002
「永遠さん。・・・永遠さん、もう七時ですよ。」
「あぁ?しらねぇ。」
今日も、僕は永遠さんを起こすために部活をサボって帰ってきたというのに。
僕と、永遠さんは家族でもなければ師弟関係でもない。
一週間前の水曜に僕はこの人に拾われたのだ。
その日は朝から薄暗く、朝食のテーブルにはフォークが鈍く光っていた。母のエプロンはいつも通りシミもしわもない画用紙で、父の広げた新聞紙はどことなく色あせたスケッチブックを思わせた。庭のトマトは雲を映し出し、利口なプードルは僕を見下げるように片目でみつめる。相変わらずの静かな家を、僕は一言も発さないままに出てきていた。
「渉君。おはよう。」
「あや。おはよう。」
幼馴染のあやとの事務的な挨拶もそこそこに僕は駅へ急いだ。モーニングレッスンでの英単語のテストに備え、iPodからは冷淡な発音だけが流れてくる。6:32というLEDの腕時計に満足しつつ、学園の先生方に挨拶を欠かせない。一般生徒とは隔離されたプレハブのような校舎で、若干20名の真面目君中の1人として出席点呼を受けた。チャイムは遠くから聞こえ、カリキュラムの違う授業を得意気に聞き流し、配られたペナルティをこなしてゆく。この男子高の名前のCMと親の自慢話のネタ作りだと傍らでは知りながら、追い風を受け続けている僕らには、自らの人生の流れさえ変える事は不可能に思えたのであった。
LEDの21:46という表示を見つけ、タイムカードを押すかのごとく、教室のキーを所定の位置に管理させるのであった。駅からの帰り道、あやと偶然を装った必然で僕等は無口な2人で家まで歩く。