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昼休みになった。豪樹は大概教室に居て僕とくだらない話をし合うのが定例であったが、空気を呼んでか立ち上がるなり「それじゃ、俺はコンピューター教室で遊んでくるから」と言って教室を出ていった。
するとシームレスに音坂さんがやってきた。
「豪樹くん、これからはコンピューター教室でネトゲ友達の後輩と遊ぶことにしたんだってさ」そう言うと迷うこと無く豪樹の席で弁当箱を広げる。
「申し訳ないな……」
「いや、向こう側もネトゲ友達と遊ぶのは結構好きらしいし。そこを申し訳ないなんて思うのも逆に失礼だよ」
「た、確かに」ホントに、あいつはいつも僕のことを気にかけてくれるな……。ガチでいつかご飯のひとつでも奢ってやらなければ……。
「まあ、それは良いとして。リュウくんも机をターンさして、向かい合わせになろうよ」
「机の向かい合わせかあ……」そんなの小学校の給食時間以来だぞ。当時、机を向かい合わせるなり、完全に不服そうな顔をする向かいの女の子の顔が脳裏をちらつく。今思い出すんじゃない!!
僕は音坂さんに言われた通り机を回転させると、豪樹……、もとい音坂さんの机にピッタリとくっつける。僕はそれから自然と音坂さんの顔を見る。その顔は穏やかで、完全に僕を受け入れてくれている顔だ。意識すると、本当に今の状況が奇跡のようで、なにか昔の記憶と乖離できそうな気がする。
「付き合ってくれてありがとう」僕が素直にそう言うと、音坂さんは弁当箱の蓋をポロリと落とす。
「え、え、凄い急だね」
音坂さんは顔を真っ赤にして慌てた。いや、なんというか。本当にうぶな感じがして良いんだけどさ。
「小学校の昼休みって、いい思い出が無かったからさ。豪樹もまだいなかったし」
そうポロリというと音坂さんは人差し指を僕の口に当てた。
「ネガティヴ禁止!!うん」そういうなり音坂さんは人差し指を立てていた手を動かして弁当箱からプチトマトを素手で拾い上げると、ヘタを取る。そしてそれをそのまま僕の口元へと運んでくる。
「ほら、こういうのは今まで昼休みにやったこと無いよね。はい、あーん」
「へ!?」完全にしてやられた、である。僕は自分でもわかるくらいに顔を赤くしてしまう。さっきとは完全に逆のポジションである。
「ホラホラ」プチトマトは僕の口にどんどん近づいてくる。これは逃れられない。僕は観念したように、自らトマトにしゃぶりついた。しかし思った以上に音坂さんの手が僕の口に近づくスピードが早かったのだ。音坂さんの指先もまとめて口に含む羽目になってしまった。
「うーん、く、くすぐったいよ、リュウくん」なんか艶っぽい声で音坂さんは言う。柔らかい音坂さんの指先の感触がもろに舌先で感じる。僕は大急ぎで歯を立てないように音坂さんの指から口を離す。
「じ、事故だこれは……」僕は思わずそう言うと音坂さんはクククと笑う。
「狙ったんだけどねえ。ま、これでネガティヴな感情も飛んでいったんじゃないの?」
「それはそうだが……」
僕がタジタジしていると、村川グループの女子、……何故か僕をわりかし気に入っているらしい福田さんが僕らの近くに来るなり、一言ポツリという。
「咲香、刺激が強すぎると思うよ、それ。高崎然り、この周りの童貞達然り……」とわりかし真面目なトーンで言う。
「それは、確かに」僕は思わず首を縦にふる。マジで音坂さんの詰め方はやばいんだよ。学校で勃起しかねない。
「いやー。でもリュウくんもムッツリなんだよ。ね、エッチな雑誌を少年誌に挟んで買いに行くからね」
「いや、え?なんで!バラすなよ!」ナチュラルに暴露しやがった!!
「だからさ、いったじゃん。私達、正直になろうって。私だって、男のチンコ写った雑誌を探して本屋を練り歩いてんだからさあ」
すると福田さんは笑顔で吹き出して笑う。
「一般的な本屋で探しても絶対出てくるはず無いわ。そんなに欲しいなら高崎くんと一緒にアダルトショップに行けばいいよ」
「あ、それは妙案。リュウくん、それじゃ、今度はアダルトショップでデートでもしようか?」
「アダルトショップデートなんてもうそれムッツリでもなんでもないんだよなあ……」
「ただのスケベだなそれ」福田さんはそういうなり、少し僕達に近づくと音坂さんと僕にだけに聞こえるような小さな声でいった。
「ねえ、高崎くん」福田さんは突然、僕に呼びかける。
「え?」
「まあ君たちが素直になるとなんの言うなら、まあ私も素直になろうと思うんだけどね」そう前置きすると福田さんは少し照れたように言う。
「あの。高崎くんって私が幼稚園同じだったの覚えてる?」
「同じ幼稚園?」突然衝撃的なことを言われる。待てよ、福田?全然記憶に無いな。福田の下の名前は確か……薫風。まさか……。
「かおちゃん?」僕が訊ねると福田さんは頷いた。
「正解」そう言うと福田さんは安心したような顔をする。ふと音坂さんの方を見ると明らかに不服そうな顔をしている。いや、そうは言ってもですね。だって昔のかおちゃんはあの……、物凄くお嬢様っぽかったはずなんですがね……。
「全然、かおちゃんだとは思ってなかった」
「まー、そんなことだろうとは思っていたけどね。しかしまあ本当に高崎くんは昔からブレないね。何も変わってない。まあまさかムッツリだとは知らなかったけど」
「それは忘れてください……」
「冗談だって。でも、なんていうか。あれだな。高崎くんは咲香が初彼女だっけ」
「そうだけども」
「そうかー。幼稚園の頃とか、かくいう今もか。小学校の頃は知らないけど、高崎くんって結構好意を向けられているのに、全く気が付かないナチュラル畜生キャラっていうイメージなんだよね、私の中じゃ」
「ま、マジか」
「マジで。まあかくいう私もそのナチュラル畜生に苦渋を飲んだ女の一人なんだけど」福田さんはそう言うと照れるように顔を背けた。それは申し訳無さ過ぎる。
「それは、ごめん」
「いいんだよ。それが魅力でもあったわけだからな。だからこそ、咲香が、ガッチリと高崎くんをホールドできたのは凄いことだと思うよ。コイツガチで鈍感だから」
「カオル……」音坂さんは福田さんがあんまり得意では無いと言っていたが、それでも真剣に耳を傾けていた。
「これはまあ、高崎くんが選択したのは咲香だったって言う、ある意味での事実だからね。ようやくここまで来たか、リュウくんって感じだよ、ホントに」そう言うと福田さんは笑った。曇りは一切ないその顔は、やはり昔良く見たかおちゃんであった。
「ということで、鈍感野郎には刺激が強すぎるって事で咲香の暴走を止めに来ただけの割には、色々喋ってしまったわ。ごめんね。二人の時間邪魔して」
そう言うと福田さんは片手を上げて廊下へ出ていった。しかし、田中は自分の机で一人でスマホを弄っている。一体福田さんはどこへ行き、及川はどこに消えたんだろうか?そんなのを思っていても仕方がないのだが、なんか田中は機嫌が悪そうである。僕に原因がある可能性は大いにあるが、もうどうしようもない。覚悟はしていたから。
そんなことを思っていると、音坂さんは突然、呟いた。
「かおちゃん、か」僕は思わず音坂さんの方を見る。すると僕の方を見つめて言った。
「リュウくん、君は彼女である私を下の名前で一回も呼んだことがないのに、ねえ」
僕は背中にゾッと電気が走ったような感覚に陥る。これが嫉妬ってやつか。僕には無関係なものだと思っていたが、なるほどこれは恐ろしいものですね。




