表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/41

第15話 増殖する◯◯

 わたしはジェレミーを抱っこしたダリル様と共に、ドナとミミルカを連れて自室に戻った。

 

「ダリル様、わたしたちはまだ正式に結婚していませんが、侍女たちが立ち会った上で居間にお通しするのはマナー的に許される行為ですわね」


「そうだな。寝室に入れろとは言わん」


「当たり前です」


 わたしが軽くにらむと、彼はびくっとした。

 イケメンなら誰もかもが寝室に入れようとする、とでも考えているのかしら? だとしたら、おめでたい男だわね。

 そんなわたしの気持ちが伝わったのか、彼は「もちろん、軽い冗談だが」ともごもご言い訳をした。


「そうですわね。場を和ませるためのちょっとした冗談のおつもりでしょうけれど……ダリル様、子どもの教育に悪いことは不用意に口に出さないでいただきたく存じますわ。小さな賢い男の子は、驚くほどの速さで大人の言うことを吸収してしまうものです」


「そうなのか」


「ましてや、あなたはジェレミーが尊敬する父親であり、この子がそうなりたいと憧れる存在なのです、それを念頭に置いて、ご自分の言動を常に精査しながら行動してくださいませ」


「……シャロンは」


「はい?」


「シャロンはとても賢いな。それに、知識が豊富だ」


 えっ、なに、突然褒められたんですけど。


「おかしゃま、すごいの」


 ありがとうねジェレミー、おかしゃまはすごいオリンピックの金メダルを取れた気分ですよ!


 そっくりな大小の顔が並び、青い瞳が尊敬の眼差しでこっちを見ている。サファイアのような輝きが眩しいわ。


「もしゅ、もしゅ、もしゅかしゅると、おとしゃまは、おかしゃまにしかられたの?」


 うわああああ、噛み方が可愛くて尊いわ! もしゅもしゅ言うお口がピンクなのね、柔らかそうでふわふわなのね、世界一可愛いお口なのね!


 で、こちらのイケメンお父様も、ジェレミーの可愛さにむふんという顔をしながも、父親らしく重々しさを出して答えた。


「そうだ。お母様はお父様が反省しなければならない点を教えてくれたのだ。お母様の言うことをきちんと考えて、お父様はさらに立派になろうと思う」


 いやいやいやいや、あなたはもうすでに、立派な辺境伯様ですからね! わたしに重圧をかけるのはおよしになってくださいませ!


 だが、素直な天使はダリル様の言うことを真正面から受け止めて、はわわわわわ、という表情になってわたしを見る。健康的なぷっくりほっぺが薔薇色になっている。

 もう可愛いしか出てこないわ。わたしの語彙、どこへ飛んで行った?


「ぼくのおかしゃまは、やっぱりやっぱりすごいのです。でもね、はんせいできるおとしゃまもえらいのですよ。ぼくはやっぱり、おとしゃまみたくなりたいの。えらくてかっこよくて、すてきなの」


「ジェ、ジェレミー……ああ、ジェレミー!」


「はい、おとしゃま」


 ダリル様が、ジェレミーを抱きしめて「ぐぬう、天使すぎる」と呟いた。普段はあまり関わってくれなかった父親がめっちゃスキンシップをとってくるので、ジェレミーは戸惑いながらも嬉しさを感じているらしい。


 ちょっと鼻息が荒くなっていた辺境伯様は、目をつぶって気持ちを落ち着けてから言った。

 ちゃんと、かっこよく言おうとがんばっているのがわかる。


「それでは、父はおまえの手本となるべく、しっかりと身を律して生きていこうと思う」


「はい。ぼくもおとしゃまみたく、はぎぇむの」


「うむ、共に励もう」


 ……いやもうこいつら、可愛いが過ぎるんだけど!

 

 わたしは思わず手を伸ばして、ふたりの頭をわしゃわしゃと撫で回してしまった。黒髪男子ふたりは、まるで褒められたわんこのようにものすごく満足そうな顔をした。

 成人男性にそんなことをするのは不敬? 

 いいのよいいのよ、わたしはなんてったって『悪の氷結花』よ。人を人とも思わない不敵な令嬢なんだから、これくらいのことは気にしないわ。


 って、ダリル・セイバート辺境伯ってこんなキャラだったっけ?




「どうぞ、お入りになって」


 わたしはダリル様を居間に通す。


「ドナ、あれを持ってきてちょうだい」


「はい、シャロン様!」


 おなかが空いているだろうに、ドナは元気に返事をするとわたしの荷物が置いてある衣装部屋へと向かった。ミミルカは他のメイドに指示して、食後のお茶の準備をさせている。

 仕事が細分化されていた実家のアゲート家と違って、この屋敷の使用人たちはお互いに協力し合いながら、屋敷を整えているようだ。王都にあるお屋敷と、辺境にあるこぢんまりしたお屋敷とでは規模が違うからかもしれないけれど、前世で日本の狭い家で育ったわたしには、アットホームな雰囲気が落ち着いていいと思う。


 ドナがエプロンを手に戻ってきたので、さっそく着ける。


「さあジェレミー、お遊びタイムにはあなたもこれをつけましょうね」


 汚れ防止用のエプロンをつけたわたしは、ジェレミーのために用意した、お子さまエプロンを持ってちびっ子の身体に合わせた。


「サイズは良さそうね」


 わたしのエプロンは白地にフリルが付いた可愛らしいデザインだが、ジェレミーのは飾り気のないものにして、その代わりに胸のところにデフォルメしたクマさんのアップリケが付いている。


 これからジェレミーには、絵の具を使ったり、ノリやハサミを使ったり、粘土やパン生地、クッキー種をこねたりといった体験をさせていきたいと考えている。シルクでできた高級な服の汚れを減らすために、このエプロンが活躍するはずだ。

 ちなみにクマさんの他にも、リスさんとシカさんとアヒルさんの洗い替えも用意してあるから安心よ。


「うわあ、ぼくのなの? しゅごいのね、ここにおかおがついてるの。かわいいのよ」


 天使が嬉しそうにクマさんを撫でている。ちっちゃなおててが愛おしい。


「そうね、素敵でしょう? ジェレミー、このアップリケの動物がなにか、わかるかしら?」


「……このいろは、ちゃいろ、なのね」


「そうよ。茶色い動物はどんなものがあるかしら?」


「ぼくのごほんには、ちゃいろのどうぶつはいなかったの」


 ジェレミーがしょんぼりする。


「えのついたおはなしはなかったから」


 わたしは『もしかして、ジェレミーにはまともな絵本が用意されなかったんじゃないかしら?』と思い立った。

 あのレガータ夫人がやりそうなことだ。わたしとジェレミーの間を引き裂くために、女神と黒髪の人物が出てくる本はあるらしいけれど。

 これは早急に、その他の蔵書をチェックする必要があるわね。


「この動物はね、クマというのよ。可愛いけれど力持ちさんよ。それでは、エプロンをつけたら、クマについてのお話をしてから、お絵描きをしましょう」


「おえ、かき?」


「そうよ。クマさんの絵を描くの」


 どうやらジェレミーは、お絵描きをしたことがないようだ。わたしは心の中の憤りを押し殺しながら、ジェレミーにエプロンをつけてあげた。

 おっふ、むっちゃ似合うわ。

 胸のクマさんが気に入ったようで、キラキラおめめでダリル様に向けて指さして見せている。


 ソファーにお座りさせられて……ではなく、ソファーを勧められてから、おとなしくそこに座りぼんやりとこちらを見ているダリル様に、わたしは尋ねた。


「ダリル様、セイバート領の山にはクマがいるのですか?」


「ああ。いるな。魔獣でなくとも、かなり獰猛だ」


 その視線はわたしに向けられていない。彼はジェレミーが身につけたエプロンが気になるようだ。


「うふふ、おかしゃまとおそろいね」


 喜んでくふくふ笑う天使ちゃんの可愛さを噛み締めていると、ダリル様の不満げな声がした。


「わたしの分は?」


「はい?」


「だから、わたしの分のエプロンはどうした? 食後に共に遊ぶのだから、わたしにもエプロンが必要だと思わないか?」


 は? 

 真顔でフリフリエプロンを所望するイケメンですか? 

 それは誰得要素ですか?


 思わずぽかんと口を開けてダリル様の顔を見つめてしまったが、彼は「わたしたちは家族なのだろう?」と静かに圧をかけてくる。


「仲間はずれは、子どもの教育に良くないと思うのだ」


「そ……れも、そうですわね。仲間はずれにするつもりはないのですが……」


「おかしゃまー」


 ジェレミーが、わたしのエプロンを軽く引っ張った。そして、わたしの顔を見上げてあどけない声で言った。


「あのね。ぼくの、くまのついたえぷろん、おとしゃまにかしてもいいのよ? ぼくはなくてもがまんできるの。だから、おとしゃまにつけてあげて?」


 くおおおおおおおーっ!

 口から火を吐きながらファイアーダンスを踊ってもいいですか?

 なんなの天使なのそうだわ天使だったようちのジェレミーくんは!


「聞いた? 聞きました? ダリル様、このジェレミーの優しさは国宝級いえ国宝を超える全世界大遺産だと思いませんこと? ヤバいわ、心がはち切れるわ、爆発してあたり一帯にジェレミーの尊さを撒き散らすわ!」


 こぶしを握りしめて「くうううううううーっ!」と悶えていたダリル様が言った。


「落ち着けシャロン! そうだうちの子は全世界のなによりも可愛くて尊い宝物なのだ、だが爆発して撒き散らしてはならない、シャロンがいなくなったら誰がジェレミーを育てるのだ?」


「はっ、そうでしたわ! 大丈夫よジェレミー、お母様は簡単に爆発いたしません! ただジェレミーへの熱い想いを静かに溢れさせるだけで勘弁してさしあげますわ!」

 

 興奮するわたしたちを目を細めて見ていたドナは「アホが増殖しましたね」と呟くと、啞然とするミミルカに予備のフリフリつき白エプロンを持ってきてもらった。


「はい旦那様、失礼しますよ」


 そして、手早くダリル様に装着させた。


「ほら、これで仲良し親子の出来上がりですよ。でも、親バカを発揮するのはうちの中だけにとどめておいてくださいね。これ以上アホが増殖してセイバート領が崩壊したら大変ですから」


 失礼極まりないメイドは冷たく言い放ったのだが、フリフリエプロン姿のダリル様が満足そうな顔をしているので、問題なさそうである。


 いや、本当に問題ないのかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ