表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪の氷結花』、継母になる〜天使な息子を可愛がっていたら、辺境伯に溺愛されました〜  作者: 葉月クロル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/41

第27話 旅

 王都に向かうにあたり、わたしは一応、アゲート伯爵家のお父様とお母様に手紙を書いておいた。

 手紙には王妃とのいざこざについては書かなかった。アゲート家を巻き込むつもりはないのだ。ただ、できれば時間をもらって、わたしの家族にダリル様とジェレミーを紹介したかった。これはダリル様からも言われたことだ。

 結婚式を行う時には、アゲート家から代表者にセイバート領に来てもらうつもりだが、それ以外の家族とは顔を合わせる機会がないので、ぜひ挨拶をしておきたいそうだ。


 お父様からの返事には、アゲート伯爵家にも夜会の招待状が届いているから出席すると書いてあったので、両親とはそこで顔を合わせることができそうだ。

 そしてなぜか、ふたりの兄からの、ひと言『心配するな』と書かれた手紙が入っていたので、わたしはこれはどういう意味だろうと不思議に思った。


 わたしはダリル様の執務室に顔を出して「アゲート家から手紙が届いたから、一緒に見てくれない?」と声をかけた。


「わかった。そこのソファーで待っていてくれ、きりのいいところで休憩を取るから」


「わかったわ。ミミルカ、お茶の用意をお願いね」


 部屋の隅に控える侍女に頼むと、ミミルカは「承知いたしました」と言って、部屋の外に控えている使用人に手配をした。わたしが自分でドアを開けて「お茶を持ってきてー」と叫んではいけないのだ。貴族の作法の基本は伝言ゲームである。


 ダリル様が仕事を終えて立ち上がり、わたしの隣に座った。


「はい、これ。まさか、お兄様たちがこの件に絡んでいたり……は、ないと思いたいんだけど……」


 わたしはお父様とお兄様方から届いた手紙をダリル様に渡した。お母様からの手紙は、女同士の秘密なのである。

 ダリル様はさっと目を通してから言った。


「義兄上殿たちからの手紙が気になるな。心配するな、か。おふたりは現在、なにをやっている方なのだ?」


「んー、上のアランゾ兄様は王宮で王族の側仕えをしていて、下のブレンダン兄様は魔法省の職員よ」


「おふたりとも優秀なんだな」


「まあ、このふたりがいるからアゲート伯爵家は安泰ね」


 わたしは『アランゾ』『ブレンダン』と並んだサインを見て「だから、これは単なるいたずらではないと思うのよ」と言った。


「兄たちに迷惑がかかっていないといいけれど……」


 ほんっと、あの王妃! 

 やっぱり息の根を止めてこようかしら?

 わたしの可愛いジェレミーの世界に、あの女は要らないわ……。


「シャロン、恐ろしい顔になっているぞ」


 ダリル様に、両手で顔を潰されてしまった。


「なにするのよ」


 彼はわたしの顔面を揉みながら「ジェレミーはシャロンのことを女神のように思っているんだぞ? 夢を潰したら可哀想だから、魔女みたいな顔にはならないでくれよ」と笑った。


「あの子にはこんな顔を見せないわよ。でもね、正直言って、アルテラ王妃が今すぐこの世から消えてくれないかなーって思うわ」


「奇遇だな、わたしもそうだ」


「夫婦で意見が合ってよかったわ」


「ああ」


 ドアがノックされて、ティーセットの置かれたワゴンを押したメイドが入ってきたので、わたしたちは物騒な話を止めた。

 ミミルカにはわたしの本性がとっくにバレているから、彼女には聞かれても気にしないわ。


 ミミルカはメイドを返して、自分でお茶を淹れてくれた。どこかの失礼メイドと違ってとても静かで、口も堅いので、ダリル様もわたしもミミルカがいても置き物だと思うようにしている。


「シャロンはジェレミーのことを、本当の子どものように思ってくれているのだな。あの子を愛してくれて、ありがとう」


「なによ、突然どうしたの?」


「あなたが物騒な顔つきになっている時は、大抵ジェレミーを守ろうと考えている時なのだとわかっている」


 彼がとても優しい顔でわたしを見たので、なんだか動揺してしまい、視線を逸らす。


「あの子はわたしの本当の子どもよ。産んだのはジャクリーヌさんだけど、わたしの子。異論は許さないわ」


「そうか」


 彼はわたしの銀の髪を手ですくい取ると、そこに口づけて言った。


「わたしとあなたの子どもも、いつか産んでもらいたいのだが?」


「なっ! い、今はまだ、駄目よ」


「『今はまだ』か。嬉しい答えをありがとう、シャロン」


 色っぽい瞳のイケメンが、今度はわたしの頬を指先で撫でてからそっと唇に触れた。


 ひいいいいい、しまった、うっかり言質を取られてしまったーっ!

 わたしがダリル様の赤ちゃんを産むって、それはつまり、そういうことなのに……。


「あっ、いけない、旅行の仕度をしなくっちゃ。ジェレミーが待ってるわ」


 わたしはもごもごと言い訳をしながら、ダリル様の執務室を飛び出したのであった。




 まあ、そんなこともあったけれど、わたしとダリル様の距離もいい感じに縮まり、王都への道をつつがなく辿っている。幼い子どもがいるので野営はなるべく避けて、町の宿から宿へと泊まりながら進んだ。場所によってはその土地の領主がわたしたちを招いてくれたので、夫婦仲の良さとジェレミーの可愛さをしっかりとアピールした。


 わたしたちの通った跡には、もれなく天使ジェレミー教信者の山ができているわよ、ふふふ。




 王都には、あまり使われていないけれどセイバート辺境伯家の屋敷がある。ダリル様がセイバート領に移るまではそこで暮らしていたので、いつダリル様が王都に来ても大丈夫なように、今も使用人たちが住み込みで家を守っている。


「これが、おとしゃまのおうち?」


「そうだ。わたしが結婚する前はここに住んで、王宮で仕事をしたり、騎士団に出向しゅっこうして戦いについて学んだりしていたのだ」


「おうちをふたつもおもちなのね。おとしゃま、しゅごーいの」


 ダリル様に抱っこされたジェレミーが「しゅごーい、しゅごーい」とはしゃぐ様子を、屋敷の玄関で出迎えた使用人たちが驚愕の表情で見守っていた。


「おかしゃま、おとしゃまはおうちをふたつもおもちなのよ」


「そうね」


「ぼくもね、おおきくなったら、おうちをふたつもつの。そしてね、おかしゃまにひとつあげるのよ」


「まあ、ジェレミー! 嬉しいわ」


「でもね、でもね」


 ジェレミーが内緒話をしたがっているので、ダリル様はわたしの耳元にジェレミーの顔を近づけてくれた。


「おかしゃまがちがうおうちにいるのはだめなのよ? ふたつめのおうちにいるときも、ぼくといっしょにいてね?」


 ジェレミーはふっくらした頬を両手で押さえながら「だって、ぼくはおかしゃまのことがだいすきなんだもん。はなれたくないのよ」と、少し恥ずかしそうに言った。


 うきゃああああああーっ、可愛い、可愛いよジェレミーイイイイイーッ!

 もちろんよ、たとえ一泊でもあなたと離れたりしなくてよ!


 あまりの可愛さに、わたしの顔がでろーんと溶けてしまう。ダリル様に「シャロンがバターになってるぞ。舐めてしまおうか?」とよく揶揄からかわれてしまう顔だ。

 でも、仕方がないよね! 

 ジェレミーにこんなに可愛いことを言われたら、全世界の人類が溶けたバターになっちゃうよね!


「ジェレミー、お父様は? お父様は、一緒のおうちに入れてくれるのか?」


 仲間はずれを嫌がるダリル様は、お父様もいるぞアピールをしている。抱っこされたまま、軽く揺さぶられたジェレミーは、人差し指を立てて顎に当てながら「うーん」と首をひねった。わたしには自覚がないのだけれど、これはわたしの真似らしい。


「それじゃあ、おとしゃまもとくべつに、ぼくのおうちにいてもいいことにします。でもね、そのおうちではね、ぼくがいちばんにおかしゃまをまもるかかりなの。おとしゃまはにばんめのかかりね」


「そうか、二番目なのか」


「だって、おとしゃまはとてもおつよいし、かっこいいんだもん。おかしゃまはおとしゃまがだいすきでしょ? でもね、でもね、ぼくのおうちではおかしゃまをわたせないの。だって、ぼくのおうちなのよ? ぼくもおおきくなったら、おとしゃまみたいになるからね。そうして、じぶんのおうちでは、ちゃんとだれかをまもれるひとになりたいのよ」


「そうか。しっかりと励むが良い」


「うん、はぎぇむの!」


 にっこー、と笑った顔は、太陽を百個集めたくらいの破壊力だ!


 気がつくと、王都の屋敷の使用人たちは立っているのがやっとの状態で「ジェレミー様が尊すぎる……」「天使……」「可愛いよう、可愛いよう」「マジきゃわ、ヤバきゃわ……」と震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ