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第22話 相談いたします

 さて、ジェレミーがダリル様とお風呂に入っている間に、ベッドの上で少しゴロゴロしちゃおうかな……なんて思っていたら、やる気に満ちたミミルカが腕まくりをしてわたしに向かってきた。


「なに、ミミルカ、どうしたの?」


「ふふふふ、ようやくわたしたちの腕をお見せすることができますわ! さあお美しい奥様をよりお美しく磨く時間の始まりです」


「えっ、えっ、なにっ、ドナ、ちょっと助けなさいよ!」


「シャロン様、いってらっしゃーい」


「ドナの裏切り者ーっ!」


 おとなしく控えめだったミミルカはもういない。彼女はわたしを拉致し、部屋にある個人用のお風呂に連れ込んだ。

 個人用と言っても、この屋敷の女主人のために作られているものらしく、バスタブの脇にはマッサージベッドが置かれ、冬場にも寒くないようにストーブも置かれている広い浴室だ。


「さあ奥様、こちらのお風呂で全身を磨いて旦那様の心をググッとつかんでしまいましょう!」


「さっきのアレは、三人でお風呂に入らないように言った方便なのよ。ミミルカ、どうしたの? あなたはなにに目覚めてしまったの?」


「実は、でございます。奥様をお迎えするにあたり、わたしたち侍女とメイドチームは、王都の花と名高いそのお姿をセイバート領の技術を用いてさらに磨き上げるべく、より洗練された技術を身につけ高め合ってまいったのでございます!」


「……花っていうか、『悪の氷結花』よね? あれ、悪口よ?」


「花でございます! 美しければ細かいことはどうでも良いのです! 実際にお会いしてわかりましたが、奥様はまさに花の盛り、可憐に豪華に芳しく咲き誇る銀の薔薇でいらっしゃいますわ!」


「まあ、なんて盛り盛りな言葉。お褒めいただいたのは嬉しいのだけれど……」


「お肌も髪も、本当に磨きがいのあるお美しさでございますわあ、んふふふふ」


 おーい、ミミルカさーん。

 気合いが入り過ぎて怖いんですけどー。


「というわけで、我らビューティメイクアップチームにお任せくださいませ!」


 どこからかメイドが三人現れた!


「マーガレットです!」


「アイリスです!」


「ガーベラです!」


「そしてリーダーのミミルカです!」


 全員、とても気合いが入っている。


「あなたたち、どこに隠れていたの?」


 こうしてわたしは、いつの間にか結成されていた『奥様磨き隊ビューティメイクアップチーム』の手で全身を洗われ、揉まれ、いつしか気が遠くなってしまったのであった。




 すっぽんぽんのままでベッドに寝かされていたわたしは、ドナに起こされた。


「はっ、わたしはいったい?」


「ミミルカさんたちのケアが気持ち良すぎて、よだれを垂らして爆睡しちゃったんですよ」


 わたしは慌てて口元を拭った。


「よだれなんて垂らしてなくてよ!」


 わたしはぷぷっと笑っている失礼メイドに「早く服を持っていらっしゃい」と命じた。


「あっちでミミルカさんたちが待ってますよ。ドレスの着付けとお化粧をするらしいです」


「持ってきたドレスは、自分ひとりで着られるものよ」


「それでも着せたいと思うのが侍女ってやつですよ。楽しい着せ替えごっこかな。シャロン様はそのうち、あのイケメン旦那に山ほどドレスをプレゼントされるんでしょうね。いいカモが見つかってよかったですねー」


「わたしを悪女のように言うのはおやめ!」


 わたしはすっぽんぽんの上にシルクのガウンを着ると、新たなる戦いの場に赴いたのだった。




 そんなこんなで、ドレスを着て化粧を施され、髪もハーフアップに結ってなぜか薔薇の花まで飾られたわたしは、迎えに来たエルトンと共にダリル様の執務室に向かった。


「失礼いたします」


 机に向かったダリル様はなにやら書類を眺めていたが、わたしの姿を見ると「エルトン、茶を頼む」と言ってソファーを勧めた。お風呂上がりで身体が熱いのか、フリフリ付きシャツの胸元が大きく開けられていて、目のやり場に困ってしまう。

 けれど、ここで「ボタンを閉めてください」なんて言ったら、また変な絡みをされてしまいそうだ。男女交際の経験がないわたしは、そういう時に上手く返すことができないので、気の利かない女だと思われてしまうかもしれない。


「……なんですか?」


 ダリル様が黙ってわたしを見つめているので尋ねると、彼は言った。


「なるほど。先ほどの宣言通りますます美しくなってきたな。ここまで磨き上げるとは、うちの側仕えたちの腕はたいそう良いようだ。これは給賃を上げねばならないな、エルトンに言っておこう」


「ま、また、そのような調子の良いことを……」


 ほら、上手く返せないのよ!


「これがわたしのためならば、どんなに嬉しいことだろうか」


「違います」


「つれないな。だが、媚びないところもあなたの魅力だ。ここで一杯ワインの力でも借りて、美しき姫君を口説き落としたいところなのだが……その前に話をしなければならないのだろう」


「ええ」


 甘い言葉の応酬よりもやらなければならないことがあるのだ。

 わたしはレガータ夫人の育児に関する行動の不可解な点と、彼女が家庭教師のハワードにわたしへの悪感情を刷り込んだ可能性があること、そして見え隠れするアルテラ王妃の影についてダリル様に話した。


「ジェレミーは貴族の長男としてかなり高レベルの教育を施されていますし、食事を自分で取ることがなかったこと以外には、さほどおかしな点は見られません」


「そうか。今日、一緒に入浴したが、まだ自分で身体を洗えなかった。だが貴族は側仕えの者が入浴の介助をするのが当たり前だから、おかしなことではないな」


「そうですわね」


「ジェレミーに尋ねたら、レガータ夫人とメイドに洗ってもらっていたそうだ」


「ちなみに今日は、わたしが洗ってやったのだ」とドヤ顔をされたので、わたしは軽くムカついて隣に座ったダリル様の足を蹴飛ばしておいた。

 ダリル様はくっくっと笑いながら「次は三人で入るか? それならばジェレミーを洗えるぞ」と言い出した。


「あまりおふざけになると、全身を凍らせてお風呂に立たせておきますわよ」


「おお怖い。シャロンは氷魔法が得意だそうだな?」


「氷魔法というか……水を操る魔法ですわね。水ならば温度を自由に変えられます」


「他の液体はどうだ?」


「混ざり物が多いと難しくなりますね」


 たとえば、雨とか川とか湧き水とか、自然に存在する水分ならばほぼ完璧に操ることができるのだが、スープは難しい。コンソメスープも駄目だ。


「魔物の血液はどうだ?」


「やったことがありませんが……できたとしても微々たるもので、かなりの魔力を消費するでしょうね。あれは混ざり物が多過ぎます」


「試したことは?」


「ありませんわ」


 普通の生活をしていて、魔物の血と関わることなどない。


「人間の血は?」


「わたしをなんだと思っていらっしゃるの? 人の血液をいじるなんて恐ろしいことをするわけがないでしょう! 中で詰まってしまったらどうするのですか!」


 わたしが立ち上がって怒ると、ダリル様は「すまない、失言だ」と謝罪した。


 ソファーにかけたわたしは「もしかして、気に入らない者は凍らせてしまうなんていう噂を、信じていらっしゃるの?」と尋ねた。


 ちなみにそれは、真っ赤な嘘である。

 たとえば、誰かにバケツで水をかけてそれを凍らせることはできるけれど、人体を凍らせるなんてことはシャロン・アゲートにはできないし、わたしがくる前にやったこともない。

『悪の氷結花』の伝説は、わたしに悪意を抱く者が流したデマなのだ。


「先ほど申しましたように、普通の水であればわたしはかなり自由に扱うことができます」


 そうなのだ。セイバート領の温泉を見つけるとかね!


「治水工事を行う時など、必要がありましたら声をかけてくださいね。力になれると思いますわ」


「そうか。話すほどに、あなたは噂とは程遠い女性に思えるのだが……悪評を流されたことについては、なにか心当たりがあるか?」


「おおありですわ。おそらくすべては、アルテラ王妃の仕業です」


「そうか、あの人か……」


 ダリル様がなにやら考えている様子なので、わたしは「もしかして、ダリル様にもあの女……じゃなくて、アルテラ王妃陛下との間になにかございましたの?」と尋ねた。


「なぜそう考える?」


「あの人の名前を出した時のダリル様の表情と、レガータ夫人があの人と通じているとしたら、かなり以前からある種の企みがあったと思われるからですわ」


「そうか。やはりシャロンは賢いな」


 ダリル様はそう言って、ため息をついた。


「実はな。以前、アルテラ王妃……義姉上(あねうえ)懸想けそうされて、拒絶したことがあるのだ」


「はいいいいーっ?」


 思わず声が裏返ってしまった。

 あのクソ女、いったいなにをやらかしてるのよ!

 

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― 新着の感想 ―
でしょうね。陰険ババアと気付いてフッたのか、普通に兄嫁だからフったのか、好みのタイプではないからフッたのか、で怒り度が違うかも。というか、この二人がラブラブ夫婦で王妃に会いに来たら復讐完了??クリティ…
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