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喋れる機会は結局来なかった。というか、6時間目が終了して放課後になるまで音坂さんとの絡みは無かったのだ。音坂さんは授業以外終始男女入り交じった陽キャの軍団で遊んでいたし、僕は4人くらいで固まってソシャゲをやったり、思いつきで罰ゲームトランプをやって喧嘩をしたりしていたのだ。まあ、これも青春だ、といえば青春だと言い張れないこともないか……。
更衣室でジャージに着替えると、僕はグラウンドに出た。めちゃくちゃやる気のあるサッカー部の部員が既にフリーキックの練習をしていた。そんなサッカー部の邪魔をしないようにグラウンドの外側に広がる陸上トラックの端っこにある、集合場所であるブルーシートへ向かった。
「お疲れ様です。高崎先輩」そこには既にマネージャーの1年生、桜木姫華が居た。
「お、早いね」僕がそう言うと桜木さんは皮肉っぽく笑いながら言う。
「いいえ。私友達がいませんから。誰よりも先に教室を出てくるんですよ。フフフ……」
「う、なんかごめん」申し訳なくなって謝る。桜木さんはいいんですよと言いながら伸び切った前髪を手でかき分ける。ちらりと覗く眼はものすごく綺麗で、全体的には貞子みたいな雰囲気を醸し出す彼女にとっては逆に異質だ。もう少し髪の毛とかに気を使えば、美人な感じになると思うんだが、まあそれをわざわざ指摘する資格も勇気も僕にはない。
そんなやり取りをしていると同学年の長距離選手、工藤陸斗がやってきた。
「やあ、お二人共早いね。やっぱり陰キャは集まるのが早い!」
ざっくりと言葉のナイフで僕と桜木さんを切りつける。何度か言われたことがあるが、流石にこの殺傷力。慣れることはない。
僕と桜木さんが唖然としてると、ちょうど陸上部のメンバーが集まりだしてきた。同学年の河越飛河が不思議そうに僕らを見ながら声をかけてきた。
「おーい。リュウとサクラちゃん。なんでそんな葬式のような顔をしてんだー」
「うん。まあ工藤に通りすがりに言葉のナイフで切り裂かれて」僕ははあと軽くため息をつく。
「うん。まあ同情はするよ。俺もこの前、女子に振られたことをネタにえぐられたからな……」
わりかし明るいタイプの飛河も曇った顔をする。工藤って無差別のテロリストかなんかだろもう。
それからしばらく無言だった飛河がふと口を開く。
「うん、まあいいや。ところでサクラちゃん、今日の短距離の練習メニューは何?確か今日、江頭先生は学校にいないんだよな」
「あ、はい。その通りです。なのであらかじめメニューだけ貰ってきました」そう言うと桜木さんはメモ用紙を取り出すと飛河に渡す。僕もそのメモ用紙を一緒に覗く。
『本日は軽めに。50mラン50mクールダウン10回3セット。終わればメディシンボール投げを10分程。その後は6時まで各々トレーニングルームで運動』とのことだった。
僕はそれを見て少し驚きながら言う。
「今日はトレーニングルーム使えるんだ。いつも野球部とかサッカー部が使ってるイメージだけど」
すると桜木さんは、はいと頷いて喋る。
「使える、というよりも本来はトレーニングルームは陸上部の部室の一部って事になってるんです。いつもは何故か他の部に強奪されているんですが……」
「あ、そうだったの?」2年の秋にして初めて知ったぞ、それ。
「私もこの前聞いたばかりなんですけど。今日は管理の江頭先生がいないので、しっかりと施錠しています。鍵も私が持っているので、まあ強奪されることは無いと思いますけど」
「いつもかけとけばいいのに」思わず文句を言った。
「長距離組も投擲、跳躍組も同じくらいにトレーニングルームに来ると思います。6時になったらみんなで解散ということだそうです」
「わかった」僕がそう言うと、飛河が「そういうことらしいぜ。よろしくな、副部長」といって僕の背中を叩く。
「なんでだよ。部長はあんただろ」そう言うと飛河は笑った。
♢♢♢
メディシンボール投げが終わり、グラウンドから校舎内のトレーニングルームへと移動することになった。廊下を歩いていると、バスケ部がラダートレーニングをしていたり、合唱部がランニングをしていたり、雨の日じゃなくても意外に校舎内は混み合っているんだなあと感心する。そんなことを思いながら、飛河とその他含めて短距離組5人で歩いてた。短距離組は自分と飛河以外は1年生。男しかいない(女子は長距離組に2年が1人、1年が3人だけいる。あとマネージャーの桜木さん)。
5人で横並びに歩いていると、後ろからやけに大きな声がした。
「あー!リュウくん!」
振り向かなくてもわかる。音坂さんだ。ここで来ますか……。
恐る恐る振り返ると、音坂さんは半袖Tシャツと半ズボン姿でこっちへ走ってきた。待った待った!急にイベント開催するんじゃねえ!
「え、音坂さんが、リュウを呼んでる?」飛河は不思議そうに僕と音坂さんを見比べる。
「リュ、リュウくん、なんで校舎の中にいるの?」運動したばっかりなのか全体的に肌が赤みを帯びていた。
「いや、ほら、今日はトレーニングルームが使えるって言うから」少々慌て気味に応える。
「あ、何だあ。グラウンドから陸上部の人がいなくなってたから、てっきり帰ってしまったのかと思ったよ。リュウくんは部活終わるの何時?」
「ろ、6時」
「オッケー。しかしリュウくんのラインを持ってないのは予想外だったなあ。クラスライン、入ってないの?」
「たたた、タンマ。クラスラインって言うのがあるの?」僕はややショッキングな事実にたじろぐ。
「えー、だってクラスの連絡網をラインにしてるから絶対入れって、新学期の時QR配られたじゃん」
「あ、ホントに?」ハブられたと思って勝手にショックを受けかけた。これじゃどっちかというと自分がクラスラインに入らない変わった奴って事になってるな。
「んー、まあリュウくんってボケーっとしてるもんね」呆れたように音坂さんは言う。
「はあ」
「取り敢えず、私は部活終わったら売店前のソファーで待ってるから」
「わ、わかった」僕がそう言うと音坂さんはニコリと笑ってどっかへ走っていった。
僕は気を取り直して、またトレーニングルームへ歩き出そうとする。すると「待った」と言って飛河がジャージの襟部分を引っ張ってくる。
「な、なんだよ」
「なんだよ、じゃないよなあ。まあいいや。トレーニングルームでゆっくり話そうか?」
そう言うと1年生のメンバーもなんかワクワクしながら僕の背中を押してくる。くそ。しっかりとクラスラインに入っておくべきだった……。
♢♢♢
「だから、付き合って無いってば」レッグプレスマシン(腰掛け付きの椅子なようなものに座り、目の前のおもり付きのシートのようなものを足で押し上げるトレーニングマシン)から立ち上がるなり僕は反論した。
「いや、でも一緒に下校するんすよね」お調子者の1年生、須藤周一が、投擲選手らしくベンチプレスを軽々とこなし終えると、立ち上がりながら言う。
「一緒に下校したら付き合ってるのか?ただ単に帰る方面同じだし」
「はあ?なに陰キャがいきがってるんすか?」須藤は挑発するように言ってくる。そして軽くメンチをきりながら僕に近づく。こ、こいつ……。なんかめっちゃ当たり強くない?
「須藤、うるさい。ワーワー喚くなよ」1年生の長距離の女子、松田琉花が須藤の首根っこを掴んで僕から引き離す。強え……。そのまま須藤はズルズルと廊下へと引きずられていった。虚無った犬のようで、なんか哀れだ。
「えー、須藤って音坂さん好きなのかよ」小声で短距離の1年生、篠津聖斗に声をかける。
「いや。そうじゃなんすけどねえ」聖斗は困ったと言わんばかりの顔で目を泳がせながら言った。
「え?」よくワケが分からなかったので訊ね返す。
「まあでも、高崎先輩が悪いってわけでは無いっすよ。まあこれは周一のエゴ的なやつでですね……。まあ時が来たらわかると思いますよ?」
「うーん。全く分からないけど、なんか言いたくないことがあるのは分かった。そういうのは誰でもあるしね」
「……ある意味、そういう高崎先輩の優しさが周一にはきてるんすけどね」聖斗は感慨深げに言う。もっとわけが分からなくなってきたが、まあ深く追求するのもかわいそうだしな。それに周一はお調子者ではあるが、芯を持った優しい一面があるのは確かなんだ。
「わかった……。練習とか真面目にやってるし、悪いやつだとは思ってない。けど陰キャって……。結構グッサリと心に傷が……」苦笑いしながらいうと、聖斗はにこやかに「まあ、その傷も音坂先輩に癒やして貰えばいいっすよ」と言って笑った。
「それ、絶対に須藤の前で言うなよ」
「わかってますって」
「それと、僕はホントに音坂さんと付き合っていない」
「まあ、それはこの際どうでもいいっすよ」聖斗は意味ありげに笑う。昨日から、なんかずっと誰かに含み笑いされてる気がすんな。