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『悪の氷結花』、継母になる〜天使な息子を可愛がっていたら、辺境伯に溺愛されました〜  作者: 葉月クロル


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第38話 大団円2

 廊下を進んでいき、もうすぐ謁見室、というところで見知った顔と出会った。夜会で少しお話をした、マキアード侯爵ご夫妻だ。


「まあ、ジェレミー様」


 社交界を統べる女性としてその界隈では有名なヘレン夫人が、うちの天使ちゃんの姿を見て笑顔になった。

 わたしは急いで抱っこしていたジェレミーをおろし、先輩であるご夫妻に挨拶をした。


「ごきげんよう、ヘレン様、マキアード侯爵。お天気も良く気持ちのよい日になりましたね」


 身分だけで考えると、王弟であり辺境伯夫人であるわたしの方が上になるのだが、実際の社交界ではヘレン夫人の力が強い。おそらく、今ここにいるのは、今後のことについて国王陛下とお話をなさっていたからなのだろう。


 わたしの挨拶を受けて、ヘレン夫人も「ごきげんよう、シャロン様。王宮に滞在なさっているのかしら。昨夜のご活躍は耳にしておりましてよ。ふふふ、少しお会いしない間に、お優しくて勇ましい淑女になられたご様子、とても嬉しく存じますわ」と、丁寧にお応えくださった。


「ヘレン様にお転婆な姿を知られてしまって、恥ずかしいですわ。でも、セイバート辺境伯のもとへ輿入れしたからには、辺境の守り手として少しでもお役に立てればと考えておりますの」


「素晴らしいお考えですわ。わたしは常々、女性ももっとその方の持つ力を生かして、国の重要な役目を担ってよいと考えておりますのよ。シャロン様、ぜひとも先陣をきってくださいませね。わたしも応援申し上げますわ」


「ありがとうございます、ヘレン様。微力ではございますが、さらに精進して力をつけ、国の守りの一端となるべく日々邁進まいしんしていきたいと存じますわ」


「大変素晴らしいお心がけです」


 眉をひそめられていた以前とは違い、ヘレン様と友好的な関係になれたようでよかった。


 礼儀正しくそばで待っていたジェレミーは、わたしたちのやり取りが終わるとご夫妻に挨拶をした。


「おはようございます、まきゃあ……まき、まきあどさま。よいあさでしゅね」


 ちょっとだけ噛んでしまったジェレミーを、ヘレン様とマキアード侯爵は「まあ、今朝も愛らしくいらっしゃるわ」「きちんと挨拶ができて素晴らしい」と優しく見た。


「ジェレミー様、よく眠れましたか?」


「はい、きのうはとんとんしてもらうまえにねてしまったの。やかいにでたり、おおきなへびをみたりして、たくさんびっくりしたからなのね」


「そうね、驚きましたわね」


 ジェレミーはこくこく頷くと、一歩前に出てヘレン様の手を取った。


「あのね、へれんおねしゃま。きょうもとてもおうつくしくいらっしゃるのね。ぼく、しんしとしてそれはちゃんとおつたえしなくちゃっておもうのよ」


 そう言うと、ジェレミーはヘレン様を見上げてあどけなく笑った。


「はうっ、ジェレミー様が朝から尊い……」


 ヘレン様のふらつく身体を、マキアード侯爵がさりげなく支えている。気の合うナイスカップルである。


「にかいもおあいできるなんて、もしかすると、へれんおねしゃまとまき、あど、こうしゃくさまは、ぼくのうんめいのおともだちなのかしら?」


「うむうっ!」


 まん丸な青い瞳で見つめられて、鉄壁の防御力かと思われたマキアード侯爵もその破壊力に屈してしまった。


 侯爵夫妻は互いに身体を支え合いながら「あなた、しっかりなさって!」「ヘレン、うちの森をひとつジェレミー君に譲ろうかと思うのだが。大きなブランコを作ったらいいと思わないか? お友達だから、一緒に遊んだりピクニックしたりするべきだと思うのだ」「ボート遊びができるように、美しい湖に船着場を建設しましょう」「それは良い考えだ」と、不穏なことを話している。


「まきゃあ、まき、あど……うまくいえないの」


 しゅん、としたジェレミーの姿を見て、侯爵は「かっ、可愛いな! むふん」と咳払いをすると「それならば、ハンベル、の方が言いやすいかな?」と、笑み崩れそうになる顔を懸命に抑えながら言った。


「ぼく、いってみます。はんべる、さま、はんべるさま。だいじょうぶ、ぼく、ちゃんといえるのよ! ね、はんべるさま?」


 ね? と見上げられたマキアード侯爵の口から、奇妙な声が出た。


「ふぉうっ!」


「あなた、しっかりして!」


 うずくまる侯爵の肩に、ヘレン夫人の手がかかる。


「くうっ、これは、無理。わたしは可愛いものには弱いのだ……」


 それならば、仕方がありませんね。うちのジェレミーは世界一可愛いのですから。


 ハンベル・マキアード侯爵、廊下の絨毯に眠る。





 そして「ぼくね、へれんおねしゃまとはんべるさまのおなまえをね、かーどにかいておくりたいの。だって、ぼくたちはうんめいのおともだちだもの」という発言で、マキアードご夫妻に完全にとどめを刺したジェレミーを連れて、国王陛下との謁見室へと向かった。


「すてきなおともだちができて、うれしいのよ」


「きっと、ジェレミーが素敵で可愛いいい子だからですよ。これからもたくさんのお友達ができると思うわ」


「うふふ、たのしみね」


「おいしゃまにちゃんとごあいさつするの」と自分の足で歩くジェレミーにエスコートされて、謁見室のドアの前に立った。

 侯爵ご夫妻とのやりとりを見てから、口元の笑みを隠せなくなっている側仕えの方が、扉をノックしてから開けた。


「セイバート辺境伯夫人とご子息のジェレミー様がおいででございます」


 扉が大きく開かれたので、わたしとジェレミーは中に入った。そこにはダリル様と、ダリル様より十二歳上の、髭の生えた男性が待っていた。

 国王陛下のレオナルド様だ。

 青い瞳がダリル様とジェレミーとお揃いの、焦茶色の髪をした立派な体格の男性は「シャロン・セイバート辺境伯夫人、ようこそ」と低く落ち着いた声で言った。


「このたびはアルテラがだいぶ迷惑をかけてしまったな。申し訳なかった」


「いいえ、陛下のせいではありませんわ」


 陛下に謝罪されるという畏れ多いことになり、わたしは慌てて言った。自己紹介も吹っ飛んでしまっている。


「魔物の退治に手を貸してもらった褒美を考えているぞ。おお、その前に、我が弟との婚姻についてシャロン夫人にはとても感謝している。おめでとう、結婚祝いに……」


「陛下、落ち着いてください。前のめりすぎますよ」


「おっとすまん」


 ダリル様に注意をされて、国王陛下は頭をかきながら笑った。

 なんだか想像していた陛下と違う。あんなことがあったのに機嫌が良さそうだし、ダリル様は陛下とあまり仲が良くないようなことを、嫌われているみたいなことを言っていたのに、まったくそうは見えないのだ。


「ダリル、私的な場ではわたしを兄と呼んでくれていいのだぞ。よそよそしくしないでおくれ」


「……」


 ダリル様はなんとも微妙な表情で陛下を見て、それからジェレミーを手招きした。


「ジェレミー、紹介しよう。この方がわたしの一番上の兄で、この国の国王陛下であらせられるレオナルド様だ」


 ジェレミーはばっと顔を輝かせて「れおなるどおいしゃま?」と言うと、ちょこちょこ歩いて陛下の前に進み出た。


「こんにちは。ぼくはジェレミーです。さんさいです」


「おお、そなたがジェレミーか」


「はい。ぼくはおとしゃまのこどものジェレミーなの。おいしゃまは、おとしゃまのおにしゃまのおいしゃまなのね」


「そうだ、レオナルドおじさまだよ」


 ちょ、陛下、そんな砕けたことでいいのですか?


 天使のジェレミーは「うわあ、おいしゃま、あいたかったの!」とぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。


「れおなるど、おいしゃま! れおなるど、おいしゃま!」


「ジェレミー、ジェレミー、おお、なんて愛らしいのだ! まるで幼い頃のダリルではないか! ちみっちゃいダリルたん、可愛い、かわいいぞ!」


 陛下はジェレミーを抱き上げると「ジェレミーのおいしゃまだよー」と頬ずりをした。ジェレミーも「おいしゃまー、おいしゃまー」と大喜びでしがみつき「ぼく、おいしゃまにすごくあいたかったのよ! ぜったいにおいしゃまのことがだいすきになるって、わかっていたの」と言って、陛下を腰砕けにしている。


「ああ可愛い。ダリルたんは抱っこできなかったが、ジェレミーたんはこうして抱っこすることができる、なんていう幸せであろう!」


 ……ん?

 今、ダリルたん、なんてことが聞こえましたよね?

 ジェレミーたんはともかく、ダリルたんって……。


「おいしゃまは、おとしゃまをだっこしたかったの?」


「そうなのだ。ダリルたんはわたしの可愛い末の弟だからな、抱っこして一緒に遊びたかったのだ」


「いまのおとしゃまはとてもおおきくていらっしゃるから、だっこはむずかしいのね……」


 ジェレミーはしばらく考えてから、言った。


「ぼくのむねに、おとしゃまのなまえをかいたかーどをはるのはどうかしら? ぼくはかみのいろもめのいろも、おとしゃまとおなじなのよ。だから、ぼくがおとしゃまのかわりをつとめます」


 ジェレミーは大真面目な顔で「そして、れおなるどおにしゃまってよぶ!」と陛下に笑いかけた。


 陛下は「おお、なんて賢いのだろう、ジェレミーたんは天才か?」と嬉しそうにジェレミーを抱きしめて、ダリル様は……真っ赤な顔をして天井を見上げていた。

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