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悔しくて

作者:

 私の彼は不愛想だ。

 眉が太くて、目つきが悪くて、強面で、道を歩けば猫はシャーと毛を逆立て、犬はキャンキャンと威嚇する。

 しかも、背が高くて、筋肉質で、肌は色黒で、運動系のサークルに勧誘されそうになることが多いが、たいていは振り返った時点で相手が逃げる。


 結果、ついたあだ名が『石像』。


 何があっても動じないし、堂々としているし、感情がないのでは、と裏で囁かれるほど。


 でも、実際はそんなことなくて。


「どうしたの? 合鍵は?」


 私のドアの隣で大きな体を小さく丸め、ちょこんと体操座りをしている彼。


「……忘れた」


 今にも消えそうな声。不安に揺れる目。強面なのに捨てられた犬のような顔で見上げてくる。もう、すべてがズルい。


「もう。春先でも、まだ寒いでしょ? 連絡くれれば早く帰ったのに」


 そう言いながら彼の頬に手を伸ばす。

 太陽の香りがする浅黒い肌はひんやりとしていて、長い時間ここで待っていたことを教えてくれる。


 そのまま立ち上がりそうにない彼に、私は笑顔で買い物袋を見せた。


「一緒にホットココア、飲もう?」


 こう見えて、実は甘党の彼。中でも私が作るホットココアが一番好き。


「あぁ」


 それを証明するように、彼が表情を崩してふにゃりと笑う。

 その柔らかな笑みが、普段とのギャップが、私の心の弱いところをくすぐって、思わず耳が熱くなる。


「ほら、早く入ろう」


 私ばっかり彼のことを好きみたいで、ちょっと悔しくて。

 逃げるように背中をむけて、鍵を開ける。そのままドアを開けようとして、背後からすっぽりと大きな体に包み込まれた。

 春先で少し薄手になった服。その服越しに伝わる体温と、厚い胸板の感触。


 そのことに気を取られた、その一瞬。


 筋張った手が私の小さな手を覆い隠し、ドアノブを動かした。


 絡み合うように玄関に入り、そのまま押されるように背中でドアを閉める。


「どうし……」


 顔をあげると、すぐ横を太い腕が抜け、視界は浅黒い肌に染まり……


 耳に触れる、冷たくも柔らかな感触。鼓膜に触れる吐息。


「ぴゃっ!?」


 思わず出た声に、小さな含み笑いが落ちる。


「……ごちそうさま」


 彼が私から離れて靴を脱ぐ。


「ど、どういうこと!?」


 意味が分からない私は、広い背中をぽすぽすと叩いた。


〜※〜


 実は、鍵を忘れたわけではない。

 そう言えば君が困ったような、呆れたような笑顔を見せてくれるから。


 実は、ホットココアはそこまで好きではない。

 君が美味しそうに飲むから、一緒に飲みたくなっただけ。


 両手の中にすっぽりと収まる小さな君。


 そんな君に、どんどん染まっていく。


 でも、君は平然としていて。


 自分ばっかり君のことを好きみたいで。


 それが、少し悔しくて。


 ちょっとしたイタズラをしてみたら、背中をぽすぽすと叩かれた。


 この痛みさえ甘く愛おしく感じるのは、きっと重症だろう。


「もう、こっちむいてよ!」


 小さな手に引っ張られて顔を動かすと……


 チュ。


 軽いリップ音と柔らかな感触。


「キスするなら、こっちでしょ」


 ふんッ! と威張った様子でこちらを見上げる顔。


 その可愛らしさに片手で顔を覆う。きっと耳は赤くなっているだろう。


「降参だ」


 漏れた言葉に満足そうな君の声がした。



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