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14時にもなってふたりとも昼食を取ってないということで、一緒に何か食べることにした。まさか本日の昼食を女子とふたりで取るなんて思いもしなかったな。
「リュウくんはなにか食べたいのある?」駅ビル内のチェーン店の並ぶ通りを歩いていると、音坂さんが訊いてきた。
「自分はなあ、ひとりの時は大体そこのサ◯ゼリヤで済ましてる。買った本の開封を兼ねて」
「サ◯ゼでエロ本開封はなかなか達者じゃないですか」
「するか!普通に漫画とかそんなのだよ」音坂さんに勢いよく突っ込む。音坂さんはそうすると満足そうに笑った。なんかあれだな。彼女って全然遠慮ってもんが無いからとても話しやすい。女子と関わりない自分からしたら、驚くべきことだ。
「まあ、でも良いんじゃない?サ◯ゼ行こう」そう言うと音坂さんはサイゼの方へ歩いていく。なんか女子って決断に時間がかかるってイメージを持っていたが、案外サクッと決めるもんなんだな、と勝手に感心する。
自動ドアをくぐる。「いらっしゃいませ」と声がする。
「ふたりでーす」音坂さんは早速ピースサインを作って店員に言った。女子と二人でサ◯ゼというのは、当たり前だが初めてだ。急に気まずくなる。それにも関わらず音坂さんは店員に案内されるがままに歩いていく。僕もはぐれないように後ろをついていく。
案内された席は丸椅子2つを向かい合わせにセッティングした小さめのテーブルだった。音坂さんは奥の方の椅子に座ったので僕は手前の椅子に腰をかける。いくら話が弾んたとはいえ、女子と二人きりの食事なんて初めてだぞ。前を向くとそこには音坂さんの顔があった。いやかわいいな。僕は思わず下を向く。
「リュウくん、突然無口になってどーしたの」音坂さんは不思議そうに訊いてきた。
「あ、いや。なんか頼もう!」大げさに顔を上げると音坂さんをガン見してそう言った。
「もしかしてリュウくん、緊張してるの?ただご飯を食べるだけだよ?なんか今からセックスでもしそうな空気感出してますけど」
「あ、うるせえ!」俺は椅子から立ち上がると思わず音坂さんの口元を手で塞ぐ。すると音坂さんは満足したのかにやりと笑った。
コイツは……。くそ、緊張してなんか損した気分だ。僕はメニューを取り出すと、さっきとは打って変わってぶっきらぼうに発言する。
「何食べんの?自分はいつも通りパスタ」
「ふーん。じゃ、同じのでいいや。あ、けどドリンクバーは必須だね」
「必須なんだ?まあ、じゃ自分もドリンクバーいれて……、全く同じの2つ頼むから」
「オッケー。あ、もしかして別の頼んで食べ合いっこでもしたかった?」
「しないよそんなこと」僕は音坂さんをそんなふうに適当にあしらう。テーブルのブザーを押して、店員を呼ぶと、僕は食事を頼んだ。
ドリンクバーで飲み物を注ぎ、しばらくして食事が届くと音坂さんは「いただきまーす」と言ってパスタを口に入れる。
「アッツ!」顔をしからめた。
「そりゃそうだろ」僕は音坂さんの飲み物を手で渡す。
「ファー、ありがとう」
「明石家さ◯まかな」僕が呆れたように言うと、少し顔を緩めて「ホントにありがとう、やけどする」と言って飲み物を流し込んだ。
♢♢♢
「美味しかった。時間は、うん。まだ3時だね。どこ行こっか?」食事を終え、飲み物を飲みながら音坂さんは言う。
「うーん。そうだな、今日は本来本屋をぶらついた時点で帰る予定だったからなあ……、音坂さんこそなんか行くアテない?」
「行くアテか……」少し迷うような素振りを見せると、音坂さんはなにか思いついたようで、笑顔で発言する。
「あー、そういえばさ。リュウくんの家ってどこら辺なの?」
「ん、ああ。東札幌駅のあたりだけど……」
東札幌駅は札幌都心部、大通駅から東西線で東に3駅の駅だ。因みに新札幌はその東札幌から東に更に7駅なので、僕はどう考えても大通に行くほうが近いのだ。
「へえ、それじゃうちと結構近いよ。私はバスセンター前駅の近くに住んでるもん」
バスセンター前駅は大通駅から東に一駅。もはや大通は徒歩圏内である。
「もうそれはわざわざ新札幌に来る意味がわからないな」
「人の事言えないっしょ。私たち、高校に至っては大通より西なんだから。正直、本屋でリュウくんを見た時は『もしかしてこの人、私が新札幌に来てるの知っててやってきたのかな?』て思ったもん」
「んな訳あるか」冷静に対処する。
「冗談、冗談。というか、それならさ。リュウくんちが東札幌だって言うなら、丁度私の帰り道の途中じゃん。ちょっと寄って行って良いかな」
「はい!?」突然のブッコミ発言に、冷静を保ってた僕は思わず声を裏返して驚く。
「うん、やっぱりその反応、いいね。童貞感出てきたじゃん」
「うーん」なにも言い返せない。酷い。
「いや。実際さ。寄って良いの?」
「駄目。今日は親いるし、第一いま部屋が汚い」
「ふーん。そうなんだ。今日は親がいないってことは、明日は居ないの?」わりかし真面目なトーンで訊いてくる。
「うん、まあ8時位までいないけど。まさか本気で来るつもりでいます?」
「じゃあ逆に、来られるのは迷惑でしょうか?」
「め……」ここは、反逆する場面では無いか……。
「迷惑ではありません……」
「良かった。なら明日は一緒に帰ろうね」
「一緒に……」僕は思わず下を向く。まじかまじか。これ夢じゃないよな!?思わず有頂天になる。いや、まてまて。
「僕、明日部活だけど」
「あ、そうか。リュウくんは確か陸上部だものね。アハハ、そうだった!私もバレー部だった!うっかりしてた」何故か音坂さんもテンパったように言う。
「うん。だから一緒に帰ることぐらいしか出来ないよ」僕はそう言って口を塞ぐ。ナチュラルに部活後一緒に帰ろうとか提案してしまった。
「フフフ。それはありがたい提案だね。オッケー。約束せえよ」
「あ、はい」
僕が応えると、音坂さんは案外まんざらでもないように笑った。
♢♢♢
この日は結局、このあと帰宅の途についた。一緒に地下鉄に乗る。地下鉄は新札幌が始点であるから座って乗れた。
「音坂さん。ちょっとくっつきすぎ」あまりに近くに腰を降ろして来たので思わず言う。身体の側面がピッタリと音坂さんとくっついている。刺激が強い。
「いや、これから混んで来るじゃん。やっぱり席って詰めて座ったほうがいいでしょ?違う?」
「違うく無いです」僕がそう言うと音坂さんはにやりと笑う。
「だよね。あー、密着し過ぎで興奮でもしてる?もしかして勃起……」
「ポッキー旨えなあ!!」僕は謎の誤魔化し方をしながら音坂さんの口を自分の手で塞ぐ。
「黙ってくれ、ここ公共交通機関だよ!TPO、TPO」僕は小さな声で音坂さんに呟く。
「モゴモゴ」音坂さんは僕の手の中で口を動かす。すると突然、僕の手をなにか湿ったものがサラリと撫で回す。
「ふぉ!!」僕は思わず変な声をだし、手を引っ込めた。こいつ、僕の手を舌で舐めよった!!
「リュウくん。君、私の唇を今日は二回も勝手にふれたよね。流石だよ」
「流石というか、音坂さんのせいでふれざるおえなかったというか……」
「触れざるおえなかった、か」音坂さんは意味ありげに言うと、更に体を僕に寄せてくる。僕の横は扉との仕切りになっていて、逃げ場がない。
「さ、流石に詰め過ぎでは?」
「さっきも言ったじゃん。これから混んでくるからね。詰めざる負えないよね?」そう言って肩を僕に寄せてくる。これはもう恋人の距離感だろ!!僕はなんとか無心を保つために、席の真正面を見る。そこには気難しそうなおっちゃんが居た。ものすごく不機嫌そうな顔をしながら僕らを睨んでた。マジですみません。
♢♢♢
「間もなく東札幌」と言うアナウンスが流れた。やはり日曜の夕方だけあって立ち客がかなり居た。もう準備をしておかないと、降りれなくなりそうだ。僕は結局肩に寄りかかったまま寝てしまっていた音坂さんに声をかける。
「音坂さん。降りる」
すると音坂さんは目を開けると、大きく欠伸をして、体制を立て直した。
「じゃあね。また明日」音坂さんが言う。
「うん。じゃあね」僕はそう応えると立ち上がった。丁度それぐらいで電車の扉が開いた。僕は吐き出される乗客の波に乗って、電車から降りた。すると、あっという間に電車は発車していった。
ある程度ホームの人の流れが落ち着いてから、僕はひとり、静かに頬をつねった。
「夢では無いな」妙に落ち着きながら呟いた。