13
「あれ、音坂さん。おかしいな」そう言うと青野さんは自然に僕らのテーブルの、音坂さん側に座った。
「あー。はは」音坂さんはなにも言えなくなっている。
「付き合って無いって言ってたよね。私が、高崎くんが好きだってことも伝えたよね?」
「うん、そうだけども」音坂さんは全く言葉が出てきそうにない。しょうがない。僕が声を出さなければ。
「いや、実はね、今日告白されて」そう言いかけると、青野さんは僕を睨む。
「ごめんけど、高崎くんは黙っててくれない?」かなり押し殺したような声で言う。僕はなにも返せない。
「それなら更に疑問が増えたよ。咲香」急に青野さんは音坂さん呼びから咲香呼びに変える。「なんで咲香は私が高崎くんが好きだってことを知ってから、高崎くんに告白したの?」
「それは……」
「奪われたくないから?」青野さんが訊ねると、音坂さんは素直にコクリと頷いた。
「昔から。昔から咲香は、私の好きなものを奪ってゆく」そう言うと青野さんはグッと唇を噛みしめる。
「む、昔から……?」そう発言したのは音坂さんだ。反応からしておそらく予想外の発言だったのだろう。
「中学校の時だよ。古河くん」
青野さんはそういった。すると音坂さんは一度面を食らったような顔をしたが、今度は逆に音坂さんは少し笑う。
「隙華、古河が好きだったんだ」
「……なに、咲香」青野さんは、逆に面を食らった顔をする。意味がわからない。そうとでも言いたそうだ。
「それなら、私は隙華から古河を奪ったわけでは無いよ?」
「そんな訳ない。だってあの時、咲香は。咲香は古河くんと付き合っていた」
「付き合ってないよ」そう言うと、音坂さんは意図的になのか、お腹を擦る。
「奪われたんだよ。すべてを」
「ど、どういうこと?」青野さんは動揺している。
「付き合ってって言う言葉にイエスと応えたのはホントだよ。本意では無かったけれど。それに家に招待されたので行ったこともある。でもそれは殆ど無理くりだった。私のヒエラルキーはどうだった?物凄く下部だったよね。それで古河は物凄く上部だった。断ったりでもしたら、私に何があるかなんてわからない。殆ど恫喝に近いような感じで連れてかれたんだよ」
「古河くんはそんなことしない」
「するんだなあ。それが」音坂さんは上の空のように言う。それから、急に涙を零し始める。
「咲香はそうやって泣いて誤魔化そうとするの?」
「古河はそうやって私の初めてを奪ったの。強姦だよ」
「嘘だよ!」
「嘘じゃない!」音坂さんはテーブルをダンと叩いた。きっと音坂さんは嘘をついていない。スクールカーストへの嫌悪感。そのすべてがきっとここからやってきたものだ。音坂さんが今、事実上スクールカーストの上部にいるのも、そんな出来事が起きないようにと努力した結果だと考えれば合点いく。だが、当の青野さんは納得してないようだ。音坂さんは痺れを切らしたように口を開く。
「隙華ならわかってくれると思ってたけど。駄目なんだね。いいよ。でもそんな大嫌いな男たちの中に、私はようやく安心できる人を見つけた。それがリュウくんだから。それだけは確かだよ」
「そうなんだ」そう言うと青野さんは立ち上がった。
「高崎くん」すると突然、青野さんは僕を呼んだ。
「え」思わず僕は声をあげる。
「高崎くんは、咲香が好き?」
突然の質問に驚くが、僕の答えはひとつだ。
「好きだよ」
そう言うと青野さんは微笑んだ。
「ホント高崎くんって素直。やっぱりそういうところが好きだな」そうやって微笑んできた。
「素直……かな?」
「素直だよ。なら、高崎くん。私は正直まだ咲香に嫌悪感というか、まだ信じきれていない部分があるからさ。私の代わりに、咲香を信じてあげてね」
「ひ、隙華!」音坂さんはそんな青野さんの言葉に驚いて立ち上がるが、そんな音坂さんの口に青野さんは人差し指を触れた。
「咲香は絶対に高崎くんを大事にすること。分かった?」そう言うと青野さんは音坂さんを軽く睨む。
「……分かった」音坂さんは静かに呟いた。
「それなら、私は帰るから。会計はしといてあげる」そう言うと僕らがなにも言わないうちに伝票を持って外へ行ってしまった。
それからしばらくして、音坂さんは頭をテーブルにつけて、泣いた。
「リュウくん。私って酷いね」
「いや。僕だって。なにもできなかった。いや、何も知らなかった」僕はそのせいで結果的に音坂さんと青野さんを苦しめた。だから、僕にはそのどちらかが悪いという資格もない。
ただ、やはりこれから僕は自分は好かれてないとかいう自分自身を卑下するようなことを考えるのはやめよう。
素直っていう、僕の良いところを大切にしよう。
♢♢♢
「リュウくん。今日はホントにごめんね」そう言うと音坂さんは頭を下げた。
僕が東札幌駅まで送っている間、音坂さんは一度たりとも僕の手を握ろうとしなかった。僕から握ろうとも思ったが、今音坂さんにふれること自体が、彼女を傷つけてしまいそうだと思って自重した。
「いや。でも今日の音坂さんからの告白は嬉しかったよ」
「ほぼ略奪的な感じだけどね」
「違うよ」僕は言った。音坂さんは僕を見つめる。
「僕が音坂さんと一緒になれたのは、新札幌で偶然会えたからだから。それは略奪でもなんでもない。運命ってやつだから。罪悪感なんてもし持っているなら、すべて捨ててしまえばいいよ」僕はそう言うと音坂さんの肩をボンボンと叩いた。
「わかった。ありがとう」
「だから僕も正直にいようと思う。もしよければさ。学校でもちゃんと仲良くしたいな」僕がそう言うと音坂さんは彼女らしく笑った。
「うん。そうしよう。素直にチンコとかマンコとか言おうね」
「そういう事では無いんだなあ……。ムッツリって言う部分まで素直にオープンにしてどうすんだよ」
そこは僕たちだけが分かり合っている、特別なことなんだよ。
「ま、それは冗談だけどさ。リュウくん、別に無理はしなくていいからね?」
「大丈夫だよ。むしろ楽しみ」
「……そうなんだ。なら良かった」そう言うと音坂さんは軽く僕にハグしてきた。なんか、ようやく思春期らしいスキンシップができたな。僕はやけに感動しながら、音坂さんの頭を軽く撫でた。
♢♢♢
「ただいま」僕は家の玄関の扉を開ける。
「あ、お帰り。2日連続で外食だなんて、本当に珍しいわね」母は心底驚いたように言う。
「……あのさ、母さん」僕は少し息を吸った。
「なに?」
「僕さ、彼女が出来たんだ」僕がそう言うと母は驚いたような顔をした後、ふっと柔らかい笑顔を作った。
「……学校以外は1人が好きだからとか言って友達と遊ぶことさえ無かったのに、そうか、龍一も気が許せる子ができたんだね」そう言うと母は僕の頭に手を乗せた。
「うん」僕は頷いた。
「しかし女の子だとはね。ま、気が許せる相手に性別なんて関係無いか!」母はニコリと笑うと、僕を手を洗うように洗面所へと押しやった。
手を洗い、タオルで拭りながら鏡を見る。僕の姿は昔とあまり変わっていない。だけど、環境は大きく変化した。
……僕はふと豪樹を思い出す。豪樹は中学生の時からのある意味腐れ縁のような男だ。あいつも僕と同じく姿は昔とあまり変わってない。しかし裏では様々な繋がりを作っている。そんな中で僕と話したり、たまに遊びに誘ってくれたりする。
それなのに僕は豪樹と親友だと思いつつ、自分から遊ぼうだとか言ったこともなかった。誘われるのはいいけど、わざわざ自分から一人の時間を消費するのは気が進まない。そんな思いだった。
だがここ数日、音坂さんと触れ合って僕は気がついた。
意外に、誰かと一緒に遊ぶのは楽しい。勿論、1人が好きなのに変わりはないんだが……。もっとこう……。
扉を開けてみなければならないな。そう感じた。




