第39話 大団円3
ダリル様の様子がおかしい。
国王陛下はもっとおかしい。
今わかっていることは、ジェレミーが国王陛下もメロメロになるくらいの、とびきり可愛い天使ちゃんだということと、ダリル様の小さな時はジェレミーそっくりの天使ちゃんだったらしい、ということである。
うん、確かに、絶対に可愛かったと思う。
小説にも、ジェレミーが大きくなったら、とんでもない美青年になったって書いてあって、悪役なのにファンがたくさんいたらしいから、将来はダリル様にそっくりになりそうね。
にこやかなわたしの視線を受けて、勇猛果敢な戦士であるダリル・セイバート辺境伯は唇を尖らせてもじもじしている。
むっちゃ可愛い。これがギャップ萌えなのね。
さて、国王陛下とジェレミーはとても楽しそうにお話をしている。最近綴り方のお勉強が楽しくて、お屋敷の皆のお名前カードを書くのがマイブームになっているジェレミーが「れおなるどおいしゃまのおなまえかーど、かくね」と約束している。
あー、これ、絶対に額装するやつだわ。なんならセイバート領の素敵なデザインの額に入れてお届けしようかしら。塗料で塗られた、木彫りの花や小鳥が華やかで、お部屋に飾るととても楽しい気分になるのよ。
「おいしゃまにはおひげがあるのね」
そう、国王陛下は口の周りをぐるっと囲うようにして、立派な髭が生えている。お付きの人が毎日手入れしているらしく、イケてる髭なのだ。
「すてきなおひげね。ちょっとさわってみてもいいですか?」
お利口なジェレミーは、ちゃんと許可を取っている。すごいわね、まだ三歳なのに偉いと思わない?
「もちろん、いくらさわってもかまわんぞ。国王としての威厳をつけるために生やしているのだが、気に入ったか?」
「はい。おひげにさわらせてもらうのははじめてなの」
ジェレミーはちっちゃなおててで陛下の髭をもしゃもしゃして、喜んで笑った。
「いいおいろで、ふわふわしているのね」
「ありがとう、ジェレミー」
陛下の髪質は柔らかめなので、どうやら髭も柔らかいようだ。
「すごいおひげなの。てざわりもいいし、おいしゃまのおひげはいいおひげね。おかしゃま、おひげをさわらせてもらったの」
「よかったわね、ジェレミー。とても立派なお髭ね」
「そうなのよ、おとしゃまにはおひげがないから、ふしぎなきもちなのよ。ねえ、おかしゃまもさわらせてもらうといいのよ」
「えっ?」
「れおなるどおいしゃま、おかしゃまもいいよね?」
「もちろん、かまわんぞ」
「ほら! おかしゃま!」
瞳を輝かせて天使が呼ぶけれど、たとえ夫の兄でも殿方のお髭をもしゃもしゃするのはまずいような気がするのよね……ま、いいか。
国王陛下の髭をもしゃもしゃする機会なんて滅多にないしね!
「陛下、失礼いたします」
「うむ」
もしゃもしゃもしゃもしゃ。
あら、本当に柔らかくて手触りがいいわね。
「わたしも初めて髭に触ったわ」
「ね、いいおひげね」
「そうね、いいお髭だわ」
もしゃもしゃされた陛下はご機嫌である。
だが、ダリル様は「髭がこんなに人気だとは……わたしはなぜ、髭を生やしていないのだろう……」と、しゃがみ込んでしまった。
わたしは側にかがんで「よしよし、大丈夫よ。お髭がなくてもダリル様はかっこいいし、可愛いわ」と、子犬にやるように頭をもしゃもしゃした。
「おいしゃま、またね。こんどせいばあとりょうに、あそびにきてね」
「うむ、時間を作って会いに行こう。ジェレミーも、たまには王都に来ておくれ。シャロン夫人、ダリル、なるべく顔を見せなさい。よいな?」
「ええ、もちろんですわ」
ダリル様は「領地をあまり空けたくないのだが……」と渋っているが、国王陛下は「セイバート領には良い騎士団員が揃っていると聞いているぞ? 確かにダリルは強い。だが、なんでも自分一人で背負わずに、仕事を分担するようにしなさい。自分にもしものことがあった場合にも、支障なく物事が回るようにしておくのが上に立つ者の心がけだぞ」と諌めた。
「こやつがセイバート辺境伯となった時に、王都からごっそりと騎士を引き抜いてしまったのだよ」
陛下がそう説明してくれたが、ダリル様は「わたしが引き抜いたのではなくて、勝手についてきてしまったのだ。魔物相手の実戦で腕をふるいたいという、血気盛んな騎士が多かったからな」と言った。
「陛下、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「うむ、かまわんぞ」
「最近、ダリル様とは疎遠だとお聞きしていたのですが、仲違いしていたわけではないですよね」
「もちろん、仲違いなどしてはいない。だが、ダリルに誤解されるような態度をとっていたのは確かだな。ダリル、すまなかった」
「兄上、もういいんですよ。嫌われてないとわかったので、それでいいのです」
「わたしが末っ子のダリルを嫌うわけがなかろう……と言いたいところだが。ひとえにわたしの責任なのだ」
陛下はダリル様が生まれた時にはすでに王太子になっていた。歳の離れた弟に、陛下も王弟たちも大喜びでとても可愛がっていたのだが、王族というのはいろいろと面倒で、前王妃陛下より身分の低い女性から生まれたダリル様を担ぎ上げて、王座に就かせようなどという戯け者が現れた。
彼を傀儡にして実権を握り、美味しい思いをしようと企んだのだ。
地位だの身分だの派閥だの、そんなことを重んじるめんどくさい貴族たちのせいで、ただでさえ王太子としての勉強や政務で忙しかったレオナルド様は、ダリル様と距離を置かなければならなかった。それがとても残念だったので、その想いが今、ジェレミーに向かってしまったようだ。
「アルテラがダリルに懸想して散々迷惑をかけるし、ジェレミーにまでちょっかいを出そうとするし、帝国の干渉がなければ牢に閉じ込めておきたいくらいだと悩んでいたのだが……見事に皇族が粛清されたからな」
「そうですね、偶然、とてもタイミングよく、皇家が綺麗に滅んでくれましたからね」
「はっはっは。シャロン夫人」
「なんでございましょうか?」
「そなたの兄はなかなかの策士だな」
「……はい? アランゾお兄様とブレンダンお兄様のことでございましょうか?」
ダリル様が、黒い笑顔で「可愛い妹を虐める魔女を退治したくて、国をひっくり返す計画を立てる兄か……敵には回したくないものだな」と呟いた。
国王陛下が「おい、さりげなく自分はなにもやっていない風を装っているが、おまえも絡んでいることはわかっているのだぞ?」とダリル様に囁いた。
「息子にまで悪さを仕掛けてきたんですよ。それは敵として殲滅対象になるでしょう」
「他国の皇家もろとも消してしまうとはなあ……」
「わたしは妻と子を守るためにはなんでもやる男ですから」
「おかしゃま」
陛下の腕からわたしのところに移り、抱っこされていたジェレミーが、まばたきをしてわたしに尋ねた。
「むずかしい、おとなのおはなし?」
「ええ。お父様と、アランゾ伯父様とブレンダン伯父様がね、悪い魔女を倒しました、というお話ですよ。最後は大きな蛇になって怖かったわね」
「ぼくね、そんなにはこわくなかったのよ。だって、おとしゃまとおかしゃまはぜったいにかつとおもっていたもの。おとしゃまはとてもおつよいし、おかしゃまはめがみさまだから!」
「ふふふ、お父様もお母様も、ジェレミーのためなら無敵になるのですよ」
この子が無事で、本当に良かった。
わたしはジェレミーを抱きしめて、この温かさを守り抜こうと誓ったのだった。




