第1話 平凡なわたしが銀髪のお姫様になっていた!
新しい連載をスタートします。
よろしくお願いします(*´∇`*)
わたしは幼い頃から、美しいお姫様の出てくる話が大好きだった。
豪華なドレスと輝く宝石を身につけて、華やかな生活をする幸せなお姫様。
特にあのプリンセスラインのドレスはわたしの心を鷲掴みにした。七五三の写真撮影の時にピンクのドレスを着せられ、髪をくるくるに巻いてもらったわたしは、ドレスを脱ぐ時になってこの世の終わりが来たかのように泣きわめいた。もちろん両親に酷く叱られて、しばらくの間、お姫様の出てくるアニメを観ることを禁止されてしまった。
シンデレラも白雪姫もオーロラ姫も、最初はちょっと大変な目に逢うけれど、いつか王子様が来てプロポーズをして、死ぬまで幸せに暮らすのだから問題ないと思う。
純真なわたしは、いつかわたしのところにも王子様がやってくることを信じて、優雅にプロポーズを受ける練習をしてその日に備えていた。
わたしは子どもの頃から童話を読みまくり、大学を出て学童保育で働くようになってからは、子どもたちとお姫様の出てくるアニメを見たり、本を音読したりして一緒に楽しんでいた。
本当は保育士として働きたかったのだけれど、免許を取ったものの就職先が見つからなかった。というわけで、学童保育所でバイトをしながら職探しをしていたのである。
「柚月先生、お顔が綺麗なだけで、人生で優勝できるってものじゃないんだよ」
おませな女の子が言った。
「世の中そんなに甘くないの。手に職をつけて、いざとなったら自立できるようにしておくのが大事だって、お母さんが言ってたもん」
「そ、それはそうだけどね」
正論に怯むわたしに、その子は言った。
「お金持ちの王子様を探すよりも、自分で稼げるようになった方が早いんだよ。『たりきほんがん』はダメだって、お母さんが言ってた。幸せは他人に期待しないで、自分の力で掴むものなんだってさ」
「そっかー……お母さんは、幸せそうなの?」
「うん。正社員の職が見つかったからそろそろ離婚できるって言ってたよ」
「おっふ」
お母さん、自力で幸せを掴んでください。応援してます。
楽しく働いていたわたしをある日突然襲ったのは、風に煽られて落下した大きな看板だった。
「危ない!」
そんな声が聞こえたのを最後に、わたしは意識を失い……気がついたら、深い池に沈んでいた。
「シャロン様!」
身体にまとわりつくのは、やけに重たい布の塊だ。わたしがもがくと、運良く足が池の底をとらえた。
「んんんっこらしょ!」
気合を込めて両脚を踏ん張り、わたしの顔は水面を脱出した。
空気、酸素、美味しい!
はふはふと息をするわたしを、たくさんの手が掴んで池から引きずり出した。
「シャロンお嬢様、大丈夫ですか?」
「シャロン様! シャロン様!」
「……誰?」
シャロンって、誰?
あなたたちは誰?
ってゆーか、ここはどこ?
どこなのよ!
なんでみんな、そんな髪の毛に?
茶色とか金色とか銀色とかなんなら水色やピンクまであるし、おかしなことになってるのはなぜ!? なにかのお祭りなの?
あと、目の色!
日本では、コンタクトレンズを入れない限り、青とか緑とかオレンジとか赤にはならないですよね!
「……うわっ、頭、いったーっ!」
大きな『お屋敷』が見える広い『庭園』で、パニックになっていたわたしを突然の頭痛が襲った。
ガンガンするなんていうレベルじゃない。頭蓋骨が割れそうな痛みに、わたしは両手で頭を抱えてうめいた。
地面にぽたりと血が落ちるのが見えた。
もしかして、鼻血が出てるの?
「シャロンさまああああーっ!」
赤い頭の若い女性が、頭に突き刺さるような悲鳴をあげた。
「早く、お医者様をここに!」
「やめてよ、静かにして、頭に響くっつーの……」
酷いめまいに襲われたわたしは、頭を抱えるようにしてその場にうずくまり、また意識を失ってしまったのだった。
「ん……ドレスは水の中では凶器……」
変な夢を見ていたようで、そんなことを呟きながらわたしは目を開けて「どうなっているの?」と記憶をたどる。
視界に入ったのは、ベッドについている天蓋だ。
天蓋とは童話のお姫様のベッドによくある、四隅に立った支柱にカーテンみたいなフリフリの布がぶら下がっている、あれだ。もちろん、わたしの憧れグッズトップテンにランクインしている。
落ち着いたくすみピンクのフリルたっぷりの布と、白いレースを組み合わせた豪華な天蓋は、わたしの中のプリンセス心をくすぐる素晴らしい品である。
けれど。
わたしの部屋には絶対にないものだ。
なぜなら、わたしは畳に敷布団で寝ているのだから!
実家は和風の古い一戸建てなのよ。
現在わたしが寝かされているのは、高級なホテルに置かれているようなふかふかのベッドだ。マットレスがへたったわたしの敷布団セットとは違って、優しく身体を受け止めて穏やかな眠りに導いてくれそう。
起き上がって周りを見る。この部屋は、ヨーロッパ風の寝室だ。ロココ調とかバロック調とかよくわからないけれど、物語のお姫様が寝るのにふさわしい雰囲気の、家具などの調度品もファブリックも手の込んだデザインの豪奢な部屋である。
で、わたしが着ているのは……艶々した生地のネグリジェ。優美なレースやフリルがついた、多分、おそらく、シルクのネグリジェ。
そこにわたしの長い髪がサラリと落ちて……銀色に輝き、光を反射する美しい長いストレートヘアが……。
「いや、おかしいよね?」
わたしは肩より少し長いくらいの黒いくせっ毛を、邪魔にならないようにいつも後ろで縛っている。
これは、かつらをかぶせられたのだろうか?
「……生えてる。わたしの頭皮から生えてるわ」
かつらじゃなかったよ!
「え、なんで、どういうことなの?」
両手にロングヘアを巻き付けてツンツンしていると、扉が開き、さっき絶叫してわたしの頭にガンガン響かせてくれた若い女性が入ってきた。
「お嬢様! お目覚めでございますか! よかったですーっ!」
赤い髪をふたつのおさげにしている彼女は、ベッドに座るわたしに飛びついた。
「お顔が真っ青になってお鼻から血を出すなんて、お嬢様になにが起きたのですか! ドナは生きた心地がしませんでしたよ! せっかく手に入れた就職先がふいになってしまうのかと心配しました!」
「ええと……ごめんなさい、ね?」
それは、わたしと就職先とどちらを心配したのかな?
けれどわたしは、今求められている役をこなそうと思う。涙で潤むまんまるな青い瞳に、お姫様らしく「心配かけてしまったわね」と微笑みかけた。
「ぎゃあああーっ、お嬢様が優しい! やっぱり頭が病気なんだ! えらいことになったわ!」
「なんて失礼な子なの! 病気じゃないわよ!」
わたしの手が枕をつかみ、流れるような仕草でおさげ娘を張り倒す。これは、身体に染みついた動き?
「ああああーっ、よかった、お嬢様は全快されてますうっ!」
床に倒れて喜ぶおさげ娘を複雑な気持ちで見ながら、わたしは『こんな風に自然に暴力を振るってしまうなんて、わたしは誰になってしまったの?』と不安に震えるのであった。