6
高校の最寄り駅から地下鉄に乗ると、僕らは大通駅を通過して、音坂さんちの最寄り駅、バスセンター前駅で降りた。前回一緒に乗ったときとは打って変わって、帰宅ラッシュのために僕らは人混みに揉みくちゃにされて、一緒に座るなど不可能であった。
「バスセンター前駅で降りるのなんて物凄く久し振りだなあ」8番出口を出るなり僕は思ったことを口にする。
「そうなんだ。でもファクトリー(サッポロファクトリー。大型複合施設。福岡に住んでいる方はキャナルシティのようなものだと思ってもらえればOK)に映画館もあるし、来る機会あるんじゃないの?」
「自分はあんまり映画見ないんだよね。それにこの辺本屋が無いから」
「あー、確かに。大通は徒歩圏内だけどわざわざバスセンターで降りる理由もないものね」
「そうそう。……でも、ファクトリーで食事かあ。大通は知り合いとかいる可能性があるけど、ファクトリーで食事をするなら、まだ会う可能性は低いもんね」
「そーそー。二人きりの時間を邪魔されたくないものね」
「いや、別にそういうわけでは……」
「なんてね。ほら歩こう」音坂さんはそう言うと僕の右手に左手を絡ませてきた。
「うん……」振り払う気もなんか言う気も起きず、僕は素直にそのまま手を繋いで歩くことにした。
すぐにファクトリーの入口についた。あっという間でいて、とてもむず痒かった手繋ぎを解消して中へ入る。
「何食べよっか」食事処の一覧を見て音坂さんは言う。
「取り敢えずゆっくりと喋れそうな所が良いな」色々と訊きたいこと、話したいことがあるので素直にそう提案する。
「成る程、いい提案だね。それなら、ハンバーガーショップでも行く?基本ゆっくりできるし、サブメニューも結構豊富にあるし」
「そうしようか」僕は頷く。ファクトリーはホントに全然来ないので、音坂さんに導かれるまま歩くことにした。
僕らは二人掛けの丸テーブルに向かい合って座る。しばらくするとハンバーガーと飲み物、ポテトがやってきた。
「いただきます」僕が言うと音坂さんも復唱する。
「そういえばリュウくんさ、さっきゆっくり喋れそうな所が良いな、って言ってたけど、もしかしてなんか私に言うことがあるの?」
ハンバーガーを一口程食べた時に音坂さんは訊いてきた。
「ん、まあ大した事では無いんだけれどもさ」僕は今朝、豪樹と喋っていたときのことを思い返しながら口を開いた。
「音坂さんってさ。もしかしてだけども、仲良い人といる時は僕との交流は控えたいと思ってるんじゃないの?」
「え?」音坂さんは少し驚いたように僕を見る。
「あ、いや違ってたら申し訳ないんだけれども」
そう言うと音坂さんは「参ったなあ」と呟く。そして軽く笑みを浮かべると静かに口を開いた。
「まあ、概ねそうだね。君とはクラスで仲良く出来ないかも」
「あ、やっぱりそうなんだ」僕は少しがっかりして声のトーンを落とす。
「まあ、だから豪樹くんは別にリュウくんと仲良い感じを出しても大事にせずに見守ってくれるだろうと思ったから朝のうち……、そのリュウくんの言う私と仲良い人が来る前に君に絡んでおいたんだよ」
「やっぱり、仲良しの人には僕と仲良い感じなのは知られたく無いのか?」
「うーん。それは違うんだなあ」音坂さんは予想外の返答をする。
「え?」
「恐らくリュウくんが思っている私と仲良いメンバーっていうのはあの女3人と遅刻男2人のことだと思うけれども、なんというかさ、流れで仲良くしてるだけって感じでさ。休日とかも勿論遊びに誘われたりはするんだけど、いつも断ってる。まあ私にとってはいわゆる表面的な繋がりって感じかな」
「え、そうなの」意外な事実に驚く。
「うん。私はこう見えても築いてしまった関係を壊したりとかするのが苦手だからさ。ホントだよ。実際あの遅刻男の2人なんて、本来なら嫌いな部類に入るからね」
「それは、確かにそんな気がするかも」あの2人は常時誰かと行動しないと駄目なタイプの気がする。音坂さんはそれに比べて、日曜日に一人で街歩きするような人間だ。そう考えると、確かに全然違う部類だな。
「ただ、表面的な繋がりって言うのは、ある意味で一番の繋がりとも言えるわけで……。リュウくんとクラスで一緒に居られないのはここに理由があるんだけどねえ……」
「もしかして、その遅刻男2人か」
「おー、大当たり」音坂さんは拍手をする。「その遅刻男2人が、なんとびっくり私のことが好きなようでですね」
「それはなんとなく知ってた。遠目から見ても……」
「あー、やっぱわかるよね。そこでだ。あの2人の前で例えば私がリュウくんとイチャイチャでもしたらどうなるかと言うと、まあリュウくんはあの2人から徹底的に目の敵にされるだろうね」
「なるほどね。それを避けるために、僕との接触をなるべく避けてた訳か。まああの廊下での一件で陸上部のみんなからは絡まれてしまったが……」
「一緒に帰るって約束したのになんも打ち合わせできてなかったんだし、あれはもう仕方がないじゃん!まさか君のラインが無いとは思わなかったし……」
「まあ、全面的に僕が悪い」僕はそう言うと少し頭を下げた。
「ま、いっけどね」音坂さんはまんざらでもない顔をする。「まあ、そういうことでクラスで君とはいられないということ」
「うん。まあ正直そうだろうなとは思ってた」
「あ、そーなの?鋭い」音坂さんは感心してるのかしてないのかわからないような反応をする。
「まあ、豪樹とそんな話をしていただけなんだけどね……」
「あー、朝ね。でもなんかそれだけじゃないでしょ。私関連の話題をもっと2人で話してたような感じしたけど、何を喋ってたの?」
そう言うと音坂さんはワクワクしたような視線で僕を見る。
「あー、それはね」僕は一度、飲み物を飲んだ。
「うんうん」
「なんで音坂さんが、普通に僕のことを『リュウくん』って呼ぶんだろうって」