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「あー。そういうことね」音坂さんは少し照れたように笑う。ちょっと待ってくれ。その仕草はちょっと可愛すぎる。僕は視線を落とす。
「なんでリュウくんって私が呼ぶか……。それは単純に龍一くんの友達が『リュウ』と呼んでたからにほかならないよ。単純に私はいつか龍一くんとこんなふうにゆっくりと喋ってみたいなあって思ってたからさ。それなら実際機会があったら『リュウくん』って呼ぼうって。ずっと決めてた」
「ずっと……」僕が呟く。
「あー。そんなに喋りたいならとっととラインでも訊いてアポ取れば良かったじゃんって思う?でもね、私、君が思っているより異性への耐性は無いから」
「……結構ベタベタしてきたような気がするけど」
「いや、あの時の本屋で君を茶化してからの連行は、君がエロい雑誌を落としてくれたから決行することができた荒業だけどねえ。あ、コイツ、私と同じじゃん。いじってやろ!って感じで。いやー、ホント思い返すと面白い」
「うん……」なにも返答できん。
「いや、実際喋ってみるとホントにリュウくんは私に近いところがあってさ、なんか異性なのに怖くないなって。なんならかわいいと思ったわけでですね」
「かわいいのか?」言ってることがあんまりわからずに頭を抱える。本来、童貞がエロい雑誌を本屋で買っていたらキモいはずなんだがな。まあ、音坂さんも自称ムッツリらしいから、どうも思わなかったんだろうか。
「うん。あそこまで私にオドオドしてるんだもん。これだったら私よりもリュウくんの方がキョドってるよなって。ある種の安心感」
「それをかわいいというのか……」
僕がそう言うと音坂さんはふっと顔を僕に近づける。そして僕の耳元で艷やかに囁いた。
「うん。かわいいよ」
「ヒィ!」僕は思わず声を上げて仰け反った。耳にフワリと音坂さんの息がかかった。
「ってこんな感じでエロ漫画とかならおっぱじめるよね」
音坂さんが平然に言うので僕は音坂さんの靴を軽く蹴った。
「あー、リュウくん蹴った!暴力反対」
「ファストフード店でおっぱじめるとか言うほうがヤバいんだよ!もー、心が持たない」僕は手で頭を抱えた。
「ごめんって」音坂さんは僕の頭を手でポンポンと叩いた。
「うーん。まああの本屋で僕にあんなふうに話しかけた理由はわかった。けど、なんで音坂さんは僕と喋りたいって思ったわけ?」
「あー、その理由かあ……。まず第一に、なんか私に似てるなあっていう感覚があったから」
「うん。まあ確かに実際新札幌を歩いていたら、僕も音坂さんとは似てるところがあるなって感じはしたかも」
「でしょでしょ!それと、もう一つの理由としては……」そう言うと、音坂さんは右手の指を二本立てた。
「二……」
音坂さんは一度右手をしまう。
「リュウくんってさ。物凄く陸上が好きだよね」さっきまでの話題とは打って変わって、物凄く真剣なトーンで言う。
「うん。嫌いじゃないから、頑張って練習をしてる」
「うん。私もさ、自分で言うのもなんだけど、物凄くバレーを頑張っていると思うんだよ。それこそ、練習量だけならバレー部で一番だと思っている。だけど」そう言ってもう一度、右手の指を二本立てた。
「そうか……。音坂さんも、一番にはなれないのか」僕は音坂さんが言いたいことを把握した。僕らには、人よりも頑張っているのに届かない、大きな壁があるんだって君は言いたいんだ。僕にとってのその壁は河越飛河だ。
「うん。頑張っても頑張っても、二番目という位置から逃れられない。一番には追いつけない。悔しいって。恐らくリュウくんも同じなんじゃないの?」
「まあ、悔しい思いはしてる」
「だよね。私さ、リュウくんがグラウンドに誰よりも先に行って練習を始めてるの、いつも見てたからさ。いつの日か、リュウくんに一番を取ってほしいなって思うようになったんだよね。そうだなあ、言うならば私はリュウくんの……、龍一くんのファンなんだよ」
そう言うと音坂さんは今までにないくらい、真剣な顔で僕を見つめる。僕は、今の音坂さんのセリフは本音なんだなとすぐに理解できた。悔しいっていう思いを抱いてるというだけで、その人は既に頑張っているという証拠なんだ。勿論、口だけという可能性は否定できない。だが、僕もうっすらだけど、音坂さんの頑張っているという側面を知っている。きっとその悔しいは本音なんだろう。
「ありがとう。音坂さん」僕は心から言った。
「いいや。だからさ。一番になろう。一緒にさ、この学校の一番に」
「わかった。それじゃ、これからは僕も音坂さんのファンになるね」僕がそう言うと、音坂さんは少し驚いたような顔をする。
「リュウくん。そういうところ、ホントにズルい」そう言って音坂さんは僕の頬を人差し指で突っついてきた。
「え、ズルいってなにが……」
「ううん、なんでもないよー」そう言うと音坂さんはイタズラっぽく笑う。
「なんだそりゃ」意味がわからなくて僕は呆然とした。