70話『ゲーム開始』1
『城下町』――。
その端『貧民エリア』から抜けた、更に南東に数百キロ。酷く寂れた小さな村がある。
大きさ的には面積0.4程。半日もあれば、端から端に徒歩で行き付けるほどの大きさだ。
人口は約500人。男女比率は男が6で女が4。年寄りが多く子供が少ない田舎の村。
そんな村の人々に活気はなく、家々は寂れ、露天の一つや出てやしない。
何で栄えているかと言われれば、何もない。
何か特産物でもあるのかと問われれば、何もない。
あるとすれば何もない――という事。
実に寂れた村がそこにあった。
そんな村の西の端の端。大きな屋敷が一つ存在する。
石で造られた屋根と壁には蔦が覆い茂り、屋敷の全てを覆いつくさんばかりに絡みつく。
屋敷の前には小さくも大きな庭。枯れ木で覆われた中心には小さなもう水も出ない噴水が一つ。
見た瞬間に人など住んで居ないと分かるほどのこれまた寂れたお屋敷。
乾いた風が音を立て、屋敷の庭を駆けた。
泥で汚れ所々欠けた石の道に、音を立てて黒い脚が地を踏む。
寒々とした屋敷を黒い瞳が見上げる。
羽織るのは、フードのついたブラウンのコート。そのフードを深々と被り込んで溜息を一つ。
中から広がる、何とも言えない雰囲気をひしひしと感じながら少年……。アドニスは、寂れた屋敷の扉へと足を向けた。
『少年』
扉の前。ドアノブに手を掛けた時に、何処からともなく声が響く。
それが誰であるかは言わずもがな。
眉を顰めて、アドニスは声を潜めて漏らす。
「静かにしていろ。今回の作戦は話したはずだろ」
『それは勿論知っているとも』
くつくつ。シーアが笑う。
きっと何処かでニタリと笑っているに違いない。
アドニスは扉を見る。
二の王――。
そう呼ばれた男を殺して三週間。
アドニスは『ゲーム』の参加者として此処に立っている。
『ゲーム本戦』となるこの寂れた場所に。
皇帝から直々に名が下ったのは一週間ほど前の事。
いつも通りお呼びがかかり、出向いたところ、この件が伝えられた。
『城下町』から数百キロ離れたこの土地。今は使われていない村唯一の屋敷に招集しろ。
『参加者』が全て集まったところで『ゲーム』を開始とする――と。
だからこそアドニスは、今ここにやって来たのだ。
ただ一つ。アドニスとしてではなく『二の王』として。
『安心したまえ。今の私の声は君にしか聞こえていない。だから頷く程度で聞いてくれ』
――『二の王』に成りすます。シーアは合図を出すまで姿を出すな。
それがアドニスの作戦だと言うのに。シーアは当たり前の様に問いかけて来た。
相変わらず、常人では理解できない力を使い、頭に直接。
僅かに眼を細めて、アドニスは空を見る。
それが肯定だと、シーアも悟ったのか、彼女の声が再び響く。
『君が何故『二の王』のフリをして、この戦いに参加しようとしているかなんて、私は知ったこっちゃないさ。ま、どうせその方が面白いから、とかだろう?この3週間で君がしたことも、私からすれば理解する気も無いから。だからその件は好きにすると良い』
「…………」
『でもね。一つ忠告だ。この中にいる人物達。残りの王様。』
――なぜ、脱落した『二の王』のフリをするか?
実際に深い理由はない。単なるアドニスなりの遊びで過ぎない。
――三人。本職で楽しんだ。
なら残りは、暗殺者として忍び込むより『参加者』として加わる方が面白い。
だが、残りの『王』は既にアドニスの事を感知していてもおかしくない。
三人も殺したし、『世界』は死んだ王を大々的に報じたのだから。
きっと『王』は、アドニスの事など『参加者』とは見ていない。
そればかりか、邪魔者だとしか思っていないだろう。
だとすれば、何らかの対策が必要である。――そう考えたまでだ。
『二の王』に成りすまして三週間。
「武器商人 オーガニスト」として、他の『王』と交渉を図ると言う行動を行った。
何人かの『王』と取引をして、『組織』の武器を流し、戦いに供えさせた。
これこそが、アドニスが『二の王』と言う証を、でっちあげるため方法だ。
勿論、この件に関しての皇帝の赦しは取っている。
だからこそ『二の王』の詳細は巧妙に隠された。彼の死も、彼を継ぐ少年の事も。
今此処に立っているのは、ギルバード・オーガニストと言う祖父の遺志を継いだ、武器商人の少年でしかない。
――ゲームをより面白くするために。
「弱い駒」を出来るだけ強くして『ゲーム』を長引かせるための作戦。
いつも通り、全ては皇帝陛下の為。『ゲーム』の為である。
この件はシーアに言っていない。
彼女からすれば、『二の王』のフリをして、他の『王』に武器を売り流す愚行に見えたかもしれない。
これは、彼女には必要ない情報だと思っての事だったが。今からでも伝え忠告すべきか?
いや、伝えたところで彼女は何も変わらないだろう。
成りすましに関しても、武器に関しても、きっと「へぇ」で終わる。
何せ彼女には、そんな工作なんかで、遅れを取ることもないのだから。
だが、「忠告」とは?
重たい殺気が辺りに充満する中。
アドニスは無言を貫いて、シーアの続きの言葉を待つ。
沈黙を承諾と彼女も取ったのだろう。シーアは言葉を続けた。
『君が殺した『王』は三人だったよね?10人中3人減って、今は7人――』
「……」
『まぁ、君を含めるから。今ここにいるべきなのは、合計8人いる訳だ』
――?
頭に疑問が浮かぶ。
そうだ。ソレが何の問題があるのだろうか。
殺気と言う殺気がそこら中に纏うからこそ、アドニスはシーアの疑問に気が付けない。
何故なら彼は、人の敵意を感じ取ることができても。
見えもしない屋敷の中に、何人いるかなんて分かりもしないのだから。
シーアは何処かでニタリと笑った。
『――屋敷の中には少なくとも10の人間はいるよ』
アドニスの瞳が大きく開かれる。
聞き違いか、彼女の冗談かとすら思った。
だが、コイツはこんな冗談を言う女ではない。
シーアはそんな無駄を言う女じゃない。
もし言うとしたら、もう少し仄めかす。
こんなに率直に、冗談なんて言わない。
「……陛下がルールを変えたか」
少しの間。1つの答えが浮かぶ。
簡単だ。
皇帝がルールを変えた。
アドニスに、シーアと言う規格外を認め。
今回の『二の王』も全て認めた。
あの方は、不平等に見えて平等な王だ。
アドニスだけに、そんな有利を与えるとは思えない。
だからこそ、他の『参加者』にも増援を許可したとしたら?
増援と言うより『協力者』と言う方が正しいか。
間違っても、新しい『王』を増加するとは考えられないから。
なんにせよ。アドニスにはあまり関係ない。
何人増えようと、変わらない。
殺すだけ、それだけに過ぎないのだから。
「分かった……。覚えておこう」
小さく呟いて。
今度こそドアノブに手を伸ばす。
ぎぃ……と、見た目通りの軋んだ音。
埃臭く、殺気の籠った屋敷を前に。
アドニスは、僅かに口元を三日月の形に歪める。




