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第4話 フランツはもういらない

 なるほど、こうしてわたしはダリル・セイバートという男の妻になるのね!

 そして、彼の妻が残して逝った、可愛いジェレミーの義母になるのだ。


 わたしがふんふんと頷いていると、またしても期待した反応をしなかったことが気に入らない様子の王妃がわたしを睨みつけた。


「もしかして、知らないの? セイバート領は、とんでもなく離れた田舎にあるのよ? おまえはもう、社交界に顔を出すこともできなくなるのよ?」


「それくらい存じておりますわよ」


 自然に恵まれたセイバート領のことは、ジャクリーヌお母さんがわたしにジェレミーを託して天に昇って逝ってから、念入りに書物を調べておいたのである。


 四季がはっきりした土地で、冬になると雪が降ってかなり寒いらしいけれど、わたしは氷魔法を得意とする『悪の氷結花』だから大丈夫そうだ。

 氷とはすなわち、水の温度を操ったものである。ということで、わたしは水を凍らせるのも熱湯にするのも蒸気にするのも、自由自在にできるのだ。これらの検証はばっちり済んでいる。魔法使いになったということで、人気のない場所にドナを連れていって大喜びで試してみた。


 セイバート領に着いたら、ぜひとも温泉を探して掘りたいとも思っている。山から煙のようなものがあがっていたというセイバート領に伝わる昔話が本にあったから、きっと温泉があるに違いない。

 天然温泉は冬の厳しい寒さにこごえる身体を温めて、領内に住む人々を元気にするだろう。なんなら、保養地として開発して、一大リゾートにしてしまうというのも手である。

 財産をたくさん持った貴族や豪商に、ちょっといい感じのおもてなしをする高級リゾートでお金を落としていってもらうのだ。そうしたら、庶民の施設は無料か格安にして運営できる。領地の雇用も増えて万々歳だ。


 でも『悪の温泉花』じゃ、ちょっと雰囲気が出ないわね……なんだか湯の花みたいじゃないの……。


 わたしが未来の温泉リゾートに想いを馳せていると、隣でお父様が動揺していた。


「王妃陛下、ダリル・セイバート辺境伯は、娘には……」


「お黙りなさい。このわたしが直々にまとめてやった縁談なのよ、断ることは国への反逆とみなします」


「そんな、無茶苦茶だ」


 セイバート辺境伯はわたしよりもかなり歳上だったと思うけれど、どうせ白い結婚、つまり見せかけの夫婦になるはずだ。すでに跡取りのジェレミーがいるのだから、もう子どもを必要としていないし、むしろ争いの種になるから産まない方がいい。

 わたしは子育て要員として、ジェレミーと仲良く暮らしていくことになるだろう。


 それにしても、セイバート家はよくわたしとの婚姻を承諾したものだ。いくら田舎暮らしでもシャロン・アゲートの悪評を耳にしていないわけがないと思う。

 確か、セイバート辺境伯は国王の末の実弟だったはず。歳の離れた末っ子だったかな? だから、王妃からの無茶振りを断れなかったのかもしれない。


 それはともかく。

 もうここでの用事は済んだはずだ。


「それでは、早く帰りたいから婚約破棄の手続きをしてしまいましょう。フランツ、もちろん書類の手配はしているのでしょうね?」


 そう言うと、驚いたことにフランツは不満そうな顔をした。


「シャロン、反対しないのか?」


「しませんわよ」


「なぜだ? 僕との婚約を無理矢理取り付けた君が、どうしてそんなに簡単に諦めるんだ?」


「あなたはわたしにとって不要な人物だからですわ。ほら、お急ぎになって」


「不要……だと? いや、そうやって僕の心を引き留めようとしているんだ。そうに違いない!」


「違うわ。あなた、グズね」


 わたしはこの男性が気に食わないので、どうしても上から目線になってしまう。


「さっさと別れのサインを済ませましょうよ」


 お父様が「シャロン、しかし……」となにやら言いかけたが、わたしは「大丈夫ですわ、お父様。冷静に考えますと、これはそれほど悪い話ではございません。わたしはセイバート領に行きます」と素早く口を封じる。

 お父様は驚いてわたしを見たが、言いかけた言葉を飲み込んで「おまえが納得しているのなら、かまわない」と言ってくれた。 


「ちょっとお待ちなさい、シャロン・アゲート!」


「忙しいので、これでおいとまいたしますわね」


 いらいらした様子の王妃に笑顔で挨拶する。


「わたしのために良いお話をご用意くださいまして、ありがとうございます。それでは王妃陛下におきましても、どうぞお元気でお過ごしくださいませね。もうお顔を拝見する機会もございませんでしょうが。なんなら二度と会わなくてかまわないですし。見たくもない顔ですからね」


「ふっ、不敬な!」


 わたしはフランツを「早くなさい、行くわよ」と追い立てて部屋を出た。




 あんなにわたしのことを嫌っていたくせに、いざ婚約破棄の手続きとなると、フランツは「本当にいいのかい? 僕と結婚できなくなるんだよ?」とぐだぐだ言って、なかなかサインをしなかった。


「別にかまわないわよ。王妃と通じていたなんて気持ち悪いわね。もうあなたには興味ないし、とっとと縁を切りましょう」


 気持ち悪いと言われてフランツは傷ついたような顔をしたけれど、あなたと結婚なんてごめんだわ。


 わたしが彼のことを毛ほども気にかけていないことを理解したのか、フランツはようやく書類にサインをした。

 わたしはひったくるように受け取った書類を、わざわざ足を運んでくれた王宮の事務方に「急ぎの処理をお願いします」と提出する。


「今すぐ、確実に、お、ね、が、い」


 わたしは事務官に顔を近づけてにたりと笑った。


『悪の氷結花』にお願いされてしまった事務の人は「ひっ」と小さな悲鳴をあげていたが、書類を持って駆け出した。これで婚約破棄が正式に決定する。


「シャロン、待ってくれ」


 後ろに残してきたフランツが芝居がかった仕草で呼びかけてくるが、待つわけないでしょうが。


「ごきげんよう、グレーダンさん。もうお目にかかることもないでしょう、せいせいいたしましたわぁ」


 わたしは大サービスで、ハンカチを取り出してひらひらと振ってみせた。感情がたかぶると、身体が自然に悪役っぽい行動をしてしまうのよね。


 フランツへのあっさりしたわたしの態度を見て、安心した顔のお父様と一緒に馬車に戻った。


「もっとあの男に執着するかと思ったが……。シャロン、もう彼を見限っていたのか?」


「ええ、お父様。あの人ったら本当に顔だけが取り柄なんですもの。そんな殿方と結婚するなんて、どんな罰ゲームなのかしら」


「罰、ゲーム?」


「やはり男性は外見よりも中身が大切なのですわ。それと、経済力も。セイバート辺境伯は、たいそう資産をお持ちのようですのよ。王弟であり、名誉ある辺境伯ですから身分には申し分ありませんし」


「シャロン……ずいぶんと考え方が現実的になったな。成長を感じるよ」


 日本の『ネオ』現代っ子を舐めてはいけない。うまく立ち回らないと美味しいところを誰かに持って行かれる、世知辛い世の中で暮らして来たのだ。

 立ち回りをしくじって就職し損ねた経験を無駄にはしないわ!


 わたしは「もう子どもではございませんのよ」と言って上品にほほほと笑ってみせた。


「それよりも、お父様の力をお使いになって、わたしが嫁ぐことになるダリル・セイバート辺境伯についての情報を集めてくださいませんこと? あちらの気候は寒そうですわね。冬に備えて、毛皮のコートを何着か新しく仕立てた方がよろしいかしら?」


「そうだな。身体を冷やさぬようになさい。なんなら新しくドレスも作るがいい。ウェディングドレスも必要か?」


 ウェディングドレスか……。

 たぶん、要らないわね。

 ダリル・セイバートはシャロン・アゲートのことを王妃に無理やり押し付けられたお荷物としか思っていないだろうし、ジャクリーヌさんの話でも、甘いところがまったくない、無神経なほどあっさりした、見た目はまあまあだけど生粋の武人らしい。

 つまり、アニバーサリーには興味はない男ってこと。

 入籍だけしてそれで終わり、となりそうよ。


「向こうは二度目の結婚だから、特に式は行わないと思いますわよ。恋愛感情とか思いやりとか、その手のものは期待できない殿方でしょうね。まあ、儀式的なことをどうするかは、そのあたりは辺境伯と手紙で相談してからにいたしましょう。お父様、お願いしますわね」


「わかった……それにしてもシャロン、ここ数週間で見違えるようにしっかりしたというか、人が変わったようだな。フランツ・グレーダンへの気持ちもすっかり冷めてしまったようだし、なにがあったのだ?」


「あら、これがわたしの実力ですわよ。お父様がお気づきにならなかっただけではございませんこと? ふふふ、もっとお父様の娘を信用してくださいな」


「そうか。それもそうだな、我が娘よ!」


 わたしはお嬢様らしく艶然と笑って、お父様の疑問を煙に巻いた。見た目だけは極上なのだ、このシャロン・アゲートという令嬢は。

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