第2話 サーショ村
薬草を摘んだミサキとリーナは道を頼りに慎重に山を下りていった。
途中、特に危険なモンスターに遭遇することもなく、無事に麓へと到達する。
そこに広がっていたのは、一面の草原と、その先に見える小さな村だった。
木造の建物が立ち並び、石畳の道が整然と敷かれている。
まるで昔のヨーロッパのような街並みに、ミサキの心は再び踊った。
「すごい……本当に異世界に来たんだな……」
村の中は活気に満ちており、人々が行き交い、見慣れぬ装飾の服を着た人々が村を歩いていたりと、ミサキにとってすべてが新鮮だった。
「私は薬師さんに薬を調合してもらうので、そこで待っていてください!」
そう言うと、リーナは駆け足で去っていった。
ミサキはあまり遠くに行かないよう、この村を探索する。
真っ赤に熟れたリンゴや、だいだい色に熟れたミカンが木箱に山積みにされている果物屋。
樽の中に鋭い輝きを放つ剣がずらりと並べられていて、店の奥で金属を叩く音が鳴り響く鍛冶屋。
窓から覗くと、綺麗な色の宝石や、アンティーク品が棚に並べられている雑貨店。
天井から解体した肉が吊るされて、商品棚にはソーセージやハムが並べられている精肉店。
そして、その周辺に建てられている、木組みの家。
日本では到底見れないであろう景色が、その村には広がっていた。
(やっぱり異世界って楽しいな……!)
そんな事を考えながら、村をブラついていると、リーナが帰って来た。
「お待たせしました、行きましょう!」
リーナに急かされながら、村の奥へと案内される。
***
辿り着いたのは、小さな木造の家だった。
「ここが私の家です。ママに薬を飲ませますので、ミサキさんはゆっくりしていてください!」
リーナはそう言い残し、急いで家の奥へと消えていった。
ミサキは椅子に腰掛け、部屋の中を何気なく見渡す。
質素ながらも温かみのある空間だった。
ふと、棚に並ぶ本の中に、年季の入った絵本を見つける。
剣を持った1人の少年が、悪魔らしきものに立ち向かう表紙の本だった。
「……なんだろう、これ」
手に取って開くと、そこに書かれていたのは全くの未知の言葉だった。
「流石に文字までは読めないか……」
会話は通じるので、ひょっとしたらと思ったが、そんな期待は露と消えた。
「その本に興味があるんですか?」
本を閉じようとしたら、部屋から戻ってきたリーナが話しかけて来た
「あ、ああ、でも文字が読めなくてさ……」
「じゃあ私が読んであげます!」
そう言うと、リーナは本を受け取り、ゆっくりと読み始めた。
『この世界には魔族という種族がいた。
そして、それらを束ねる王、魔王が存在した。
魔族と魔王の力は強大で、世界は魔族によって支配されていた。
しかし、ある日、異世界から勇者が現れた。
勇者は1人の少女と共に魔族と魔王を討ち、世界に平和をもたらした』
物語の最後には、勇者と少女が手を取り合い、光に包まれる絵が描かれていた。
「実は、これは100年前に実際に起こった出来事をもとに書かれたものですよ」
リーナの言葉に、ミサキは思わず目を見開いた。
異世界から来た勇者が、魔王を倒した?
「……本当に、こんなことが?」
ミサキは改めて絵本を見つめる。
異世界から来た勇者、その存在が、自分と重なる気がしてならなかった。
(もしかして……私も、何かの使命を持ってここに来たんじゃ……?)
そんな考えがよぎる。
「なぁリーナ。この世界には今でも魔王とか魔族っているのか?」
「いいえ。100年前の戦いで魔族は滅び、魔王もそれ以来現れていません。今は平和な時代ですよ」
「そうなんだ……良かった」
魔族も魔王も存在しないなら、騒ぎ立てる必要はないかもしれない。
ミサキはひとまず、自分が異世界から来たことは心の奥にしまっておくことにした。
***
「どうぞ召し上がれ!ミサキさん!」
リーナの家に招かれたミサキは、久しぶりの温かい食事に舌鼓を打っていた。
シチューにパン、そして香ばしく焼かれた肉料理。
味付けは控えめだが、素材の味を活かした素朴な美味しさがあった。
「すごく美味しい。リーナ、料理得意なんだな」
ミサキは感心しながら食べ進める。
「そうでもないですよ。でも、ママの体調が悪くなってからは、私が作ることが増えました」
「そうなんだ……お母さんの病気、よくなるといいね」
「はい……ありがとうございます」
異世界に来てまだ間もないというのに、こうして誰かと食卓を囲んでいると、不思議と落ち着いた気分になった。
食事が終わると、夜になり、二人はベッドに横になりながら話をしていた。
ちなみに2人でベッドを譲り合った結果、最終的に2人で1つのベッドを使うことになった。
「ミサキさんは、これからどうするんですか?」
リーナが静かに問いかける。
「そうだな……まだ知らないことばかりだから、すぐに決めるのは難しいけど。
でも、そのうちこの村を出て、いろんな場所を冒険してみたいかな」
ミサキは天井を見つめながら答えた。
「そっか……きっと素敵な冒険になりますよ」
リーナの声には、どこか羨望の色が混じっていた。
そんな話をしながら、二人は眠りについた。
***
翌朝、ミサキが目を覚ますと、リーナの母親がベッドから起き上がっていた。
「貴方が娘を助けてくれた人ですね。本当にありがとうございます。
あなたがいなかったら、今頃どうなっていたか……」
リーナの母親は、自らの手をミサキの手に重ね、心からの感謝を伝えた。
その手は少し冷たく、病の影響を感じさせたが、その想いの温かさがミサキの胸にじんと響いた。
「いえ、当然のことをしたまでです。それに、リーナにはもう助けてもらいましたし」
ミサキはそう丁寧に答える。
リーナの母親はそんなミサキの言葉に目を細め、ミサキの手を握ったまま優しく微笑んだ。
「ミサキさん、あなた……この世界で冒険者になりたいのね?」
突然の問いかけに、ミサキは驚いて目を瞬かせた。
「えっ?どうして……?」
「リーナから聞いたのよ。あなた、この世界を旅してみたいんでしょう?」
ミサキは一瞬、答えに詰まったが、やがて頷いた。
「……はい。私は、この世界の色々な場所を見てみたいんです」
リーナの母親はその言葉を聞きながら、少し考えるように目を細めた。
そして、ふっと微笑むと、静かに口を開いた。
「そうね……なら、軽く修行をつけてあげましょうか?」
「えっ?」
ミサキは思わず聞き返した。
「ミサキさん。この世界を冒険するには、戦闘力が必要なの。もちろん知識や経験もね」
「それは……そうかもしれないけど……」
ミサキは、リーナと共に戦ったゴブリンのことを思い出した。
あの時は何とかなったけれど、これからもっと強いモンスターに遭遇することもあるかもしれない。
戦える力がなければ、とてもじゃないけど冒険なんてできないのは明白だった。
それに、今の自分には、この世界の事を何も知らなかった。
「でも……本当に大丈夫なんですか?体の方は……」
ミサキは、病み上がりのリーナの母親を気遣いながら尋ねた。
しかし、彼女は優しく笑って首を振る。
「ええ、大丈夫よ。もう薬のおかげでだいぶ良くなったわ。少し動くくらいなら、問題ないわよ。
だから、あなたが本気で冒険者になりたいなら、基本的なことを教えてあげる。どうかしら?」
ミサキは少し考えた後、しっかりと頷いた。
「……わかりました、お願いします!」
リーナの母親は満足げに微笑み、ミサキの肩にそっと手を置いた。
「ふふ、いい返事ね。私はアイリス。じゃあ、明日から早速始めましょうか」
こうして、ミサキの異世界での冒険者修行が始まることになった。
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