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第9話 ナニーに問題アリ?

 焦っても仕方がないので、わたしは夕食の時間まで部屋で過ごした。エルトンに言って、ジェレミーに関する書類があればすべて持ってきてもらう。


「……信じられない。子育ての記録がまったくないなんてあるかしら? それとも、ナニーが見せてくれないとか?」


 なんとか誕生の様子がわかったくらいで、あとは二歳までは病弱なジャクリーヌとナニーに育てられたことと、ジャクリーヌが亡くなってからは、ナニーと、ダリル様の指示でエルトンが雇用した家庭教師のふたりが主に育ててきたということしかわからなかった。


「ミミルカ、あなたはジェレミーのナニーについてどう思う?」


「申し訳ございません、わたしは奥様がこちらに輿入れなさるのに合わせて辺境伯家に入ったので、あまり詳しくは存じ上げていないのです」


 わたしは彼女の眉が少し寄って、眉間にかすかにしわができたのを見逃さなかった。

 彼女にとって、好意を持てない人物なのかもしれない。


「……それなら仕方がないわね」


 ジェレミーの世話をしているのなら、ナニーだけを呼び出すわけにもいかないし。人となりを知りたいのだけれど、困ったわ。


「シャロンお嬢様、じゃなくて奥様、ひとっ走り行ってきて、わたしが噂話を聞いてきましょうか?」


「大丈夫なの?」


「このドナにお任せあれ!」


 失礼だけど、やたらとコミュケーション力があるお付きのドナが、ミミルカさんの案内もなしに部屋を飛び出して行った。あの子は道に迷って尋ねることすら上手く使って情報を得る手段とする、諜報部員も真っ青なお嬢さんなのである。


「ドナはせわしないし、わたしに対して失礼だけど、根は悪い子じゃないのよ。このセイバート領までついてきてくれたしね。ミミルカにも仲良くしてもらえるといいのだけれど」


「もちろんですわ、奥様」


 ミミルカがお茶を淹れてくれたので、わたしたちはセイバート領での暮らしについて、わたしが本で得た情報と照らし合わせるようにして確認した。





 しばらくすると、スパイ活動を終えたドナがおさげをふりふり戻ってきた。


「お嬢様……じゃなくって、奥様。どうやらジェレミー様のナニーはクソババアに限りなく近いオバハンかもしれません」


「ドナったら、なんて口のきき方をするの!」


「そんなことよりも、アレは駄目ですね。誰が連れてきたのか知りませんけど、どうして家令や家政婦長が放置しているんでしょうか」


「あっ、それについては、少し知っておりますわ」


 ミミルカが言った。


「ナニーは前の奥様のジャクリーヌ様の親戚でいらっしゃる、レガータ夫人とおっしゃる方なんです。貴族のご婦人なので、使用人たちはあまり強いことは言えないのではないのでしょうか」


「家政婦長のセレアさんは貴族なの?」


「確か男爵家だったと思います」


「となると、それ以上の爵位の家だと、口を出しにくいでしょうね」


 貴族というのはなかなか面倒くさいものなのだ。

 ドナは噂を聞いてジェレミーが心配になったらしく、鼻息を荒くして言った。


「わたしには妹や弟がいるので、ちびっこい子どもがどんな風に育つのかはわかっているつもりですけどね。いくら貴族でも、あんな、お人形にしておくような育て方は良くないって思いますよ。シャロン様、さっさとジェレミー様をぶんどってくださいね!」


「わかったわ! わたしはジェレミーの母親になるためにここに嫁いできたんですもの、そんなクソババアにやりたい放題はさせないわよ!」


「まあ、シャロン様ったらお口が悪い」


「ドナのせいでしょ!」





「奥様、旦那様が帰宅なさいまして、奥様からのご要望をお話ししたところ、急でございますが、今からお会いになりたいそうなのです」


 家令のエルトンがやってきて、わたしに告げた。


「夕食をご一緒に取りたいという奥様の希望をお伝えしたのですが、やはり……」


「あら、話を通してくれてありがとうね、エルトン」


 わたしがお礼を言うと、彼は驚いた顔をした。


「どうなさったの?」


「この屋敷の人たちはシャロン様のことを、『絶対お礼を言わないマン』だと思ってるんじゃないんですかねー、あははは、ウケるー」


 おさげ髪の失礼メイドは、わたしを指さして笑った。


「ドナ、変なキャラクターを作らないでちょうだい」


 なによそれ。それを言うなら『絶対お礼を言わないウーマン』でしょ!


「エルトンさん、シャロン様は『ありがとう』も『ごめんなさい』もちゃんと言えるいい子ですよー」


おさな子のように言うのはおやめ! わたしは十八歳の淑女なのよ。ええと、それでは旦那様のところには今すぐ伺ってもよろしくて?」


「はっ、はい。お支度が終わり次第、わたしがお連れいたします」


「支度といってもお化粧をするわけでもないし、うちの中なのだから普段着でいいわよね」


 ミミルカが「奥様は、お化粧などしなくても輝くほどに美しくいらっしゃいますものね」とわたしを褒めてくれた。


「ありがとう、ミミルカ。あなたは側仕えのかがみよ。ドナはミミルカを見習いなさい。さあ、参りましょう。ドナも行くのよ」


「はい。噂の旦那様ってどんな人なんでしょうね? そういえば、婚約するっていうのに絵姿のひとつもよこしませんでしたよね。よほど見た目に自信がないのかな」


「ドナ、人は見た目ではありませんよ。その心持ちがどのようなものであるかが重要なのです」


「シャロンお嬢様みたいなー、ぺっかぺかの美人が言ってもー、説得力がないんですけどー」


「おまえは褒めているつもりなのだろうけど、『ぺっかぺか』というところでわたしのことを馬鹿にしているのが伝わってきますよ」


「そんな、シャロン様のことを馬鹿にするなんて、とんでもない! ええっ、誰が馬鹿って言ったんですか? シャロン様のことを馬鹿にしていいのはこのドナだけなんで、そんな奴がいたらぶっ飛ばして差し上げますよ」


「おまえは自分で自分の頬を打つがいいわ」


 エルトンの後ろを歩きながら、ドナとそんなやり取りをしていたら、エルトンとミミルカが肩を震わせている。


「ちょっと! あなたたちまでわたしのことを『ぺっかぺか』だと思っているの? ドナにぶたせるわよ」


「ぶちますよー」


 自分の頬をぴちぴち叩きながら、ドナが言った。


「ぶふっ、とんでもございません!」


「むふっ、でも、奥様がとてもお美しいのは確かですわ」


 いや、思いきり笑ってるし!

 ドナの失礼が伝染してしまって困るわ。

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