第40話 絶望の森
魔族の街に来てから、早くも一年が経った。
最初は魔族の技術に驚き、戸惑うことも多かったが、今ではすっかりこの街の暮らしに馴染んでいた。
レストランや治療院で働いたり、ゲームセンターや映画館で遊んだり、スタジアムでスポーツ観戦をしたり……何気ない日常の一つひとつが、思い出となって胸に刻まれている。
そして、とうとうこの日がやってきた。
「ついに、出発だな……」
ミサキは大きなリュックを背負いながら、名残惜しそうに街を見渡した。
「はい……」
リーナも複雑な表情で、足元を見つめる。
これまで過ごした日々があまりに楽しくて、もう少しだけここにいたいと思ってしまう。
しかし、元の世界に帰る方法を探すためには、この街を出て外の世界へ向かわなければならない。
「本当に、ここに住んじゃおうかって思うくらいでしたけど……やっぱり行かなきゃ……」
「ああ……私たちには、やるべきことがあるからな」
二人は互いに頷き合い、魔族たちの見送りを受けながら、大きな魔法陣の上に立つ。
どうやらこの街には物理的な出入り口は無いらしく、こうやって魔法で地上と地下を行き来してるらしい。
「転移魔法なんてかなりの高等技術なのに……魔族ってやっぱり凄いんですね……」
魔法陣が光り輝くと、次の瞬間――
世界が、揺れた。
視界がぐにゃりと歪み、空間が反転するような感覚が襲う。
そして、あっという間に街の外に出たのだった。
「凄いな……本当に街の外に出れたぞ」
少々興奮しながら、街の外に出れた事を喜ぶミサキ。
だが――
「ミサキさん……ここ……」
リーナが不安そうに呟いた。
ミサキが周囲を見渡すと、そこには青々と茂るジャングルが広がっていた。
背の高い木々が無数に生い茂り、空を覆い尽くすほどの枝葉がうねるように絡み合っている。
太陽の光がほとんど届かず、まるで闇の中に取り残されたかのような不気味な雰囲気が漂っていた。
「なんか……ただのジャングルじゃないな……」
ミサキは慎重に辺りを見回す。
風が吹くたびに葉がザワザワと揺れ、どこか遠くで獣の唸り声のようなものが聞こえた。
「……すごく嫌な感じがします」
リーナがミサキの腕をぎゅっと掴む。
このジャングルには、ただの自然とは違う威圧感があった。
何か得体の知れない存在が、彼女たちを見ているような……そんな不気味な気配。
「とりあえず、慎重に進もう。何がいるか分からないから」
「は、はい……」
二人は息を潜めながら、一歩ずつジャングルの奥へと足を踏み入れていった。
***
鬱蒼と茂るジャングルの中、ミサキとリーナは慎重に歩を進めていた。
魔族の街を出て間もないが、この森には何かただならぬ気配が漂っている。
太陽の光が届かず、木々が壁のように立ちはだかるその景色は、まるで異世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせた。
「……ねぇ、ミサキさん。やっぱりこの森、何か変じゃないですか?」
「ああ、分かる。ずっと得体のしれないものが肌に張り付いてる感じだ……」
ミサキは周囲を見回しながら、小声で答えた。
そして、その瞬間だった――
ガサッ――
不意に、頭上の木々が大きく揺れた。
「……!」
二人は反射的に動きを止め、息を潜める。
次の瞬間――
ズゥゥン……!
地響きのような音とともに、目の前の巨大な木が揺れ、そして――
茂みの奥から、それは現れた。
「っ……!」
二人は息を呑んだ。
目の前に立ちはだかるのは、まるで神話の中から飛び出してきたかのような巨大な獣だった。
黄金色のたてがみを持つ巨大な獅子。
だが、それだけではない。
背中からは、漆黒の巨大な翼が生えており、その姿はまるでドラゴンを思わせる威厳と恐怖を兼ね備えていた。
その瞳は鋭く光り、まるで獲物を狩るためにじっと見定めているようだった。
「……まずい」
ミサキは直感で理解した。
――こいつとは、戦っちゃいけない。
恐らく今のミサキたちでは、戦って勝てるかどうかわからない。
「リーナ……逃げるぞ!」
「う、うん……!」
ミサキがそっと後ずさると、獅子の怪物がわずかに顔を傾けた。
そして
「――グルゥゥゥァァァァァッ!!」
獅子の咆哮が、ジャングル全体に響き渡った。
「っ!!」
圧倒的な衝撃。まるで体の奥深くまで震えるような雄叫びに、二人は本能的に駆け出していた。
「走って!!」
「分かってます!!」
後ろを振り返る暇もなく、全速力でジャングルの奥へと逃げる二人。
背後から、木々をなぎ倒すような音が響く。
「くそっ!どこか隠れられる場所は……!」
必死で道を探しながら、二人はさらに奥へと走り続けた――
「はぁっ……はぁっ……!」
ミサキとリーナは、大きな岩陰に身を潜め、息を整えていた。
先ほどまでの逃走劇で、背後の獅子の怪物からは何とか逃げ切った。
だが、二人はそれどころではない状況に直面していた。
このジャングル全体が、異常なのだ。
「……ミサキさん、まずいですよ。さっきから、ずっとモンスターの気配がします」
リーナが小声で囁く。
ミサキも同じことを感じていた。
周囲の木々の向こう、茂みの奥、遠くの影、すべてが異様な雰囲気を放ち、得体の知れない何かが潜んでいるのが分かった。
「……っ!」
突如、茂みが揺れた。
――ズルズルッ……!
巨大な黒い蛇が、静かに姿を現した。
だが、その体は普通の蛇の比ではない。
まるで木の幹のような太さがあり、鱗はまるで鋼のように光っている。
「……あれも、ダメだ」
ミサキは即座に判断した。
あの蛇も、恐らく先ほどの獅子と変わらない強さを持っている。
「まだバレてない……静かに後ろへ――」
そう言いかけた瞬間、ズギャアアアア!!
遠くの木々が弾け飛ぶような轟音。
振り返ると、ジャングルの奥から、今度は巨人のような影がこちらに向かってきていた。
身の丈5メートルを超える大男。
全身が岩のように硬質化しており、その腕の一振りで木々が簡単になぎ倒されている。
「……一体なんなんだ!この森は!」
ミサキは叫んだ。
さっきの獅子の怪物もそうだったが、このジャングルにいるモンスターはどれも規格外。
恐らく上級の上位レベルのモンスターが、当たり前のようにウヨウヨしている。
「……見つかった!!」
巨大な蛇がこちらに向かってくる。
さらに、巨人のようなモンスターも彼らの存在に気付き、ゆっくりと歩みを進めてきた。
もう、戦うどころの話じゃない。
「……っ!」
ミサキは拳を強く握りしめ、瞬時に決断する。
「リーナ!!しっかり掴まって!!」
「え、ちょっ――きゃあ!!?」
ミサキはリーナの手を引き、瞬時に自分の足にオーラブーストを発動させた。
バチッ――!!
一瞬、ミサキの足元に青白い雷のようなエネルギーがほとばしる。
そして――
ドンッ!!
爆発的な速度で、ミサキは地面を蹴った。
そのままリーナを背負い、凄まじいスピードでジャングルの奥へと疾走する。
「ミサキ!?速い、速すぎる!!」
「黙って掴まってろッ!!」
背後から、蛇がシャッ!!と鋭い舌を鳴らし、巨人がゴオオオオッ!!と雄叫びを上げるのが聞こえる。
ミサキは必至でモンスター達を振り払う。
「うおおおおおおおおおお!!!」
枝や草を蹴り、まるで風のように駆け抜けるミサキ。
そのまま、闇のように深いジャングルの奥へと突っ走っていった――
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