18
よし、1着だ。桜木さんが立っている位置に辿り着いた瞬間、僕はそう思った。だが本当に最後の最後だった。僕の横を誰かが通り過ぎていった。
工藤だった。
結局僕は2着となった。工藤とほぼ同時に河川敷の横の草むらに倒れ込む。すると工藤は叫んだ。
「ちょ、長距離の意地だけは見せたぞ!」そう言うとニヤリと笑った。
「やっぱり、工藤は強いな……」僕が息を吐きながら言うと、工藤はバンと立ち上がった。
「長距離の座だけは、死んでも高崎や河越に渡すものか!いや、事実かなり危なかったっちゃ危なかったが」
そんな事を言っていると、飛河……と須藤が同時にゴールをした。物凄い追い上げをしたな、須藤……。須藤はそのまま草むらに倒れ込んだ。
僅かにだが、須藤は飛河に勝っていた。須藤は寝っ転がりながら俯きで手を突き上げた。
「マジか……」飛河は須藤に続いて草むらに倒れ込む。いや、ホントに須藤ってこう見ると物凄く可愛い後輩なんだがなあ。僕はこの前の出来事を思い出す。何故彼は、僕が音坂さんと付き合ったことに嫌悪感を出していたのか。
1年の篠津聖斗が言うには、決して音坂さんが好きだからとかそういう理由じゃないと言っていたが、それは一体なんなんだよ。
そんなことを思っていると、突然、桜木さんがストップウォッチを工藤に渡した。
「あの、すみません。工藤先輩。タイム計測の続き、やっておいてもらえないでしょうか?」
「え、何故に……」工藤はそう言いかけるなり、桜木さんの顔を見てニヤリと笑った。
「なるほどなるほど。そういうことか。ならしっかりとトドメを刺してくるといいさ」そんな物騒なことを言い始めた。なんだよトドメって!
そんなことを思いながら、僕は道端に置いておいた自分のスポドリを取るために立ち上がった。すると桜木さんは、いきなり僕のスポドリを取ると、河川敷の向こうへ走り出した。
「え、どういうこと!」全く意味がわからず呆然としていると、須崎が突然大声で叫んだ。
「高崎先輩!姫華を追いかけてください!」そういう。全く理由がわからないが、須崎が必死でそう言っているのだ。しょうがない。桜木さんを追いかけよう。僕は最後の体力を振り絞って、桜木さんの背中を追った。
追いかけていくと、どんどん桜木さんの背中は近づいてくる。200m程走ると、桜木さんは力尽きて、道端の草むらに座った。
「はあ、はあ。やっぱり私って体力がない」部活用ジャージを羽織っている桜木さんは、露出してる足元や顔を赤くしながらそう言う。
「お疲れ……。というか、どうして僕のスポドリを盗んで走り出したの?」僕は桜木さんの横に座り込んでそう訊く。
「いや……。私は」ためらいながらそう呟くと、やがて意を喫したようにしっかりと声を発した。
「高崎先輩と、二人きりになりたかったんです」
「え?」僕が訊き返すと、桜木さんは僕の飲みかけのスポドリのペットボトルの蓋を開けると、それに突然口を付けた。陸上部は実は異性間の飲み回しに対して耐性がついているのだが、シチュエーションがシチュエーションだった。僕はそんな出来事に戸惑ってしまう。
「高崎先輩、どうぞ」桜木さんはそう言うと、そのスポドリを僕に差し出してきた。一体どうすれば良いんだろう。そんなことを思いながら戸惑っていると、桜木さんは冗談です、と呟くとジャージのポケットから新品のスポドリを取り出して、僕に渡してくる。
「いや、これは悪いような……」僕がそんなことを言うと、桜木さんは「それじゃ、高崎先輩が元々飲んでいたスポドリを飲んでください……。私も、飲んじゃいましたけど」いたずらにそう言う。僕は混乱してきた。どうしてこんなことをするんだ。桜木さんは決していたずらをするような子ではない。そんなふうに戸惑っていると、桜木さんは体育座りをしながら、その足元に顔を埋めて喋り始めた。
「ごめんなさい」
「え……」桜木さんはいきなり謝罪の言葉を述べた。
「ごめんなさいって、何が……」
「いや、今の行動。どう考えても突拍子もなくて、馬鹿みたいじゃないですか」
「ん……。でもどうしてこんなことをしたの?」
「それは……。だって私は、高崎先輩が好きでしたから」
「え……」
「それなのに、ずっと気がついてくれなくて。そんなふうに思い続けて、逆に気がついたら、なんと音坂先輩と付き合っているなんて。なんだか、とっても悔しくて。つい、いたずらをしてしまったって訳です」桜木さんは顔を埋めたままそう言う。
「そうなんだ」もう、音坂さんと付き合った以上、こういうことにはしっかりと区切りをつけなければならないと感じている。しかし、罪悪感というのは心の中で渦巻いている。これは、やはりどうしようもないことなのだ。
「だけど、やっぱり高崎先輩はカッコいいです。いつだって本気出して頑張っているし、負けず嫌いだし。それに、音坂さんなんていう人気者を恋人にしてしまうのだもの。うん。我らが陰キャ界の星って言う感じですかね」
「陰キャ界の星……。その言い回しは工藤に毒されてないか……」
「いえいえ、そんなことはないですよ。本音ですから」
「本音なのね」それはそれで酷いな。
「だから、あの。高崎先輩は何も気にしないで頑張ってください……」桜木さんは顔をあげると、ふと寂しそうにそういった。その瞬間、突然先程のゴール地点から、誰かがこっちに向かって走ってきた。
「姫華ー!!」
それは、須藤だった。




