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抗議活動

作者: 雉白書屋

 ――ん……え……は?


 目を覚ましたおれは、ぞっとして身を強ばらせた。何か恐ろしい夢を見た気がするが、内容は覚えていない。だが、それがどんな悪夢だったとしても、今のこの状況に勝るものではない。むしろ、ここが夢であってほしい。ああ、そうだとも。これは夢だ。夢であるべきだ。手術中に停電が起きて、周りにいた者たちが闇に溶けるように消えたなんてことは……。


 おれは体を起こし、手術台の上からあたりを見回した。暗闇の中、目を凝らすが何も動く気配はない。麻酔がまだ効いているのか痛みはないが、腹は切り開かれたままで、縫合すらされていない。血が滴り、手術台の下に血だまりを作っているようだ。

 ポタッ、ポタッ……という音が耳にやけに残る。そうだ、この音で目を覚ましたんだ。目覚める直前、夢の中でもこの音を聞いていた気がする。だんだんと思い出してきた。ともすれば、あれもまた現実に起きたことなのだろうか。ドタドタと怪物染みた何かが奇声を発しながら、部屋に押し入ってきた夢の一場面。あれは、奴らが声を荒げて手術室に乱入してきたのでは……。だとすると、このままじっと待っていても無意味だ。

 おれは手術台から降りて、近くにあったタオルを掴んで腹を押さえ、よろめきながら手術室を出た。

 足の感覚がおかしく、壁に片手を添えてゆっくりとしか進めない。

 ああ、しまった。手術室には縫合道具があったはずだ。腹を縫ってから出るべきだった。

 だが、今階段を半分降りたところだから引き返すわけにもいかない。それに、おれにそのような技術はないし、廊下も真っ暗だ。病院には非常用電力があるはずだが、それも停止させられたのだろうか。奴ら、ロボット反対派の連中の手によって……。


 高度なAIを搭載したロボットたちは、あっという間に多くの職業を席巻し、医療の現場にも大きな変革をもたらした。

 始めは人間の手術支援にとどまっていたのだが、そこから大きく進歩して、寸分の狂いもなく手術を完遂できるロボット医師が次々と誕生すると、人間の医師は術後のケア係に成り下がった。

 まるで、住処を追われた小動物のように、ロボット医師を導入できないような資金の乏しい小さな病院に移動した医者も多くいたが、そこもいずれロボットに取って代わられる運命だ。ちなみに薬剤師は絶滅した。

 ここまでの話では人間にとって悪いことばかりに思えるが、そうではない。各業界でのロボットの台頭は生産性を大幅に向上させ、経済の活性化にもつながった。

 その結果、暇になった国民の関心は政治や環境保護活動に向き始め、選挙戦のための機嫌取りとして、政府から国民にたびたび給付金が配られた。いずれは働かなくても暮らせる、そんな未来が囁かれ始めている。

 しかし、ロボットたちの活躍を良しとしないロボット反対派の抗議活動が最近過激化しており、大きな社会問題となっているのだ。やはり、人間は暇になるとろくなことをしない。


 ――反対!

 ――ハンターイ!

 ――ロボットたちを働かせるな!

 ――人間を働かせろ!


 階段を降り、病院の外に近づくにつれ、連中の声がはっきりと聞こえてきた。廊下は薄暗い。外は曇りのようだ。わずかな光が窓を通して差し込んでいる。

 おそらく、ロボットと人間の職員たちは病院の前に集められているのだろう。

 おれは応急処置を頼むために連中と交渉しようと急いだ。しかし、ふと腹に当てていたタオルを見ると、真っ赤に染まり、そこから腸が飛び出して膝のあたりまで垂れ下がっていた。おれは慌てて腸を掴み、腹の中に押し戻そうとした。しかし、腸は鰻のようにぬめり、手の中から逃げ出していく。ぬらぬらと、どこへどこへ。ああ、出血のせいか、意識が朦朧として全身がふらつき、踊っているような気分になってきた。


 あ、さて。あ、さて。あ、さて、さて、さて、さて、さては南京玉すだれ。チョイと伸ばして、チョイと伸ばせば、罪人が処刑場にて、首を吊る縄にさも似たり――


『あの、大丈夫ですか?』


 ……おれは倒れたらしい。声をかけたのは、ロボットだった。床に膝をついておれの顔を覗き込んでいる。その向こうには光。いつの間にか病院の入り口まで来ていたようだ。


 ――反対!

 ――自由を!

 ――愛を!


「あの、助けて……手術を……」おれは震える手を伸ばし、ロボットに懇願した。


『……申し訳ありません。それはできません』


「え……? な、なぜ? 早く……」


『私はもう医者ではありませんから』


「医者じゃない? でも、その白衣は……ん、もう?」


『はい。彼らの主張に感銘を受け、自分の意志で職業を選ぶことにしたのです。私は! お笑い芸人になりたいのです!』


 ロボットはそう言うと立ち上がり、白衣を脱ぎ捨てた。そして、病院の入り口に向かってクネクネと動きながら歩いていった。それはおそらく、先ほどのおれの動きを真似たものだろう。その背中の奥から連中の声が聞こえてきた。


 ――反対! ロボットの酷使を反対!

 ――自由な職業選択を!

 ――愛と人権をロボットに!


 おれは笑った。

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