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「おい兄貴。どういう事だよマジで!!」
別に咲香とはやましいことをしていた訳でもないので、堂々とリビングにいる兄に詰め寄る。すると兄はなんだかニヤニヤしながら僕を見る。
「どうって。時間が空いたから帰ってきただけじゃないか?」
「だからって、ノックも無しに弟の部屋に入ってくる?」
「それは悪かったって。でもまあ。今までお前部屋締め切ってなんかやってるっていうこと無かったじゃん。いつも部屋の扉開けたままコーヒー啜って本読んでいたりとか」
「まあ、確かにそうだけれども……」だからこそ、部屋閉めてる時点で察してくれ。仮に中で盛り上がってたらどうしてくれるんだよ。
「それにしても、隆一がまさか彼女を連れてくるとはね……」そう言うと兄はなんだかとても嬉しそうな顔をする。すると僕の後ろから着いてきた咲香が口を開く。
「あ、私はリュウくんの彼女の音坂咲香です!!あの、クリアランドのボーカルの藤廣さんですよね?前回の札幌のライブ、お邪魔してました!!」
「んー。あー!もしや君は最前列で跳ねてた子だな。まさか弟の彼女だとは思いもしないんだなあ」
「あー。その頃はまだリュウくんに片想いしてた頃です」
「片想い……か」そう言うと兄は、微笑んだまま静かに言った。
「そうか。それじゃ、好きって気持ちを隆一に伝えたのは音坂くんからなんだな。それはありがとうな」
「まあ、事実上はそんな感じですね」咲香は恥ずかしそうに返事する。
「いや。本当に良かった。隆一ってマジで人に興味が無い男だからな。カノジョってものを作れたというのはいい刺激になったろうし」
「人に興味が無いって……」僕は呟く。
「事実、そうじゃないか?だって兄である俺がバンドをやってるってことを知らないんだもの。訊かれてないから教えてない俺も俺だが。それに、俺がバンドやってるの知らないってことは、親父がなんの仕事してるってかってのも知らないってことだろ?」
「た、確かに親父がなんの仕事をしてるかは知らないけど……。その言い分だと、兄貴の仕事と関係あるの?」
「大アリだよ。親父は大通でかなり大きめの楽器屋の店長をやってんだよ。俺が楽器に興味持ったのもそこからだからな。ってかうちにも結構楽器が転がってるだろ?マンションだから演奏するって訳にいかないけど」
「そう言われれば、ギターもキーボードもあるね。でもただ置いてるだけだと思ってた……」マジで僕は何も知らないようだ。
「はあ。全く。言わない親父も親父だがな。まあ親父自体は自分の生き甲斐とかを家族に喋ることに美徳を感じていないと言うか、慎んでる感じがするしなあ。だが、やっぱり隆一も悪いぞ。せめて家族には関心を持ってほしいぞ。その様子じゃ母親がスーパーでパートやってるってのも知らんだろ」
「全く知らなかったです」僕は素直に白状する。
「ええ……」咲香は少し引き気味な反応をする。しょうがない。今、自分で思い返して見ると、自分でも引いてしまうもの。
「いや。だからこそ、嬉しいんだよ。正直、隆一は彼女を作れないとかじゃなくて作らないタイプだと思ってたからさ。単純にこうやって彼女を家に連れて来るだなんてさ。隆一もちゃんと人間だったんだなって思ったよ」
「いや、人間以外の何物でもないよ?」僕が反論すると兄はケラケラと笑った。
「あ、そうだそうだ。まだ発表になってないけど来月、すすきののライブハウスで札幌出身のバンド計3組で対バンする予定だから。良ければ隆一と音坂くんも来ればいいよ。もし来てくれるってんならチケット代払ってやるよ」
「え、流石にそれは駄目ですよ!?推しにはほら、スパチャじゃないですけど、チケット代とグッツ代を奉納するっていうルールがあるんですよ」咲香が食いつき気味に喋る。
「いやいや。これは俺の勝手な提案だって。なんつうのかな?やっぱり弟には俺が何やってるのかとか、どういう仲間とつるんでるかとかっていうの、知っといてもらいたいんだよ。だから、来て欲しいというよりかは『来い』って感じかもしれないな。どうだ?隆一」
兄はそう言って僕を見つめてくる。僕はその視線を見つめ返す。そして、ハッとした。
なんで気が付かなかったんだろう。兄は、物凄く僕を愛してくれている。それなのに、僕はそんな兄に大した興味さえ持ち合わせていなかった。人との付き合いは、こなしてきたつもりだったけど、確かに僕は今まで『じゃああのひとはどんな人なんだろう』とか『何やってるんだろう』とかは、考えてこなかった。ここ最近、咲香と出会って、そういうことに少しずつ気がついた。だから、豪樹をもっと遊びに誘ってやろうとか思い始めたんだ。
そんな心を、僕は家族に対して持っていなかった。僕は愕然とする。それなのに兄は、僕にカノジョができたことを喜んでくれている。それがとても嬉しくて、逆に自分に対しての苛立ちへと変わっていく。
「ありがとう。兄貴。そのライブは絶対に見に行くよ。兄貴がどんな生き方をしているかってのを、しっかりと見てみたい」僕は手をグッと握りしめる。その手を、ふと兄は触れてきた。
「馬鹿か、隆一。別に俺は怒ってるわけじゃないし、お前が後悔する必要もない。ただ、俺は今の隆一が、そうやってカノジョと遊んでいるっていう事実が、単純に嬉しいだけなんだよ。だから、今度は俺のこともしっかりと見といて欲しいと思っただけなんだよ」
「兄貴……」
「まあ、カノジョの次に兄というのは、いかんせん順番が逆だとは思うがな……」
「……すみません」僕が呟くと、兄はケラケラと笑った。




