82話『猶予』3
――あんたは、気を付けな。
リーバンの背をさすりながら、カトリーナはその大きな目を閉じた。
最後にグーファルトが残した言葉を、頭の中で復唱する。
彼に言われずとも彼女にだって、今の状況が危険だということは理解していた。
「『八の王』よ」
熟考の最中。後ろから声が駆けられる。
振り向けば、『六の王』。その『協力者』である、セバスチャンが佇んでいた。
視線を彼の後ろに送れば。ドトールの側で今まで気を失っていた、エリザベートが目を覚ましているのが見える。
「これからどうなさるおつもりでしょうか?」
セバスチャンが問う。
カトリーナ自身は不本意だが、彼女は今、実質的な同盟のリーダーである。
気づけば、『六の王』。足元にいる『三の王』――。
否、他の『10の王』達が皆、カトリーナを見つめている。
次に何をすべきか、彼女の答えを待っているかのようだ。
カトリーナは、ゆっくりと立ち上がる。
答えは、すでに得ている。
「――この地域で、まだ人が住んでいる村に行きます」
その答えは、きっとほとんどのモノには理解しがたいものだったろう。
現に、エリザベートがふらふらした足取りで立ち上がり、異議を申し立てる。
「だめですわ!そんなの絶対にダメですわ!!」
「――エリザベート!」
「私たちは『猟犬』を殺すべく手を組んだのよ!!なぜ、そこに関係もしないモノが出てくるの!!」
ヒステリックに、頭を掻きむしりながら。
ドトールが治めようとしてくれるが、止まりそうもない。
カトリーナは冷静なままに、続けた。
「心配せずとも、『猟犬』ならあちらから勝手にやってきますよ。エリザベート様」
凛とした桃色の目が、瑠璃色の瞳を捉える。
「はぁ!?何を根拠に――!!」
「あちらの狙いが妾だからですわ」
さらに食い掛ろうとする、彼女の言葉を防ぐように言い放つ。
ここでようやく初めてエリザベートは押し黙った。だが、その瞳はまだ理解できないというようだ。
これに答えを出したのは、以外というべきか。今まで、近くの木に背を預けていたレベッカであった。
「まぁ、宣戦布告をうけていたもんねぇ」
にたりと、しかし核心を突く一言を。
周りが静まり返る。
それはカトリーナも同じ。
おびえているのではない。沈黙を肯定としたのだ。
カトリーナは、エリザベートを再び見る。
「一時間もすれば、彼はこの首を狙いにやってきますよ。王妃様」
「だったら――。だったら」
カトリーナの挑発に、エリザベートは完全に言葉を失った。
だが、代わりに次に疑問を投げかけるものがいた。
「それなら、ここで対戦の準備をした方が良いのではないのか!」
動きづらそうにドレスを掴み上げ、化粧が落ち年相応な姿となった、エリザベートがこちらに近づきながら言った。
その側には大きくうなずくジェラルドの姿もある。
しかし、その言葉には合理性がある。確かに、いずれ『猟犬』が襲ってくるのであれば、何も村民のもとに行くことなどない。ここで迎え撃つ準備をすればいいのだ。
カトリーナは冷静な目で、リーバンを見た。
『四の王』の言葉は確かに正しいが、それだと彼に問題が生じるのだ。
「――?」
不思議そうな黄緑色の瞳。
彼は何も気が付いていないのか。
それとも――気が付いていて動かないのか。
「――なりせんわ。先ほど、あの【化け物】がおしゃっていたでしょう?」
何も気が付いていない様子のリーバンに変わり、カトリーナが示す。
「これより一時間ののち、西口を開放する。故郷を捨て“皇帝陛下”に従うのなら、救いを与える――と」
「それは、確かに言っていましたが。僕には理解できません」
リーバンが申し訳なさそうに俯く。
この男は、故郷の危機だというのに。
顎をしゃくり、何かを思い出しように、忌々しげにジェラルドが言う。
「そういえば、言っておったな。――誰一人として逃がさない。逃げれば死とする――と」
「――???」
ここまで鈍いとは。この愚鈍そうな『五の王』ですら、おそらく感づいたいうのに。
後ろにいたレベッカが、くすくす笑う。
「――落ちてくるときに見たよぉ。ここの村をぐるりって囲む塀に、さ。あれじゃ誰も逃げられないねぇ!」
まるでいじめっ子のように。
この言葉にジェラルドや、マリアンヌが「ああ」と声を漏らした。
唯一分かっていないのは、おそらくリーバンだけであろう。
「そ、うです、僕たちを逃がさないためですかね?途中退場は、その。死以外は認めないとか?」
現にというべきか、リーバンは首をかしげる。
くすくすと笑っていたレベッカがため息をつく。
金色の瞳が、リーバンを憐れむ様に見つめて、息をつく。
「馬鹿かなぁ?――あのねぇ。ここに住んでいる村人はどうなっているのかってことだよ」
彼女の瞳が、狂気じみて、ひどく楽しそうに三日月の形を取った。
再び、くすくすと小馬鹿にした笑い。
ようやくとその事実に気が付いた黄緑の目は、困惑と、恐怖が混じる色合いが浮かび上がる。
「――え?」
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