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アナザーサイド2 及川大翔の逃亡①

  「まじで寡黙。ぼっち、根暗」クラスの女が教室の端っこの席でイヤホンをしてぼうっとしている中村和葉(かずは)を見ながら言った。


 「言いすぎだろ」俺の机の上に座ってる女を少し押し退けながら言う。


 「しかしあんな可愛いのにぼっちって珍しいよな」隣の席の田中光介が言う。


 「……ああ、そーだな」俺はそう言うとすっと席を立った。


 「あれ、大翔、どこ行くの」女が言った。


 「昼の補習があんだわ」適当な理由を言って俺はその場を去った。


 何故、好きでもない奴らが俺の周りには群がるんだろう?そんなことを思いながら。


 昼休み、学校外へ出るのは禁止事項だが、無駄に広いこの学校には裏口がいくつか存在する。うるさい廊下を抜け、玄関で靴を履き替えると、あまり人通りのない裏口から校外に出る。そこは俗に言う閑静な住宅街である。


 そこをゆっくりと歩いていくと、すぐに古い商店が出てくる。高校生にもあまり知られていない……、というか近くにセ◯ンイレブンがあるせいで霞んでしまっている『中村商店』がそこにはあった。いつも思うがここ、良く潰れねえな。


 俺は戸を開けて店にはいる。そこには案の定、誰もいなかった。


 「こんにちは、じいさん、いる?」大きな声でそう叫んだ。


 「大翔くんか!はいよ」すると店の奥から大きな声で返答がきて、それからしばらくすると店主の中村隆馬が出てきた。歳は79。


 「こんにちは。あのー、物凄いお節介な話っすけど、店開けっぱにして奥に引っ込んでるのってだいぶリスキーじゃないっすか?」


 するとじいさんは笑いながら言う。


 「こんなちんけな店に盗みに来るやつなんてたかが知れてっから大丈夫だよ」そう言うとじいさんはあくびをした。


 「そうっすか……。それはそうと、じいさん唐揚げおにぎり作ってくれない?昼ご飯、今日買ってなかったんだ」


 するとじいさんは嬉しそうな顔をする。


 「唐揚げおにぎりか!久々のオーダーだなあ。待ってろ、いま作ってやるから。そこで店番してろ」


 「あざます」そう言うとじいさんは店の向こうに消えていった。……店番なんてもとからいないようなもんだったろ、と思ったが口にはしなかった。


 しょうがないので俺はレジのパイプ椅子に座る。電卓と領収書用の紙だけのおいてあるレジは今時かなり珍しい。しかしもうそれもこの店の味になっている。ああ、きっと俺はこの商店が無くなったら泣いてしまうなあ、なんてことを思いながらひとつあくびをした。その時、入口の戸が開いた。珍しい。客か。もう客なんて来ないものだと油断してた。あくびを押し殺すと、俺は入口の方を見た。


 「こんばんは」そう言いながら入ってきた人物を見ると、俺は驚いて少し甲高い声で訊ねた。


 「中村……さん?」そこには中村和葉がいた。


 「え、及川なにしてんの」静かに言った。


 「いや、中村さんこそ」


 「いや。この店も中村だけど」そう言うと彼女はレジのテーブルにリュックを置いた。


 「あ、確かに……」俺は少し沈黙する。そして、気がつく。このカズハ・ナカムラがショーテン・ナカムラに何一つ礼儀もなく入ってきたことに。


 「まさかお前」


 「ここ、じいちゃんの家」中村……はややこしいな。和葉は当たり前のようにそう言った。


 「え、まじで」


 「うん。てか、ホントになにしてんの。店の乗っ取り?」


 「するか!そんなこと!今日は昼食がないから唐揚げおにぎりを買いに来たんだ」


 「か……!唐揚げおにぎり!!?」すると突然和葉は声をあげた。明らかに驚いた顔をする。同じクラスにいた筈なのに、初めて彼女のそんな顔を見た。


 「うわ。急にどうした!」俺が訊ねると、和葉は少し恥ずかしげに下を向く。


 「おい、どうしたんだ」すると奥からじいさんが銀紙に包んだおにぎりを持って帰って来た。すると和葉はポツリと言った。


 「あ、じいちゃん」


 するとじいさんは嬉しさと驚きの混じったような顔で、和葉に寄っていく。


 「あ、じいちゃん。じゃないだろ。高校がすぐ近所なのに半年も来ないなんてホントに泣きそうだったぞ!」


 「ごめん。めんどくさくて」和葉はあまり申し訳なく思ってないのか、軽く返答する。


 「いや、素直すぎるだろ」俺は思わず突っ込んでしまった。


 「いや、嫌いなんじゃないよ。じいちゃん」


 するとじいさんは、銀紙を俺に渡すなり、寂しそうな顔をして言う。


 「なあ、大翔くん。助けてくれんか」俺の肩をポンポンと叩いてくる。


 「まあ、同情はしますけど」


 じいさんは、なんとか雑念を振り切るように首を横に振ると、和葉の方を見る。


 「……で、和葉はどうしたんだ。学校の荷物まで背負って」じいさんが訊ねた。


 「今日は帰る。つまらないから」そう言って彼女は自分の伸びた髪を人差し指と親指で摘んでくるくるした。


 「……学校、つまんないのか」じいさんは静かにそう言った。和葉は静かにこくりと頷いた。


 「なら今日はじいちゃんちに暫くいなよ」


 「……まあ、たまにはそうしようかな」


 「そうだ。大翔くんもどうだ」じいさんは突然そう言った。


 「はあ?」そう叫んだのは、俺だけじゃない。和葉もだった。


 「いや、俺別に昼ご飯買いに来ただけだし」


 「時計を見てみな」じいさんはそう言って店の壁時計を指差した。


 「一時、三十分……。5時間目もう間に合わないじゃん」和葉は呟いた。


 「まじか……」今日はちょっとのんびりしすぎた。


 「でも、大翔くんも学校が嫌いだってよく言うじゃないか。それなら、半日くらいサボっても良いんじゃないか?気分的には結構気楽になると思うけど?」


 「いや、でもリュックがまだ学校にあるし……」


 「でももう、どのみち高校の玄関の扉はしまっちゃってるから、うむ。ワシが適当に熱でも出て保護してやった的ないいわけをしといてやろう。ていうことでちょっと高校までいって取ってきてやろう」


 「じいちゃんが?」和葉は不思議そうに尋ねる。


 「うむ。いい運動になるだろ。それに店番を頼むいい口実になるからね」


 「……いや、店番なんていつも居て居ないようなもんだったじゃん……」和葉は呟く。おお、俺の思ってたこと素直にぶつけたな。


 「いや、でも流石に悪いっすよ。もう素直にはっちゃけて外出て遊んでましたって言いますよ」俺が言うと何故か和葉も頷く。


 「そうだよ。コイツいっつもクラスでうるさいから、ああ『いつものな』ってきっとなると思う」


 「いつもの、って」俺は小さく呟く。


 「それに、及川って学校に馬鹿な友達が結構いるじゃん。学校に帰って一緒に騒いでくれば良いよ」


 「友達?」俺はため息を吐く。


 「あんな人に劣悪つけてバカにするようなやつら、友達なわけないだろ。俺は付きまとわれてんだよ」


 「その割には断りもせずに付き合い続けているよね……」そう言いながら、和葉は何かを思い出したように呟く。


 「あー、でもこの前は田中とやり合ってたよね」


 「それは、俺にとっても譲れないとこがあったからな」そう言うと和葉はなんだか納得したようなしてないような顔をする。


 「ふーん。まあいいや。取り敢えず、じいちゃん。店番やっとくから、コイツの荷物取りに行ってあげてくれない?」


 「う、うむ。わかった」明らかに戸惑ったような顔でじいさんは戸を開けて外に出ていった。悪い。じいさん。


 「ま、別に及川と田中がどうこうやってるってのはどうでもいいけどね」そう言うと和葉は近くの空段ボールに腰を降ろした。その段ボールはそこまで丈夫そうでは無かったが、和葉の体重はそんなものでも支えられてしまうほど軽いようだ。


 「でも、及川がちょくちょくここに来ては学校が嫌いだと言っているって言うのは意外だなあ。大好きで大好きで堪んない!ってタイプだと思ってた」


 「そんな訳無いだろ」俺は少しため息をつく。


 「へー、なんで?」


 「なんつうのかな。俺ってそもそも中学の時、友達いなかったんだよ。だから高校ではデビューしてやろうって自分を捨てて頑張ったら、ああ。今の状況が出来上がってしまったってワケ。けれど出来上がってしまってから気がついたんだよ。俺って別にこれを望んでいたわけではないんだなって」


 「へえ。そんなの私に暴露して良かったの?」


 「別に良いよ。もうバレたってどうでもいいことだからな」そう言うと俺はパイプ椅子の背に深く腰を掛けた。


 「音坂って知ってるか?」俺は思いついたように言う。


 「知ってるよ。というか同じクラスでしょ。どうしたの、音坂が。高崎くんに取られて悔しいって感じ?」和葉はニヤニヤしながら聴いてくる。この人、性格悪くないか?そう思いながらも、その気持ちをグッと胸にしまう。


 「別に俺は音坂狙ってなかったし。というか高崎のことはくん付なのな」


 「害のない人間は『くん』なり『さん』なりつけるよ。私のポリシー」


 「俺は害のある人間なのね」思わず苦笑する。


 「で、音坂がどしたって」


 「いや。あいつって、俺の勘なんだけども、恐らく俺と全く同じタイプの人間なんだと思うんだよ」


 「うーんと、それはつまり。元々友達が居なかったけど、高校デビューを決めて『ウェーイ』ってなったと」


 「ん、まあざっくりいうとそうだな」俺は決して『ウェーイ』と言ったこと無いけどな!


 「うーん。それはなんだかわかる気がするかも」和葉は例のごとく伸びた前髪を指でいじる。その仕草、正直ちょっと可愛い。


 「わかる?」


 「なんかたまーに、沈んだような顔をして、田中とかを見てるときがある気がするんだよね。なんというか哀れなものを見てる感じ」


 「あー。勘ってそのことだったのか」ピンとくる。確かにそんな顔していたかもしれない。


 「それに、音坂が選んだのが高崎くんだった訳でしょ。ということはそもそも論、音坂はウェーイってノリが好きだとは考えづらいよね」


 「だよな」やっぱりアイツも無理してたんだろうなあ。うわ言のように思う。そういう意味では、高崎は音坂を救ってくれるんじゃ無いかと、ホントに心のそこから思う。ただ一点。俺は語弊を生んでしまっているのが気がかりである。


 「なあ、もしかしてだけどさ、俺って音坂に片思いしてるって思われたりしてない?」和葉の方を見て言うと、彼女は不気味な顔をしながら言う。


 「思われてると思うよ。きっと本人にも」


 「め、めんどくせえ……」俺はため息をつく。


 「だからこそきっと高崎くん、困惑してる筈だよ。だって今週の日曜、一緒にサッカー見に行くんでしょ?」


 「た、確かに……。俺を怖がってる可能性も否定できないな……」


 「でしょ?まあなんとかしろよ」和葉は楽しそうに笑う。俺はそんな彼女を見つつ、ふと呟いてしまった。


 「……和葉って、なんか思った以上に凄い話しやすいな」


 「は、突然名前呼び?」和葉は戸惑ったように言う。


 「しょうがないだろ。隆馬のじいさんも中村なんだから」


 「ま、それもそうか」そう言うと、和葉は立ち上がって、俺の近くに寄ってくる。そして、近くに置いておいたおにぎりを拾う。


 「早く食べなよ。これ。冷めたらまずいよ」


 「あ、ありがとう」俺はそれを受け取ると銀紙を広げる。そして、大きく口を開いてそれにかぶりつく。


 「豪快だね」


 「いや。ホントにこれ大好物なんだよ。唐揚げについてるタレ。これマジで意味わからないくらい美味いんだよ。どんなレシピなんだこれって」


 「それは、企業秘密だねえ」和葉は笑う。


 「やっぱり和葉は知ってるのか。レシピ」俺が訊ねると、和葉は「当たり前じゃん」という。


 「その唐揚げおにぎりのレシピ作ったの、私だからね。ハズいからじいちゃんに内緒にしてもらってたんだけど」


 「マジで!?」俺は思わず立ち上がる。


 「び、ビビった!」和葉はビクリとする。


 「いや。これマジで好きなんだよ。これから和葉先生って呼ぼうかな」俺は喜々として和葉に詰め寄る。


 「キモ」すると和葉はたった2文字のナイフで俺の胸を突き刺してした。


 「さ、サバサバし過ぎでないですかね……」涙が出てもおかしくないからな!そのセリフは!そう思いながら和葉の方を見る。しかし和葉は今までとは違う顔色を見せる。少し照れたような顔だった。俺は正直、その顔に見惚れてしまう。その顔は次第に、俺の方を向く。そして、ボソリと呟いた。


 「冗談だよ。ありがとう」


 俺は頷いた。


 「こちらこそ」そう返すと同時に、店の戸が開いた。


 「和葉、大翔くん。なんとかごまかし……。ってなんかしんみりしてるね!?」

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