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 キャンプ用の丸い小テーブルを僕らの間におき、そこに僕はコーヒーカップを二つ並べた。


 「んじゃ、まずは自分の趣味とか、好きな食べ物とかの話でもするか」僕が言うと咲香はしかめっ面をする。


 「それ、付き合ってからすることかなあ……」


 「でも実際、僕らはなんにも知らない同士なんだからさ。もっと具体的に互いを知っておいた方が良いと思うんだよ」


 「まあ、確かに。じゃあ、うん。リュウくんの趣味はなんですか」


 「……なんか小学生のクラスの会みたいだな。まあ、いいや。趣味は知ってると思うけれども本屋とかゲームセンターを一人でうろちょろすることかな」


 「それ、クラスの会で発表したら絶対バカにされるやつじゃん。私もほとんど同じっちゃ同じなんだけれども」


 「まあ、でも要は買い物が好きって訳だからね。その副産物として本やガジェットがあるから、ある意味では趣味が多いと言えなくもない。ああ、陸上はかなり頑張っているから、趣味というよりか、もうライフワークみたいなものだね」


 「そーだね。ただ、私の場合は買い物、バレーに加えてライブとかも見に行くから、もしかしたらリュウくんよりアクティブかも」


 「いや、僕もサッカーとか観に行くよ」そう言うと咲香はそうだった、という顔をする。


 「まあ、でも互いに自分の好きにしか目が無いって感じだよね」咲香は少し下を見て言う。


 「まあ、それはそうだけれどさ。それじゃ咲香は、明日のサッカー観戦、楽しみじゃないのか?」


 「そんなわけ無いじゃん。好きな人の趣味っていうのは、一度巻き込まれて見たいものなんだよ。私の知らない世界を知っている。そんなリュウくんの好きなもの。覗いてみたいじゃん?」


 「なんか独特な例え方だなあ。まあ、その気持ちはわかるよ。今度は咲香が好きなライブに連れてってよ」


 「あ、ホント!?うん。約束だよ。オタクは推しを布教するタイミングというのが一番興奮するんだよなあ……」


 「そ、そうか……」咲香はガンガンと瞳を輝かせている。本物のオタクだなこれは……。


 「まあ、それはいいとして……。コーヒー飲みなよ。冷めるよ」


 「あ、そうだね。じゃ、いただきます」


 咲香は、コーヒーカップを手に取る。そして音を立てずにコーヒーを口に流す。こういうところはホントに上品だな。感心しつつ、少し見惚れる。すると、咲香はカップから口を離すなり僕の方を見た。


 「美味しい!これ、とても高いやつじゃない?」


 「いや。普通にスーパーで売ってる豆挽いただけだけどね。喜んでくれて嬉しいけど」


 「ん、まあ。単純に人のうちのものって美味しく感じるってやつかな」そう言うと咲香はカップを置く。


 「そんなのあるか?」


 「あるよ。そりゃあね。自分の家と、空気の匂いも違うから。味覚プラス嗅覚になんか新鮮な感覚が襲ってくると言うか」


 「物凄い恥ずかしいから、あんまり僕の部屋の匂いを嗅がないで欲しいんだけれども」


 「ハハハ。違う違う。私がリュウくんの部屋で感じた匂いっていうのはね。圧倒的な無臭ってやつなんだよ。だからほら、モロにコーヒーの匂いが感じられると言うか」


 「圧倒的な無臭ね」それは良いことなんだろうか?よくわからないが良いことにしておこう。


 「いや。でもさ。正直、リュウくんの部屋に入って初めて見たとき、私ちょっと思ったんだよね。もしかしてリュウくんって本当に趣味がなくて、こんな質素な部屋で生きてるのかなって。いや、物凄く失礼な話だけど」


 「まあ、そう思うだろうな」片付けしたとはいえ、細々したガジェット以外、大してものを置いていない。はたから見ると寂しい部屋だ。


 「だけど、実際にはアクティブに動いてるじゃん。リュウくんは。だから、やっぱりその人の部屋っていうのは、別にその人の人となりを写しているわけではないと無いと思うんだよね」


 「うん。まあそうだろうけども」


 「まあ、私が言いたいのは、部屋って言うのは、その人の性格を測るパロメーターだと思っているんだよね。テキトーな人は汚いし、お洒落な人はお洒落だし。物凄く凝ってる人もいるよね。だから、ほら。元カレの部屋とかって物凄く汚かったから、何もかもが乱雑に置いてあって、まるで私もその一部のようでさ……」


 咲香は突然、スイッチが入ったように昔話を始めようとする。これは駄目だ。僕は思わず、キャンピングチェアを立ち上がると、座っている咲香の体を前から抱きしめた。


 「え、ちょっと!リュウくん!?」


 「そんな困ったような顔して、昔話なんてしなくていいだろ。ゆっくり。今はこの空間で僕の淹れたコーヒーを飲んで欲しい」


 そう言うと、咲香はフッと笑みを浮かべて、僕の耳元に口を近づけた。


 「ありがとう」


 「……だから、こそばゆいって、それ」


 お互いに顔を赤らめながら、しばらくそうしてくっついていた。うん。これはなんだか幸せだな。そう思っていると、突然ガチャリという音がした。


 「おーい。隆一、入るぞお。おー。コーヒーの匂いがするなあ。って……あれ?」


 なんの声掛けもせずに、一人の男が僕の部屋に入ってきた。名は高崎藤廣(ふじひろ)。僕の兄だ。


 「あー、うん。隆一。マジで……。マジで申し訳ない」そう言うと兄は静かに僕の部屋の扉を閉めた。


 帰って来る時くらい、連絡をくれればいいのに。唐突に帰ってきた兄に僕はキョトンとしていると、咲香も僕と同じか、それ以上にキョトンとしていた。


 「ご、ごめんよ。兄が来るだなんて知らなかった……」


 「ふじひろ……。藤廣って。えー!!」咲香はなんか困惑と、少しの嬉しさのようなものがこもった声で叫んだ。


 「知り合いなのか?」僕が訊ねると、咲香は僕に顔を近づけてくる。


 「知り合いというか……。藤廣って、私がよく聴くバンドのボーカルやってる人だよ!?」


 「いや。名前が同じだけじゃない?」


 「顔もそのまんまだけれども……」


 咲香がそう言う。いや……。


 「えー!?」


 そんなの初めて知ったんだけど!!

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