第30話 夜会3
ダリル様とわたし、ジェレミー、そしてわたし付きのドナとミミルカは大型の馬車に乗り込み、夜会が行われる王宮のホールへと向かった。
王宮の敷地内へ馬車を乗り入れる時には厳重なチェックが行われるのだが、王弟にしてセイバート辺境伯であるダリル様は、もちろん顔パスだ。
この国の王族だし、こんなに見目が整った殿方の偽物を用意するのは困難だから、というのもあると思う。
かっちりしたデザインの礼服と、フリルのある華やかなシャツ、さらにわたしの瞳の色に合わせた青い宝石が付いた飾りボタンとカフスボタンを身につけたダリル様は先ほどから、鮮やかなブルーの中に魅惑の光をきらめかせた瞳でわたしを見ては「美しいな……」と満足げに微笑んでいらっしゃる。
いやいや、お美しいのはあなたの方だと思うんですけどね。
純真な子どもの前で、妙に色っぽい流し目をくれるのはお控え願いたいのですが。
わたしはジェレミーの母親になれれば満足だと思っていたのだけれど、こんなに魅力的な男性が夫になると、わたしの中の乙女心がざわついてしまう。
いやいや、惚れちゃ駄目だ、わたしは天使の母親なのだから。ダリル様とは恋愛がどうこうよりも、力を合わせてジェレミーを健やかに育てていきたい。
ああでも。
人生で一度くらいは恋をしてもいい……かな?
「ねえおかしゃま、ぼくのふくはおとしゃまとおなじかんじなのです」
考え事をしていたら、可愛いジェレミーが小さいおててでわたしの手を握って言ったので、わたしは慌てて息子に微笑んだ。
「そうね。そのデザインがとても似合っているわ。今日のジェレミーは騎士のように凛々しくてよ」
「……ん、でもね、ぼくね。おとしゃまみたいにかっこよくしたいのに、ちょっとちがうとおもうのよ。おかしゃま、なんでなのかしら」
うーん、それはね。ジェレミーはまだみっつの愛らしい幼児で、ダリル様はがっつり磨き抜かれた男盛りのイケメンだからなのだけれどね。
「ぼく、もしかすると、おかしゃまとおそろいのふくのほうがよかったの?」
いやん、ドレスを着たジェレミーちゃんを想像しちゃったわ! 可愛い! きっとお人形さんみたいに似合っちゃうわ!
でも、そんなことを言って、ジェレミーの性癖を歪めるわけにはいかない。彼を清く正しい美青年に育てるのがわたしの役目なのです。
「大丈夫よ、ジェレミー。お父様がとても素敵に見えるのは、子どもの頃からたくさん剣のお稽古をして、お勉強にも励んで、身体も心も立派に鍛え上げた戦士であり紳士であるからなのですよ。ジェレミーはまだ小さな男の子だけれど、こんなにもダリル様に似ているのですもの。成長した暁には、お父様のようにとても素敵で頼り甲斐のある、かっこいい殿方になるでしょう。これからもお父様を目指して励むのです。そうすれば、このような礼服をよりかっこよく着こなせるようになります」
「そなのね! ぼく、おとしゃまみたいにかっこいいしんしになりたいから、うんとはぎぇむの! おとしゃまをめざしてがんばります!」
「その意気よ、ジェレミー。お母様も応援しますね」
「はい!」
わたしは鼻息を荒くする可愛い天使ちゃんに笑いかけて、そのままダリル様に「頼もしい息子ね?」と笑顔で言った。すると、ダリル様は耳まで真っ赤になって「素敵で、頼り甲斐のある、かっこいい……シャロンはそんな風に見てくれていたのか」と呟いた。
「そっ、そうだな。ジェレミーよ、お母様のように、この上なく美しく優しい姫君に期待されているのだ、おまえも世界一の男を目指して励むがいい」
「はい、おとしゃま!」
「だが、わたしもお母様にふさわしい男になるべく、さらに精進するつもりだからな。わたしに置いていかれないように、死ぬ気でがんばるのだぞ!」
「はい! うわあ、おとしゃま、しゅごくかっこいい! ぼくのおとしゃまはとてもかっこいいのね!」
キメ顔のダリル様の精悍な笑顔は、全世界の淑女が「きゃあああああーッ!」と悲鳴をあげて失神しそうな魅力溢れるものだったので、それに感激したジェレミーはにっこにこだ。
でも、みっつの幼児は死ぬ気でがんばることはないと思うのよ?
妙にしらけた目でわたしたちを見守っていたドナは、手のひらを見せながら「さすがはシャロン様ですね、手の上でころころー、ころころー、転がしまくってますね」と、失礼なことを言った。
「でもま、それくらいがんばってもらわないとね。お二方には責任を持って、シャロン様を幸せにしていただきたいので」
「ドナったら。いつからそんなにわたし贔屓になったのよ」
「わたしは元々、シャロン様贔屓ですよ。こんなドナをお側においてくださると言ったその時から、一生シャロン様に取り憑いてやろうと決めましたので」
「取り憑くのはおやめ! 確かにおまえは化け物じみた有能なメイドですけどね!」
「やんもう、シャロン様ったら褒め上手なんだから」
わたしたちの会話を聞いたジェレミーが「おとしゃま、おかしゃまたちのおはなしはむずかしいのよ」とダリル様に言うと、イケメン辺境伯は「貴婦人の会話は、我ら男には難しすぎるからな。黙って聞いているのが賢い態度だ」と息子に教えていた……。
馬車は無事に王宮に着き、わたしたちはセイバート辺境伯家に用意された、高貴な客用の部屋へと案内された。
ダリル様がジェレミーにお茶と小さなお菓子を食べさせてくれて、わたしはドナとミミルカに髪型とドレスのチェックを受ける。
「完璧なお美しさでございますよ」
ミミルカが満足そうに言った。
「夜会に出るのは……久しぶりだから、緊張してきたわ」
シャロン・アゲートの身体にわたしが入ってからは、一度も夜会や舞踏会、お茶会に出席していないから、実質これがわたしの社交界デビューなのだ。
幸い『シャロン』の経験と知識が残っているし、ダリル様も自分にすべて任せて、ただ微笑んでいればいいと言ってくれているから、なんとかなると思いたいのだけれど……。
あの性悪女のアルテラ王妃が絶対なにか仕掛けて来そうよね。
不安を感じていると、控え室がノックされたので、わたしはダリル様の顔を見た。
「わたしが王都に来たことを耳にして、兄たちの誰かがやって来たのかもしれないな」
ダリル様が頷いたので、お菓子をぽりぽり食べていたドナが立ち上がって取り次いでくれた。
「辺境伯様、シャロン様のご兄弟の、アランゾ・アゲート様とブレンダン・アゲート様が来ちゃったんですけど!」
「ドナったら、来ちゃったんですけどはないでしょう。でも、どうしてお兄様方がいらしたのかしら?」
不思議に思ってダリル様を見ると、彼は悪い笑顔で「大丈夫だ」とわたしに頷いた。
えっ、なにっ、ブラックダリル様がかっこ良すぎるんですけど!
「ドナ、通してくれ」
「はい、了解です」
ドナは飛び跳ねるようにして、お兄様方の迎えに出た。
「おやおや、シャロン。久しぶりに会ったが、今夜はまた、素晴らしく美しいではないか。服の趣味が良くなったな」
「セイバート辺境伯殿と仲良くやっているようで重畳だ。辺境伯殿、妹を可愛がってくださり感謝に堪えませんよ」
「アランゾお兄様! ブレンダンお兄様!」
アゲート家のイケメン兄弟の登場で、この部屋のイケメン指数がめっちゃ高くなっている。
ちなみに、一番のイケメンはわたしのジェレミーよ、ふふふ。かっこ可愛さは世界一だもの。
「ダリル殿、首尾は上々だ。あとは計画した通りに」
「ありがとう、アランゾ殿」
がっちりと握手をしているけど、いつからそんなに親しくなったのかしら。
ブレンダンお兄様が、わたしの頭をぽんと撫でて言った。
「シャロンはダリル殿の隣りで笑っていればいい。いろいろと苦労しただろうが、最終的におまえが幸せになってくれて、わたしたちは皆、喜んでいるよ」
「え? なにがどうしたの?」
わたしが混乱していると、ちっちゃなジェレミーにそっと抱きつかれた。
「おかしゃま……」
わたしが知らない人たちと親しげにしているから、戸惑ってしまったのね。
わたしはかがむと、天使ちゃんを抱き上げて言った。
「こちらはね、お母様のお兄様なの。アランゾおじさまと、ブレンダンおじさまよ」
「おふたりは、ぼくのおいしゃまなの? しゅごい、かっこいいおいしゃまがおふたりもいるのね!」
瞳をキラキラさせた可愛い天使に「おいしゃま、ぼくね、ジェレミーなの。さんさいなのよ」と自己紹介されて、クールでできる男だと評判のアゲート兄弟はふたりとも「うっ!」と胸を押さえて、その場に崩れ落ちそうになった。
「なっ、なんだ、この可愛い生き物は……」
「汚れた大人のわたしには、純真な瞳を正視できない!」
お兄様方は、挙動不審なイケメンと化していた。でもまあ、こんなに可愛いジェレミーを前にしたら、突然の萌え心に翻弄されても仕方がないわね。
「あらんぞおいしゃま」
「はうっ!」
「ぶれんだんおいしゃま」
「ふぐうっ!」
お兄様方は完全に崩れ落ちた。
イケメンふたり、ここに眠る……。




