20
金曜日の朝教室に入ると、いつも通り前の席に座っていた豪樹に挨拶を済ませ席についた。
「しかし昨日はなんか空気が異様だったな」
すると豪樹は突然切り出してきた。
「え、世間話なんて珍しい」
「いや別にいいだろ。だって、ね。及川が居ないだけであの一味はバラバラになってしまうんだもの」
「ん、まあ。咲香も事実上いなかったようなものだしな……」
「普通に下呼びになったんだな」豪樹は軽めに突っ込んでくる。
「まあ、流石にリュウくんリュウくん言われてるのに音坂さん、というわけにはいかなくなったんだよ」
「なるほど。そういうもんなんだな」
豪樹はなんか『学習したぜ!』みたいな顔をする。なにがなるほどなんだ……。
「それにしても、昨日は及川、ホント突然早退したよな」豪樹は話をもとに戻す。
「そうだね。昼休み中に外に遊びに行ったら、熱が出てそのまま商店のじいちゃんが匿ったって話らしいよ」
「マジでどういう状況なんだろう……」豪樹は首を捻る。僕もわからない。
「まあ、それは良いとして、及川がいないってだけで、あの田中はグループの女子の輪にも入れなくなってしまっていたんだろ。俺は後輩と遊んでたから知らないけど、だからといって他の男友達と遊ぶわけでもなく、自分の机に足を乗っけてずっとスマホをいじっているだけだったって話だし」
「うん。実際その通りだったよ。やっぱり、それは表面上の関係だったってことなのかな」僕がサラリと言うと豪樹は頷いた。
「きっと、そのアンバランスを及川がどこかで結びつけていた。あのグループは音坂グループだと思われていたけど、別に音坂さんがいなくても及川がいれば機能していた。要するにあのグループの主は音坂さん、そして及川だったという訳だ」
「多分そうだろ。でもその及川が、最悪なことに嘘をついた」
及川はどうやら、田中や周りの女子たちに補習があると伝えたらしい。しかし実際は補習など無く、外へ遊びに行った挙げ句熱を出した。
「何故、嘘をついたんだろう」豪樹は呟く。
「……恐らく、及川は嫌になったんじゃないかな?」僕が言うと、豪樹は驚いた。
「嫌になった?学校がか?」
僕は首を横に振った。
「いや。あのコミュニティを」
「田中とかがか?」
「そう」僕は頷いた。すると豪樹は納得しないような顔で言葉を発す。
「そんなこと、あるかな?だっていつも仲良さそうだし、無駄にコミュニティを張って騒いでるようにしか見えないけど」
「僕の勘だと、その無駄に『コミュニティを張っている』のは、恐らく及川と咲香だけだと思うんだよ」
「どういうことだ?」
「要するに、田中や女子たちは普通に自然体としているんだ。彼らはそういう生き方をできる人間であるから。だが、及川と咲香は違う。彼らはいつも自分から話題を作り、田中や女子たちを繋ぎ止めている。それに、そういう点では、及川はやはりあのグループの主だと言って間違いないと思う」
「あ、それはわかるかもしれない」
「だから、きっとそういうのに彼は疲れたと思うんだよ。それに極めつけはあのサッカーの件。きっと及川に取ってああいう適当な約束っていうのは、とても許せなかったんだと思う。自分で話題を作ってから道筋を作るような男だから。……だから怒った」
「なるほどねえ」すると突然、違う音色の声がした。僕は振り向くとそこには福田さんがいた。
「かおちゃん!」僕は思わず昔のニックネームで呼ぶ。
「かおちゃん?」豪樹は不思議そうに訊ねてくる。
「あ、いや。福田さん」僕は言い直す。
「別にニックネームで呼ぶのをそんなかしこまる必要ないと思うけどね。そういう意味ではホント、咲香が言ってた通り童貞臭がすごいなあ」
「裏でそんな事言うなんて……」
するとかおちゃんは笑う。
「いやいや、ものすごーくニタニタ嬉しそうに喋ってたよ。咲香曰く、童貞とは素晴らしいことらしい」
「……あんまり嬉しくないなそれ……」僕はどう反応すれば良いんですかね。
「というより……」すると突然豪樹が切り出した。
「何故福田はここに来た」豪樹は突然、敵意をむき出したような口調で言う。
「な、なんだよ突然」僕は豪樹に言う。かおちゃんが好きでない理由はわかるが、そんな切り込む必要ないだろ、と思ったからだ。
「リュウ、だってコイツ、俺等の話を盗み聞きしてたんだぜ」
「盗み聞きされちゃ嫌な話を教室でするのは良くないと思うけどね」かおちゃんは不敵な笑みを浮かべる。
「それは……」
「それにクラスのコミュニティって言うのは、誰か同士の話に誰かが乱入して大きくなっていくものだと思うんだよね。だから、クラスの隅っこに転がっている話題とかも、丁寧に拾っていけば、コミュニティを広げていける。だから、リュウくんたちが興味深い話をしていたから、これは聴いてそんないなと思ったわけだよ」
「……そうだとしたら、今の話はかなり福田さんにとっちゃ気分良くないようなものだったんじゃないか?」
そう言うと、かおちゃんは少し笑った。
「いや、別にそんなこともないよ。そうだよなあ、って言う気持ちのほうが大きいくらい」そう言ってから、かおちゃんは僕の方を見る。それから、少し寂しそうな顔をして、言った。
「だけど、リュウくん。『田中や女子たちは普通に自然体としている』っていうのは、うん。やっぱり意義を唱えたいな」
そう言うと、昨日僕を好きだったと告白した女子だとは思えないほどの敵意を持った目で、僕を睨んできた。




