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翌日、いつものようにクラスに入る。すると、またいつものように豪樹が既に前の席に座っていた。
「おはよう」僕がそう言うと豪樹は振り返った。
「おはよう」昨日とは打って変わって普通の挨拶を返してきた。
「なんだ、今日はありきたりな返答じゃん」
「別に今日は大したネタが無かったからな。というか、なんか心なしか機嫌よくないか?まさか昨日音坂さんと一緒に帰宅でもしたか?」
「……」鋭いな。僕は無言を貫いた。
「『答えは沈黙』ってやつか。まあしかし音坂さん、全くリュウと接点を感じてなかったが、世の中わからないもんだな」豪樹は感慨深そうに言う。
「まあ接点なんて、どこであるかなんてわからないもんだよ」僕は思ったことを素直に言う。
「まさかリュウにそんなことを言われるとは思わなかったな」ヤレヤレ、と言わんばかりにに眉をひそめる。うぜぇ……。
「別にいいだろ」僕はあからさまに不機嫌な顔を見せる。
「ごめんって。ま、でもリュウって女性から嫌われる要素なんてないしな。音坂さんがふとそんなリュウに接点を感じたんだろうさ。ま、いいことじゃないか」そう言うと豪樹はニコリと笑う。なんか恥ずかしいな。
「まあ、そういうことにしといていいけどさ……。あ、それより、申し訳ないんだけどクラスライン、招待してくれないか?」
「へ、今更かよ。ぶっちゃけ嫌だから入ってないだけかと思ってた」
「いや、全然先生の話聞いてなかったんだよ。昨日音坂さんからクラスラインの話聞いて、最初は自分皆からハブられてると思ってガックリしてたんだから」
「そうなのか。お前、いつもは真面目なのになんか肝心なとこ抜けてたりするからなあ。いいよ。いま招待するわ」そう言うと豪樹はスマホを取り出して、慣れた手つきで操作した。間もなく、クラスラインの招待が届いたので、僕は参加するのボタンを押した。
参加人数は41人となっていた。クラスは40人であとはプラスで担任が加入しているので、僕が入ったことで全員揃ったということだ。担任も一言くらいかけてくれれば良いのに……。
そんなことをしていると教室の扉が開いて、長髪をなびかせる子が入ってきた。青野隙華だ。
「青野さん。いつ見てもかわいいなあ」豪樹は小声で呟いた。
「いつも言うな、それ」僕が茶化すように言うと豪樹は真面目なトーンで言う。
「なんかほら、ホラーゲームに出てくるナイスバディな主人公な感じがしないか?あの脚でホラーゲームのゾンビのように蹴り飛ばされたらたまらん気がする」
「その気持ちは心のなかに閉じ込めておけ」僕は豪樹の肩に手をおいた。
それから間もなくして音坂さんが教室に入ってきた。
「おっはよー!」またいつものように脳天気な挨拶を教室に轟かせる。まだあのグループのメンバーは来てないからか、軽く僕に手を振ってきた。僕も小さく手を上げた。
「リュウ、そう言えば昨日音坂さんに教室ではあんまり構わないでくれっていうこと伝えられたのか?」豪樹が訊ねてきた。
「いや、音坂さんも音坂さんで立場ってのがあるからさ。それは音坂さん自身が自重したらしい」
「あ、そうだったんだ。しかしまあ、どちらにしろ面倒くさいな」豪樹は上の空なように言う。
「まあ、仕方ないよ」そう言うと僕も小さく息を吐いた。やはり僕は、もっと音坂さんと仲良くなりたいんだ。クラスでも仲良く、一緒に喋れるくらいに。
♢♢♢
「は?マジかよ、流石にお前ふざけんなよ」昼休み、クラスに響き渡る大声がした。遅刻男二人組……、もとい音坂さんと仲良くしているグループの男の1人、及川大翔の声だった。僕は思わずそちらの方を見る。
「いや、ゴメンっていってんじゃん。いや、でもよ、サッカーと女の子だったら普通女の子選ぶくね?」そう反論するのは遅刻男二人組のもう片方、田中光介だ。
「そういうこと言ってるんじゃない。だって俺が先に一緒にサッカー見に行こうぜって約束したんだろ。そしたらお前、オッケーって言ったじゃんか。チケットも俺が買っとくってことになったよな?それなのにあとから女から誘われたからってダブルブッキングした挙げ句、女のほう行くのはまあ良いとしてだ……。こっちはもうチケット買ってんだぞ。リセールは出せるかもしれないけど、全部戻って来るわけじゃないんだ。お前はチケット代後で払うって言ってたんだから、リセールして出た残りはお前出せよ」
「なんだよ、ちっこいな」田中はそう言うと薄笑いを浮かべる。
「てめえ」及川は流石に堪忍袋が切れたのか、田中へ掴みかかろうとする。
「君たち、そこまで」すると突然、間に音坂さんが登場した。「いまのは、誰がどう見ても光介が悪いね。大翔が善意でチケットを先払いで買ってくれたのに、それを払いたくないだなんて。そんなケチが女子とデートしてもうまくいくわけ無いでしょ」
「うっ」田中は音坂さんに言葉のナイフで突き刺される。
「あと大翔も。カッとなって殴りでもしたらもうおあいこだよ。グッと堪えないとね」
「まあ、それはそうだが」そう言うと及川は自分の頬を指で掻く。
「まあ、そういうことだから。光介はリセールのあとに発生した損失はしっかりと払うこと。良いね?」
「く、分かったよ。デート代も消えてしまうぞ……」田中は明らかに慌てていた。
「あ、でも待てよ」すると及川はなにか思いついたのか、手を叩いた。「お前意外の奴を誘えば良いんだな」
「誰かあてがあんのかよ。もうここらのメンツも予定は入れてるぞ」田中はやさぐれたように言う。
「うん、まああいつにも予定が入ってる可能性はあるけどな……」そう言うと及川はなにか覚悟を決めたような顔をすると、突然僕の方面へと歩いてきた。誰のとこに行くんだろうな。ぼんやりとその足取りを見ていたら、その足は突然、僕の目の前で止まった。
「高崎、次の日曜空いてるか?」及川は僕の名を呼んだ。
「え?高崎って、ボク?」あまりにも予想外な出来事にややカタコトっぽい言い方で返答する。
「いや、このクラス、高崎ってお前しかいないだろ」及川は少し呆れたように言う。「だって高崎、ついさっきラインのアカウント見たけどよ、アイコン、ドーレくんにしてたし。っていうことはコンサ(コンサドーレの略称)ファンってことだろ?」
「うん。まあその通りだけど」少し緊張しつつ返答する。
「ならよ、今週日曜日。なにがあるのかはわかるよな」
「それは、厚別での川崎戦だ」僕は若干熱を込めて言う。すると及川は満足げに笑った。
「そうそう。それをすんなりと言えるってことは、確かにコンサドーレのファンだ」
「それはありがとう。うん、日曜日は別に用事は無いけれど、誘うのは僕で良いの?」
「あのな。別に嫌いなやつはわざわざ誘わねえから
な。そこは安心しろ。チケットのQRは後でラインで送っとくから。集合場所とかもまあ別途ラインで伝えるわ」
「分かった。ありがとう。でチケット代は何円だった?」
そう言うと及川は手を横に振った。
「要らん要らん!ドタキャンの穴埋めに来てもらうのに金巻き上げるわけにいくか!まあ強いて言うなら飲み物でも奢ってくれればいいよ」
「あ、ありがとう」そう言うと及川は颯爽と自分のテリトリーの方へ戻っていった。
うん。マジで予想外だった……。僕は小さく息を吐いた。