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第5話 辺境へお嫁入り

 突然の縁談だが、わたしが積極的に受け入れる気だということがわかったので、お父様が様々な手配や辺境伯とのやり取りを引き受けてくれた。


「お父様、お忙しいところをわたしの為にご尽力くださり、ありがとうございます」


「おお、シャロンに礼を言われる日が来るとは! 父は嬉しいぞ!」


 お父様が、どこまで本気かわからないけれど、両手をあげて派手に驚いている。おそらく、大げさに振る舞うことで内心の喜びを誤魔化して見せているのだろう。

 シャロン・アゲートが今までご迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね。これからは親孝行できるように努力していきますわ。もう二度と会えないかもしれないけれど。


「女の子は、ある日突然成長するものですのね。シャロンが一層魅力的になって嬉しいですわ」


 ほんわかしているのは、シャロンの母……お母様だ。

 この方の容貌はシャロンと似ていて美しいが、シャロンよりもちょっと垂れ目で愛らしい。性格が悪いシャロンも、お母様だけは別で意地悪なことをしなかったために、可愛い娘だと思われているようだ。

 天然キャラなので気づいていない、とも言うけれど……。

 

 お父様はこの可愛らしいお母様に首ったけである。どのくらい首ったけかというと、わたしの下に弟と妹を二人ずつ作ってしまうくらいにメロメロのべた惚れなのだ。

 ちなみに、兄は二人いたりする。

 跡取りである上の兄アランゾは王宮で働くエリートで、下のブレンダンは魔法省の職員でこちらもエリートだ。ちなみに、両方ともシャロンに迷惑をかけられ通しなので、仲は悪い。


 というか、シャロンと仲がいい人は存在しないのよね。いったいどれほど酷いお嬢様だったのか……。


 シャロンは子どもが大嫌いだったから、十二歳、十歳、七歳、三歳の弟クリフトン、妹ティーナ、妹ヴィクトリア、弟デリックはわたしに近寄ってこない。子ども好きな保育士のお姉さんとしては、ちびっ子たちを撫でくりまわして可愛がりたいところなのに、残念である。




 子育て要員が早く欲しいのか、セイバート家から要請された輿入れの時期は予想以上に早かった。この国の常識では、婚約してから早くても一年間は結婚の準備期間になるのに、わたしは半年後にセイバート領へ向かうのだ。

 厳しい冬が来る前に、わたしの移動を済ませておきたいということなのかもしれない。

 辺境の地は冬支度が大変なのだと本にも書いてあったから、そんな時期にわたしに来られても困るのだろう。


 身ひとつでの輿入れで問題ないし、こちらから側仕えの者を連れていってもかまわないという話なのだが、本気で人望がないわたしには失礼メイドのドナしか当てがない。

 貴族の令嬢というものは、身の回りのことは側仕えの女性にやってもらうものなのだが、ドナだけでは手が足りないので、シャロンは自分でもかなりのことができる。

 これは意外だった。

 シャロンの中身であるわたしも、当然のことながら日本では庶民だったし、保育士の勉強をしていたから同年代の女子の中でも手芸や料理や掃除に洗濯と、そこそこのことができる方だ。

 さすがにこの世界には洗濯機はないから、手洗いになりそうだけどね。洗濯板なんて使ったことないなあ。


「ドナ、あなたもセイバート領に一緒に行く?」


「行きますよ。どうせお嬢様には誰もついてこないだろうし、仕方ないですよ」


 彼女は偉そうに言って、むふうんと鼻息を荒くした。


「ドナが失礼過ぎて、もう他所では雇ってもらえないって聞いてるわ」


「かはっ!」


 彼女は胸を押さえて、口から血を吐く小芝居をしてから「まあ、お嬢様と一緒にいると飽きないし、別の土地で暮らすっていうのも悪い話じゃないですよ」と笑った。


「ほんっとに変な人ですよね、お嬢様ってば」


「このわたしに付き合おうとするドナの方が変だから安心なさい」


「うへえ」


「まあ、その……ありがとうね、ドナ」


「お、お嬢様がわたしにお礼を……ぐっ、ぐほおっ!」


「死んだ真似はおやめ!」


 わたしは、失礼だけど忠実で、甲斐甲斐しくわたしの世話を焼いてくれるこのメイドにも、モフモフのあったかいコートをあつらえて、上から目線で渡してやった。

 おしゃれよりも使い心地を重視した、頭をすっぽりと覆うフードにも内張にも柔らかで保温性に優れた毛皮をふんだんに使ったコートは、きっとわたしたちの生活を楽にしてくれるはずだ。


「あのシャロン様が、実用的なコートをご所望なのですか?」と御用達の洋品店のデザイナーからは、ものすごく驚かれたけれどね。セイバート領から毛皮を取り寄せて予想よりも素敵に仕立ててくれたので満足よ。




 それから三週間後に、わたしはセイバート領に向けて旅立った。

 この世界は、お造りになった神様の心遣いなのか、一年が十二ヶ月で一日が二十四時間なので、わかりやすくて助かっている。


 評判が悪いシャロンのことを大歓迎してくれるとは限らないので、身の回りのものの他に、当座の携帯食となる干した果物や堅焼きクッキー、干し肉や炒った木の実など(ドナが「なんでこんなものを持って行くんですか?」と不思議そうに買い集めてくれた)や下着をたくさん、それから脱ぎ着が簡単なように注文して作らせた普段着のドレスを六着と、屋敷のメイドが使っているのと同じエプロンを三枚(これもドナが「エプロンなんてなにに使うんですか?」と不思議そうにしていたけれど、保育士には必需品なのよ)、最後にドナの手を借りれば着られる訪問用のドレスを二着荷造りした。


 そうそう、もちろん毛皮のコートも忘れずに持って行く。

 あまりに寒かったら、これをかけて寝るのもありよ。辺境伯に意地悪をされて、暖炉の薪がもらえないかもしれないからね。


 あとは、お母様が用意してくれたアクセサリー類が少し。

 もう夜会や舞踏会にも、お茶会にすら出ることもなくなるので不要だと言ったのだけれど、いざという時のためにも持って行くようにと言われたのだ。


 その他に、金貨も渡された。

 これはいざという時の逃走資金にするらしい。


 それから、長さが二十センチほどの携帯用のマジックワンド(魔法の杖ね)も渡された。

 ハナミズキで作られたもので、お母様は「シャロンはとてもユニークな女の子だから、この杖が合うと思うのよ」と言い、「いざとなったら、道を切り開いて戻って来られますように」と笑っていた。


 お母様……何もかもを見抜いているような気がするんですけど……。


 お父様がセイバート領の地図が載っている本を用意してくれたので、それも入れた。旅行記らしく、食べ物や気候、領地で開かれるお祭りのことも書かれている。

 向こうに行けばもっと詳しく書かれたものがあるかもしれないが、読み物として面白いし、わかりやすく生活が描かれているので気に入っている。

 そして、その本にはセイバート領の火山はまだ活動しているのではないか、とも考察されていたので、温泉への期待がますます深まった。


 荷物はコンパクトにまとめたので、貴族の令嬢の輿入れだというのに、馬車が二台立てで収まってしまった。

 お母様の時には十台の馬車を連ねて来たそうなので、少なさを嘆かれてしまったけれど、それって多過ぎよね? まあ、嫁入り用の家具や一番かさばるドレスがいらないとこうなるのだ。


「今までお世話になりました。数々のご迷惑をおかけしましたことを、心からお詫び申し上げます」


 わたしは両親と儀礼的に見送りに来た兄弟たちに、お別れの挨拶と謝罪をした。やったのはわたしじゃないけどね、シャロンの代わりに。

 兄達は、わたしがどのような状況なのか……つまり、『王妃の嫌がらせで厳しい気候の領地に住む子持ちのやもめの元に嫌々嫁がされる』のだと思っているからか、浮かない顔でこちらを見ている。ちなみに、このふたりはすらりとした体型で背が高く、顔も素晴らしくハンサムなため、王妃から意地悪はされていない。まったく、あの女ときたら……。


「シャロン、身体に気をつけるのですよ」


「ありがとうございます、お母様。もっと近くなら、気軽に雪遊びにいらしてとお誘いできるのですが」


 妹と弟達が、雪遊びと聞いて目を輝かせている。ソリやスキーや雪像作りなど、ちびっ子にとっては雪遊びは魅力的な言葉なのだ。


「あら、バカンスだと思えば行けないこともなくてよ。わたしたちの分まで、雪を楽しんできてちょうだいね」


「はい、お母様」


 本当は遊ぶようなのんきな環境ではないのだけれど、わたしは笑顔で答えた。


「わたし、かまくら作りの達人になりますわ」


「かまくら?」


「雪で作ったおうちよ」


 下のデリックの疑問に、上のティーナが教えている。


「すごいわ! 雪遊びができるから、シャロンお姉様はあんなに嬉しそうなの?」


「このところ、なんだか優しくなったよね。でも、まさか、雪遊びの為とは……」


 こちらは下のヴィクトリアと上のクリフトン。


 うーん、ちょっと違うんだけどね。


「アランゾお兄様、ブレンダンお兄様、お忙しいのにお見送りしてくださいましてありがとうございます。もうお会いすることもないかと思いますが、どうぞお元気でお過ごしくださいませ」


「ああ。シャロンも元気で」


「息災にな」


「はい、ありがとうございます」


 ふたりの兄は、不機嫌そうだ。仕事が忙しいのにお父様かお母様かに呼び出されてしまったからだろうか。


 この時のわたしは知らなかった。

 最近はろくに口もきかない兄達だが、実はとても身内思いだし、わたしが生まれた時には妹ができたと猫可愛がりしていた。

 そんなわたしを陥れた王妃とフランツのことを、お兄様方が心底憎んでいたことを。

 そして、あのふたりに報復をするために、すでに暗躍していたことを。


「それでは、行って参りますね」


 わたしは最後に頭を下げると、馬車に乗り込んだ。

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