を入れると膨らみ最大数日分もの水を確保できる。
服の下には魔除けのペンダントも身に着けていた。
「何、俺からの餞別だ」
ラプラスは少しだけ口元を緩める。
ふと海の遠くを見ると、大きな船がいくつか見えた。
「どうやら貿易船が来たようだな。さあ、行ってこい!」
「……うん!」
「行ってきます!」
強く頷くミサキとリーナに、ラプラスは片手を振って見送った。
こうして、二人は新たな世界へと歩みを進めるのだった。
***
海風が心地よく吹き抜ける甲板。
貿易船の船員たちは、潮風に当たりながら積荷の確認を終え、一息ついていた。
「ふぅ……今回の取引も無事に済んだな」
がっしりとした体格の船員が、木箱にもたれながら安堵の息をつく。
今回の航海も、魔族の街との交易は順調に終わった。
何度も取引を重ねているとはいえ、魔族と直接交渉するのはやはり緊張するものだ。
「魔族って、やっぱ怖ぇよな……しかも今回は魔王まで居やがるし……」
もう一人の船員が肩をすくめながら言う。
「あぁ……でも、無事に終わったんだからいいじゃねぇか。
それにしても、今回の取引とは別にまさか人を島まで送り届けろって頼まれるとはな」
船員の一人が苦笑いしながら呟く。
「しかも二人も、だろ?」
「それも妙な話だよな……片方は普通の人間に見えたが、もう片方はエルフだった」
「珍しいよなぁ、魔王がわざわざエルフを送り届けるなんて」
「なぁ……あの二人、大丈夫か?」
一人がぼそりと呟くと、周囲の船員たちがちらりと視線を交わした。
「さぁな……俺たちの仕事はあくまで運ぶだけだ。ここで暴れたりしない限り、別に関係ねぇよ」
船員たちは肩をすくめ、再び作業に戻る。
船は穏やかな波に揺られながら、目的地へと静かに進んでいくのだった。
しかし
――ドォンッ!!
突然、遠くで轟音が響く。
「――砲撃!?」
驚いて船員たちが立ち上がると、水平線の彼方からこちらへ向かってくる黒い影が見えた。
「海賊船だ!!」
誰かの叫び声と同時に、再び砲撃音が鳴り響く。
「くそっ、迎撃準備――」
船員の一人が指示を出そうとしたその瞬間、砲弾が一直線に船へと向かってきた。
このままでは――直撃する
「っ……!!」
船員たちが叫び、誰もが衝撃に備えようと身を縮めた。
だが、次の瞬間――
船内から白い光が飛び出してきた。
「ホーリー・シールド」
透き通るような声と共に、砲弾の前に黄金の魔法陣が展開される。
ドゴォォン!!
砲弾は魔法の障壁にぶつかり、爆発した。
「な、なんだ……!?」
驚く船員たちの視線の先――
そこにいたのは、一人のエルフの少女。
金髪の美しい髪をなびかせ、淡い光を放つ杖を握りしめたリーナだった。
リーナもまた2年の修行で、上級クラスの魔法を、今や普通に扱えるようになっていた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
穏やかな笑みを浮かべながら、彼女は優しく問いかける。
交易船の甲板でリーナがバリアを展開し、砲撃を防いだその瞬間――
シュンッ!!
空気を切り裂く音と共に、一つの影が交易船から飛び出した。
「えっ……!?」
船員たちが目を見張る中、黒い影は一瞬で遥か遠くの海賊船へと飛翔する。
――そして、甲板の上に着地。
ドンッ!!
着地の衝撃で、海賊船の甲板が軋む。
「な、何だぁ!?」
「どっから飛んできやがった!?」
騒然とする海賊たちの視線の先――
そこにいたのは、一人の女性、ミサキ。
白い服をなびかせ、腰には長剣。
長い黒髪を靡かせながら、海賊たちを睨みつける。
「久しぶりだね、ドレーク船長」
ミサキは、海賊船の中央に立つ大柄な男へ向かって、挑発するような笑みを浮かべた。
「テメェは……!!」
大柄な男――海賊団の頭ドレークが驚愕の表情を浮かべる。
「あの時の……!!まさかあの荒れた海に放り出されて生きてたとはな……!クククッ、悪運が強ぇなぁ……!」
ドレークは下品に笑いながら、手にした巨大なカットラスを構える。
「それで、何しに来た?お嬢ちゃん?まさかリベンジに来たって訳じゃあるまい」
ミサキは軽く肩を回しながら、ゆっくりと歩み寄る。
「なぁに、そのまさかさ」
「ハッ!わざわざ乗り込んでくるとはな!」
ドレークが大きく笑いながら、手にしたカットラスを振るう。
「テメェ一人で何ができる!?こっちは100人いるんだぞ!」
「……」
ミサキは黙っていた。
ただじっと、ドレークの背後に並ぶ海賊たちを見据える。
「やっちまえェ!!」
ドレークの号令とともに、海賊たちが一斉に剣を抜き、襲いかかる。
その瞬間――
ミサキは静かに剣を抜き、刃に炎を纏わせる。
燃え盛る紅蓮の光が、海賊たちを照らした。
そして――その剣を真上に振りかぶり、船へ向けて力強く振り下ろした。
ドォォォォンッ!!
爆音と共に、紅蓮の衝撃波が甲板を走る。
一瞬にして、100人の海賊が吹き飛ばされ、船の中央が炎に包まれる。
その一撃は甲板を貫き、骨組みを砕き、船体を真っ二つに引き裂いた。
「うわああああああっ!!!」
海賊たちは叫び、次々に海へと落ちていく。
船は裂け目から水が流れ込み、音を立てて沈み始めた。
「て、テメェ……よくも俺の船を……!」
ミサキは冷静に、剣の矛先をドレークに向ける。
「次はドレーク、お前の番だ」
「チッ……調子に乗るのもいい加減にしろよ……!」
ドレークは奥歯を噛み締め、全身に雷を纏い始める。
バチバチバチッ!!
雷がドレークの体を覆い、まるで雷神の如き風格を帯びた。
「今度こそブッた斬ってやる!!」
ドレークは雷をまとったカットラスを振りかざし、一気にミサキへ襲いかかる。
ガキイインッ!!
次の瞬間、ミサキの剣がドレークのカットラスを止めていた。
「はあっ!!」
そして、ミサキの剣がドレークのカットラスを弾く。
「な、に……!?」
ドレークの顔が驚愕に歪む。
「これで終わりだ」
ミサキは静かに剣を振り上げ、そのままドレークを一閃した。
「ぐああああああっ!!」
ドレークは力なく膝をつき、その場に倒れた。
ミサキは彼を見下ろし、静かに言った。
「あの時の借りは返させてもらったよ」
ミサキはドレークを肩に担ぎ、交易船の甲板に軽やかに降り立った。
「ミサキ!」
リーナが駆け寄る。
「お疲れ様。怪我はない?」
「うん、問題ないですよ!」
ミサキは肩のドレークをポイッと放り投げるように甲板に落とした。
倒れたドレークを見た船員たちは、目を丸くする。
「お、おい……あの1億ガルの賞金首『雷鳴のドレーク』を倒したのか……!?」
「海賊船を相手にして無傷って、あんたら一体……!」
船長らしき男が一歩前に出る。
「お前たちは一体何者なんだ?」
船員たちも息をのむ。
彼らにとって、ミサキとリーナはまるで伝説の英雄のように見えた。
ミサキはふっと笑い
「……ただの冒険者ですよ」
そう言って、リーナと視線を交わした。
面白かった 続きが読みたい方は ブックマーク 感想を入れたり
下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります




