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『悪の氷結花』、継母になる〜天使な息子を可愛がっていたら、辺境伯に溺愛されました〜  作者: 葉月クロル


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第20話 楽しいお勉強

 わたしはミミルカに厚手の紙と大きな紙を用意させた。そして、厚手の紙の方は大きめのカードくらいの大きさに切って、机ほどもある紙には絵を描いた。


 ひとりでやると大変なのだが、こういう時に役に立つのがドナだ。この子は貴族の令嬢ではあるけれど、どうやら家が貧乏だったらしくて、他のご令嬢と違ってたいていのことができる便利なメイドなのだ。

 そのドナに、わたしは「シャロン様こそ、変なことをよく知ってますよね。まさか、人生二回目だったりしてねー」などとドキッとするようなことを言われてしまった。

 前世の記憶があるって言ったら、この子は信じるかしらね?


「おかしゃま、なにをつくっているの?」


「お勉強を楽しくする道具よ。ほら、これはなにかしら?」


 わたしは描いている途中の絵を見せた。


「おおきなおうち! おはなもさいているし、みちもあるのね」


「そうね。ジェレミーは『家』『花』『道』の綴りは書けるかしら?」


「かけましゅ!」


 興奮して、ちょっと噛んでる。可愛い。


「それでは、この絵を完成するために、力を貸してくれる?」


「もちろんなのよ!」


 ジェレミーは胸を張って「まかせてなの」と鼻息を荒くした。可愛い。

 鼻息まで可愛いとか天使かよ? 天使だよ!


「それじゃあ、この絵の中のものの名前を、カードに書いてみてちょうだい」


「うん、書きます!」


 ジェレミーは真剣な顔で『いえ』『はな』『みち』と書いた。そして「このみちは、そとのみちじゃないから、ちいさいみちなのね」と言った。


「そうね。それでは別のカードに『小さな』と書いてちょうだい」


 ジェレミーはやはり賢い。『ちいさな』と書いたカードを道のカードの前につけて『ちいさなみち』にしてしまった。


「すごいわね。それでは、他にも気づいたものはある?」


「おはなはね、かだんにさいているの」


 ジェレミーは『かだん』というカードも作った。そして『おおきな』『き』や『とびら』も加えた。


「このおはなは、なにいろかしらね?」


「ジェレミーはどんな色のお花が好きなの?」


「えと、えと、えと、あかとあおと、それからむらさきもすき」


 楽しそうに『あか』『あお』とカードに書き、紫で止まった。そして、家庭教師のハワードに近寄って、ひょろりと背の高い眼鏡男子を見上げた。


「はわあどしぇんしぇい、むらさきのおてほんをおねがいします!」


「よ、よろしいですよ」


 わたしたちがやることを黙って観察していたハワードは、手元の紙に『紫』と綴ってジェレミーに手渡した。ちょっと嬉しそうだ。

 ジェレミーはお手本を見ながら『むらさき』のカードを完成させた。


 花の横に色名カードが置かれたので、あとで絵に着色するといいわね。


「はっぱは『みどり』で……あっ、ここは『やね』なのね」


 『やね』『えんとつ』『まど』と、カードがどんどん増えていく。


「おかしゃま、おにわにかわいいこいぬがいるといいな」


「そうね。そうしたら、白い犬としましまの猫も描きましょう」


 保育士なので、動物の絵を描くのも得意である。わたしが動物を描くと、ジェレミーがカードを書いて置いていく。わからない単語はハワードにお手本を書いてもらい、睨めっこしながら綴っていく。

 わたしはねずみやクマやアヒルやワニも描いた。空には鳥が飛んで太陽が出て雲も浮かんでいる。

 ワニまで住んでいるなんて、このお庭、大丈夫かしら。

 それにしても、大きな紙にしておいてよかった。たくさんのやる気に満ちたカードが並び、やがて休憩の時間になった。




「すごいですね」


 場所を移してお茶とおやつをいただいていると、ハワードが呟いた。

 ジェレミーは「お勉強、楽しいの」とドナに話しかけて、「はわわわわ、ジェレミー様は天才ですよ! さすがはシャロン様のお子様ですね」と褒められご満悦だ。


「あんな教え方は初めて見ました。貴族の学習は嫌々行うのが常識だと思っていましたが、まさか楽しいという言葉を聞くとはね」


「あなたも嫌々勉強してきたの?」


「そうです。覚えが悪いと折檻されることもありましたので、必死でしたよ」


「まだ子どものうちから? それは酷い話ね」


 この世界では、学習動画を見たり、タブレットでゲームをしながら問題を解いていったり、なんてことはできないのは仕方がないけれど、暴力で脅して勉強させても身につかないと思う。

 幼い子どもの好奇心や知りたい気持ちを上手く引き出すのも、保育の役割である。


「奥様……図々しいお願いなのは承知の上ですが、このやり方を真似てジェレミー様に教えてもよろしいでしょうか?」


「あら、全然かまわなくてよ。どんどん真似して、なんならさらによいやり方を編み出してちょうだいな。あなたは教育のプロなのだから、きっとわたしよりも効果的な方法を見つけられると思うのよ」


「奥様、無礼だったわたしになんて寛大なお言葉をくださるのですか! こんなにも心が広いお方だったなんて……噂を鵜呑みにした自分の愚かさに呆れるばかりです。どうかお許しください」


「謝罪を受け入れます」


 わたしたちが和解している間にドナとなにやら相談していたジェレミーが、わたしのところにカードを持ってきた。


「おかしゃま、どうぞ」


「ありがとう。……まあ!」


 ジェレミーがくれたのは『おかあさま』『かわいい』と書かれたカードだ。


「素敵なカードをありがとうね、ジェレミー! お母様はこんな素晴らしいプレゼントをいただけて幸せよ」


 思わず抱き上げて頬にキスすると、ジェレミーは嬉しそうに笑った。


 ジェレミーは、今度はハワードのところにとことこと駆け寄ると、やはりカードをわたした。


「はい、はわあどしぇんしぇい」


「ありがとうございます、ジェレミー様」


 ハワードはカードを見ると、その緑色の瞳から涙を溢れさせてうつむいた。


「ちょっと、なにを貰ったの?」


 わたしは彼のカードを取り上げて読んだ。


『先生』『勉強』『ありがとう』という三枚のカード。それから……。


「『好き』って……ジェレミーは、ハワード先生が好きなの?」


「はい。はわあどしぇんしぇいは、たくさんのことをおしえてくれるの。ぼくはたくさんかしこくなれたのよ。だからね、ぼくはすきです」


「そうなのね」


 この子は本当に、素直でまっすぐで賢くて優しい子だ。幼いなりに礼儀正しいし、自分の考えをきちんと言葉にすることができる。

 ジェレミーの良いところを育ててくれたのは、あのレガータ夫人と家庭教師のハワードなのだろう……レガータ夫人には、見逃せない偏りがあったけれど。


 そう、レガータ夫人はなぜおかしな育児をしたのだろうか?

 本当に無知なだけだったの?


 そんなことを考えている隣で、ハワードが「おおおおおお、おおおおおお」とうるさい。絶賛号泣中なのである。

 天使に好きなんて言われたら、そりゃあ泣くだろう。

 それは仕方がないと思う。

 でも、うざい。


 ドナがにやりと笑って言った。


「シャロン様、焼き餅を焼いてますね? ふふふ、お顔が悪鬼のようになっていますよー、禍々しいオーラが全身から吹き出してますよー。ドナは子どもの教育に悪いと思うんですけどね?」


 ドナに目隠しされたジェレミーが「あっきー? あっきーってなんですか? おかしゃまからなにがでちゃったの?」ともぞもぞ動いている。


「やだ、いけない!」


 わたしははっとして、両手で顔を覆ってむにゅむにゅ揉んだ。『悪の氷結花』の憎悪に満ちた表情をジェレミーに見せるわけにはいかないわ。

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