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第四話

 今日俺はある発見をしてしまった。

 一般的に学校の昼食時間は食堂なり教室なり中庭なりの場所を決め、食べ終わるまではその場所に縛られてしまう。

 しかし、しかしだ。もし食べながら移動することができたら……?




 俺はコンビニ弁当を食べながら日課の校内散策を行っていた。狙いは乙葉つむぎに絞ったものの、日頃の活動を怠ってしまうのは良くない。それに今日はこうして偉大な発見により、自身が弁当を「食べ終わるのを待つ」時間をなくすことができた。日々、進んでいるのだ。


「うわっ」


 食べながら歩いていると、生徒指導の教師を遠目に発見した。俺は現在ひとつたりとも校則を破っていないが、何を言われるかわかったものではない。

 気のせいかもしれないが最近俺の校内巡回ルートでよく生徒指導の教師を見かける気がする。まさかとは思うが、見回りのつもりだろうか。俺を監視するための……。まさかな。


 いつもの巡回ルートから折れて、生徒棟から特別教室棟へ進路を変える。通常の休み時間であれば移動教室で生徒の往来がある廊下だが、昼食時間に入ってしばし、授業開始までは時間があるため人気はない。一階と二階の外廊下を満遍なく歩き、三階へ上がる階段を登っていると、女子の声が聞こえて来る。複数人ではなくひとりで喋っているようなので電話でもしているのだろう。


 気にすることもなく階段を登り終わり、左側の壁が去って視界に三階の廊下が現れる。そして聞こえていた女生徒の言葉の中からある単語だけが鮮明に聞き取れた。


「入華ちゃん」


 俺は咄嗟に身を引いて体を隠す。背後が階段であったことを忘れていたため足を踏みはずし横転しそうになるも、手すりに掴まりことなきを得た。弁当は失った。勢いづいて吹っ飛んでしまった残りの米と具が階段に散らかっている様を見て、俺はやるせない気持ちになっていた。


「いいじゃん! もっと入華ちゃんとお話ししたいし! …………えー……じゃあお金払う! ……えっと、じゃあ毎日、合計一時間電話するだけで月五千円はどう⁉︎ ……え? じゃ、じゃあ……七千円……? えっえっ……じゃ、じゃあ一万円! 一万円払うから!」


 体を隠しながら改めてその姿を見る。丁寧に手入れされたサイドアップの艶のある髪。校則にかからないほどの軽い化粧。ほっそりとしたシルエット。俺はこの女生徒のことを知っている。


 ものの二分足らずで電話は終わり、女生徒は手すり壁に背中を預けスマートフォンをいじり始めた。すぐにでも立ち去ってしまうかもしれない。

 俺はなるべく音を潜めて彼女に向かって歩き出す。彼女は周りに気を配ることなくスマートフォンに注意しているので一、二メートルあたりまで接近しなければ気づかれまい。


 俺はクマに電話をかけつつ、女生徒――佐藤色音にさらに向かっていく。佐藤色音は俺のひとつ下。そしてなにより重大なのは、彼女がヒロインのひとりだということだ。


 少し前に、入華のアウトソーシングでクマが一年生のヒロインたちのことを調べてくれた。その際の佐藤色音に対するクマの評価は「イチオシ」。それも頷けるほど彼女は可愛かった。わずかに幼さを残す凛々しい顔立ちは、どこか入華に通ずるものがあり、鮮やかさに欠ける黒い瞳はいつまでも見ていられる。


 佐藤色音が操作していたスマートフォンを持ち上げ耳に当てる。俺はその動作を見計らい、言った。


「入華が小学生の時の運動会の動画と写真あるけどいくらなら買う?」


 俺はおそらく通話状態になっているであろう自分のスマートフォンではなく、二メートルほど前に立つ佐藤色音に向かって質問した。返事は、目の前の少女の口から出た。


「三万円で買います!」

「お前かい‼︎」

「えっ」


 ピクッと肩を跳ねさせた佐藤色音は、首から下を一切動かさず、表情も固まったまま顔だけゆっくりこちらに向ける。さながらアンドロイドのような動きだった。


「……最悪だと思わねえか? 大した欠点もないと思ってたヒロインに重大な欠点が見つかった時ってさ?」

「…………」

「なぁ……『クマ』」

「……えっと、えへへ……え?」


 まさかクマが同じ高校に通う生徒だとは思いもしなかった。ストーカーするくらいなのである程度の年齢、二十代以上の男性だとばかり思っていたが。


 しかし……。ヒロインたちの中から選定する際に佐藤色音に関しては特にこれといったマイナス要素はなかったが、結局同級生の同性の女をストーカーするような人間だった。人間、良いところばかりではではないのが常ではあるものの、うちの学校の女生徒たちはこればかりだ。


「な、なんで……ここはいつものルートじゃないんじゃ……しかもまだ食べてる時間……のはず……」


 佐藤色音、もといクマは口元を引き攣らせている。そしてその言い草だと俺の普段の行動は筒抜けらしい。さて、どうしたものか。


「高橋‼︎」

「わっ!」


 後方から怒鳴り声がした。聞き慣れた声で、振り向かずともそれが生徒指導の教師のひとりだとわかる。そして俺の背後には下の階へと続く階段があり、その階段には俺が先ほど散らかしてしまった有機物が転がっている。……嫌だなぁ。


「弁当が落ちてるが、これやったのお前だろ?」

「先生違います!」


 俺は言いながら振り返る。


「こいつが! この佐藤色音がやりました!」

「えっ⁉︎ 違います!」


 ビシッと指差すと反射的にクマが反論した。


「いい加減にしろぉ高橋ぃ……!」


 俺の小さな抵抗など無視してガタイのいい教師が近づいて来る。


「今すぐぜんぶ拾え! 午後の授業で生徒が通るからな!」

「たしかに俺の弁当ですけどこぼしたのはマジでこの佐藤色音のせいなんです! なのでこいつにも!」

「お前二年生だろ? なら佐藤がやってようがやってなかろうが歳上のお前が片付けろ」

「は、はぁ? じゃあ俺より十歳以上歳上の先生がやれよ!」

「やるか! ゴタゴタ言ってないで早くしろ!」


 なぜ俺ばかりがこんな……。不平不満を言いたくて仕方がないが、聞かれてしまうとまた大声が飛んでくる。なので口を引き結んだ。もういい。抵抗するのも疲れた。心を殺して従おう。


「クマ、放課後残っとけよ。俺たぶん校則違反したわけでもないのにまた反省文書かされるから」

「なーにが違反したわけでもないのにだ! いい加減校則違反しろ! こっちも正式にお前のことを処理できなくて困ってるんだよ!」

「なんだよ違反しろって⁉︎ 教師の言うことか! それに校則違反してないってことは俺は模範的生徒ってことだろうが!」

「お前が模範なわけがあるか。お前に法が追いついてないだけだ!」


 なんなのだ教師は。これが生徒の手本となる大人の姿なのか?


「あのー、先生、私教室に戻ってもいいでしょうか……? まだお弁当食べてなくて……」

「おお、佐藤は戻っていいぞ」

 申し訳なさそうなクマを教師は帰そうとする。


「すみません。じゃあ、おにー……高橋さん、後で……」

「後でじゃねえだろ今だ今! 手伝え!」


 誰のせいでまだ食べられたはずの弁当を台無しにしてしまったと思っているのだ? お米一粒には神様が七人宿ると言うし、ざっと二千柱の神が転落死したのだ。それを弔わずして天国に行けると思うなよ。


「手伝わなくていいから早く教室に戻ってくれ! 高橋が騒がしい。ほら高橋、ビニールでも使ってさっさと拾え、まったく……」

「そ、それじゃ……!」


 クマは非道にも反対側の階段へ向かって駆けて行ってしまった。俺は件の階段まで連行される。


「くっ……。それで? 先生はなんでこんなのところいるんですか」


「お前が問題行動を起こさないように見回ってるんだよ。その甲斐あったな。……ったく、校舎への落書きなら指導できたんだが、今回は食べ物をぶちまけただけだからな……また指導できない……」


 指導したくて仕方がないサディストか何かか? 悪いことはしていないのにどうして俺ばかりがこんな目に遭わなくてはならないのだろう。


「はぁ……」


 捨て犬のふりして乙葉つむぎを待ち伏せるあの作戦も、やはりというべきか、失敗。異常行動を始めた乙葉つむぎに危機感を覚えた入華が俺を回収して、続行は不可能となった。


 なにもままならない。ヒロインのひとりがクマであったと今発覚したばかりであるし。踏んだり蹴ったりだ。いや、リンチだ。


 ……待て。


 落ち込んでいた意識が持ち上がり、思考が早まる。


 クマはこれまで、自身の姿を晒したくないがために作戦に直接参加はしてこなかった。主に情報収集の役目で協力してくれていたが、物理的助力はまったくなかった。けれど、俺に正体を知られてしまった。ならば、もう現実の駒として使ってしまって良いのではないだろうか?


 あいつの秘密にしたかったことが明るみに出たため、もう隠し事を守るために生まれていた行動の制限はなくなる。それに佐藤色音は友達が多いようだし、対人能力は入華と比べ物にならないほどあるのは間違いない。


 佐藤色音クマもヒロインのひとりであり攻略対象なのは確かだが、今の目標は乙葉つむぎ。ここまで失敗が続いてしまったのだから使えるものは使っていく。




「……よし、帰っていいぞ」

「長くないですか⁉︎」


 生徒指導室にて反省文を書き終わった俺は教師に食いついた。


「いや高橋お前な、もう反省文書き慣れすぎてテンプレ化してるんだよ。中身が前に見た展開で予想通りの流れ……。挑戦もないし、作者の込めたいものだとか、こだわりが感じられない。ぬるい」

「反省文評論家ですか? てか反省してるんだからいいだろ!」

「本当に反省してる奴が逆ギレするか!」


 いい大人が子供の癇癪に逆ギレするな!


「ほら帰った帰った。佐藤がずっと待ってるぞ」


 教師が顎で差す先は生徒指導室の外。廊下の見える窓枠からスマートフォンをいじっているクマが見える。


「じゃ先生さようなら〜」

「おうお疲れ。気をつけて帰れよ。それともう校内で変なことはするなよ? 本当にお前のせいで校則が増えることになるぞ」

「いや俺模範的な生徒なので……そうなっても今まで通り校則は守るだけです。じゃ」

「次はもっと心動かす反省文書けよ。はぁ……」


 ため息を背にドアを開ける。なぜまた反省文を書く前提なのか。ちらと目だけで俺の姿を確認したクマは姿勢を正してスマートフォンをスカートのポケットにしまう。


「……お疲れ様です」

「なにがお疲れ様だお前。お前が俺のこと庇ってれば反省文なんか書かずにすんだんだぞ」

「いや僕ホントに関係ないですし! なんで僕にも背負わせようとするんですか⁉︎」

「…………お前普段から『僕』って使ってんの?」


 クマが男であると思い込んだ理由のひとつはやはりその一人称だろう。自分を差して僕と言う女もいなくはないが、僕を使うのは多くは男だ。


「あっ、ああ……。いつもは『私』です……。お兄さんと喋ると癖で……」


 入華の持っているぬいぐるみから出る声は加工もされていたし、一人称も変えることで意図して性別を伏せていたのだろう。たしかにこうして偶然見つけてしまうでもなければ彼女がクマだとは思わない。


「……」


 そんなことを考えている俺の顔をクマはじっと見てくる。


「……なに?」

「……いえ、別に……。まぁその……なにか、ないんですか? 僕の顔を見て」

「は?」


 なんだ、「なにかないんですか?」って。目と鼻と口があるだろ。


「可愛いんじゃないか、ヒロインのひとりってだけあって。入華ほどじゃないが」

「はぁ……。これまで散々可愛い可愛いと言われてきたので自分が可愛いなんてことはわかってますよ、まったく」

「なんだお前⁉︎」


 機嫌を損ねたのかふいっと横を向いてさっさと歩きだすクマ。面倒な人間は入華だけでも手に余っているのに。

 話をするために早歩きでクマの隣に並ぶ。


「なぁクマ、お前今まで身バレしたくないから直接俺の手伝いしなかったんだろ?」

「そうです」

「なら次、乙葉つむぎの作戦に付き合え。てかこれから一緒にうち来て作戦考えるぞ」

「はぁぁあああ⁉︎」

「おわっ!」


 いきなり大声を出すものだから驚く。クマらしくもない。下校からしばし経っているとはいえ人も疎らに居り、何名かはこちらを振り向いた。


「なんだよ急に!」

「いやいやいや、お兄さん?」


 クマは苛立ちをまったく隠す気がない様子で俺の正面に立ち塞がった。


「もう何回作戦失敗しました⁉︎」

「えっ……」


 何回だっただろうか。二回? 三回?


「に、二、三回……」

「はい。三回です。まだやる気ですか⁉︎ しかも目の前にいいヒロインがいると言うのに!」

「いいヒロイン……?」


 妹のストーカーがいいヒロイン?


「もう乙葉さんは難しいじゃないですか! そもそも関わりがないんだから! それと比べて僕はもう十分気心知れた相手ですよ⁉︎ こんなに可愛いし!」

「たしかに俺がヒロインに数えるくらいにはかなり可愛い方だけど乙葉つむぎと大差ないだろ。それに気心知れてないし。そもそも諦めるには早い」

「なんですかそれ……」


 クマはしょんぼりと聞こえてきそうなくらいにしょんぼりとした。


「俺考えてたんだよ、なんでお前が自分のことゴリ押すのか」

「……は、はい」


 打って変わってクマはそそくさしだす。


「入華に近づくためだろ? 攻略対象になるのは口実に適しすぎてる。現に乙葉つむぎだって俺ひとりじゃなんもできねぇから入華に頑張ってもらった。つまり、そんな目的のお前を攻略対象にしても別に楽じゃないし、逆に人手が減るだけだ」


 図星だったのか難しい顔をして数秒押し黙るクマ。


「…………ギクッて言っておきます」

「今の名推理だったろ!」

「はいはいそうですね。お見事ですね。よくできましたね。花丸ですね。通信簿に5付けておきますね」

「めんどくさいなお前……まぁいいや。このあと時間あるか? ないなら作れ」

「ええっ⁉︎ 友達との約束ならまぁ断れないこともないですけど、バイトだったり家のことだったらどうするんですか……」

「いやだから俺のことを優先しろって言ってるんだよストーカー。停学になりたいか?」

「急に怖……脅迫?」

「盗聴、盗撮、ストーカー規制法違反、肖像権の侵害、プライバシーの侵害……お前のその脅迫デッキと俺のデッキ、どっちが強いか決闘してみるか?」

「僕をお兄様の奴隷にしてください! 一生言いなりになります♡」


 クマは両手を祈るように合わせキラキラとした目で見てくる。校門を目の前にクマと話はついた。


「まったく……。ちょっと抵抗してみたただけでそんな気なんてないですよ、まったく。僕たちの仲じゃないですかまったく」


 実は俺たち他人なのだ。俺たちの関係を一言で表す言葉などない。もっとも近い関係性はやはり「他人」だ。



「あの!」



 その声が後ろから聞こえたので俺は何気なく振り返った。そして目を見開く。


 動きに合わせてよく跳ねそうなボブの髪。感情に揺れやすそうな大きな丸い瞳。すばしっこそうな華奢すぎない小柄な体。それは乙葉つむぎだった。


 ちらりとクマの方を見ると同じようにこちらを見ている。その目元を見るにクマも困惑しているようだ。俺より先にクマが乙葉つむぎに声をかけた。


「あーっ、隣のクラスの乙葉さんだよねー⁉︎ なになに〜どーしたの?」


 えっ誰? 今の声を本当にクマが出したのだろうか、と思考が止まってクマの横顔を凝視していると肘で突かれたので視線を乙葉つむぎに戻す。


「あ! えっと、佐藤さんだよね! で、えっと、そっちの人は⁉︎」

「この人は高橋輝倫!」

「え……リン?」


 人間の脳は不思議なもので、俺の名前を初めて聞いた者は必ず輝倫と正しく聞き取れず凜だと勘違いしてしまう。キリンという語は不思議な語感を持っているのだろう。「キ」なんてルフィの左目の傷にしか見えないし飾りだと思われているのだろう。


「高橋でいいよ」


 と返すクマ。


「なんでお前が言うんだよ」

「高橋さん!」

「一応学年は一つ上だけど学力は私たちと同じか下だからタメ口でいいよ〜」

「待てよ、なんでそんなこと言うの?」


 そもそも習っている範囲が違うのだから学力が同じなわけがないだろう。……学力とはなにで測るものだったか忘れてしまったが。


「じゃあ佐藤さんと高橋! あの、わたしいま探し物しててね! 宝くじのはずれ券落ちてなかったかな⁉︎」

「いやあの、乙葉、なんで俺だけさん付いてないの」

「えっ⁉︎ だって二年生でわたしと同じ学力ってことはバカってことだよね⁉︎ 自分よりバカな人にさん付けしなくない⁉︎」

「なんだその強めの価値観……」

「そんなことより乙葉さん! 宝くじのはずれ券ってなにー? なんでそんなの探してるの?」


 乙葉は結構なことを言っているのだがクマがすぐに話を戻した。


「あ! お母さんの形見なんだよね! 前に一回だけお母さんと宝くじ買った時のずっと持ってるんだ! お父さんとお母さん結婚式をしなかったみたいだから、当たったら結婚式しようね! って買った時にお母さんと話してたんだよ!」


 重⁉︎


「こんな話どうでもいいよね! もし落ちてたら教えてね!」

「……お、乙葉さん、ちなみにその宝くじの写真とかない? よかったら私とライン交換して写真とか送って欲しいなー。見つけたら連絡するよ!」

「本当に⁉︎ ちょっと待ってね! とんでもなく高画質の写真があるからそれ送る!」


 WiFiのないところでそんなもの送るべきではないが。しかし今のクマ、巧い。巧妙にも乙葉のラインを手に入れる流れを作った。俺にラインを渡してもこの状況なら違和感はない。それぞれ別れて探すから俺も連絡先を知ってる方がいいとかなんとか言いくるめて。


 スマホを取り出そうと、乙葉はスカートの横をゴソゴソとし、かと思えば素早い動きで身体中をパンパン手のひらで軽く叩き、終いには背後をきょろきょろ見た。


「スマホも失くしちゃった……!」


 乙葉は本当にショックなんだろうなと思える表情をすると、「探してくる〜!」と言いながら去っていった。

 俺とクマはそのうるささと速さに呆気に取られていたが。


「…………おいこれ、ぜっっっっこうのチャンス! だよな⁉︎」

「まさか乙葉さんの方から関わってくるとは……」

「クマ、あいつの行動範囲チェックしてるか?」

「あ、はい。乙葉さんのクラスの時間割はわかるので、あとどこで昼食を食べているかと、登下校する門くらいは把握できてます」

「それで大体は絞れるか……」

「まぁ通学ルートはわかってますけどさすがに校外で落としていたら探しようがないですし、そもそも校内でも風でどこへ飛ばされるか」

「取りあえずありそうな場所はぜんぶ当たってみるか。入華は……もう帰ってるな。できればここで俺たちの手で発見して好感度を上げたいが」

「そうですね」


 クマは声の調子を変え、でも……と語り出した。


「乙葉さんのお母様、亡くなられてたんですね……。わた……僕が調べた時には健在だったと思うんですが」

「別に人はいつでも死ぬしな。さっさと探すぞ!」

「え、ま……はい! ひとまずお兄さんが入れない女子トイレは僕が先に回ってきます! 僕が候補の教室を送るのでお兄さんはそちらを優先して探してください!」

「おう!」


 ひゅーと風が吹いて、向こうのほうから小さなひらひらしたものが飛んできて、少し先に落ちるとかさかさかさと地面に擦れる。


「……え?」


 その白いものが手でつまめるほどの長方形、しかも紙に見えたので、まさかなと思いながら数歩歩いてそれを拾い上げた。


「あった‼︎」

「嘘っ⁉︎」


 駆け寄ってきたクマに手にした宝くじを見せる。


「あっ、あっ、たぶんこれですよね⁉︎ 教えないと! ライン……は交換してなかった!」

「なら乙葉と乙葉のスマホ! 探すぞ!」

「はい!」


 俺はクマから来たメッセージをもとにまずは美術室へ向かった。鍵が閉まっていた。


「あああああああああっ! 放課後だったあああ!」


 各クラスは律儀な日直が鍵を閉めていなければまだいくらか戸締りしていない可能性はあるが、その教科でしか使わない教室は清掃が終わると同時に施錠されてしまう。俺は急いで職員室に鍵を取りに向かい、素早く鍵を借りて舞い戻った。


「ないか……ないな……」


 十分ほど念入りに探したがないようだ。

 クマから乙葉の行動範囲にある女子トイレは見て回ったと報告があった。次に向かう教室の鍵を取りに向かうよう指示し、移動ルートの廊下を念入りに見たあと鍵を返却しに職員室へ向かう。職員室の扉の前に立つと同時に中から軽く見下ろすくらいの背の女子が出てくる。


「あ、おに……高橋さん」

「呼び方迷ってる暇あるならどけ」

「ひどい!」


 ぷんすかするクマをどけて鍵を返し、ふたり並んで次の教室へ足を運ぶ。


「クマお前乙葉見たか?」

「いえ、僕は見ていません。乙葉さんならどこか見当違いの場所を探してるんじゃないですかね……」

「もしかしてあいつ、カバンの中に入れっぱなしなんじゃないかと思ってな。物失くすやつってたいていカバンに入ってるだろ?」

「あー……。うわ、それありそうですね」

「あいつの場所わかんねぇか?」

「いやいや、乙葉さんは入華ちゃんとお兄さんみたいにスマホのGPSで監視してるわけじゃないのでわからないですよ」


 やれやれと言った仕草でクマは言っているが、なぜ俺の知らないところで位置情報を監視されているのだろう。入華はともかく。

 続いてイングリッシュルームという名のバカみたいな名前の教室に着いた。


「じゃあ僕は机の上とか引き出しとか窓のところとか靴箱を等々見ていきます。お兄さんは床を探してください」

「わかったけどなんで俺床専門なんだよ。右側と左側で分けていいだろ」

「お兄さんは地面に這いつくばってる方が似合っているので」

「お前……っ」


 スパイダーマンが壁を登るみたいな体勢で床を見て回ったがやはりなかった。


「僕が居ながら……すみません。乙葉さんがどこにいるのか見当もつきません」


 肩を落とすクマ。俺は彼女の右手を両手でギュッと握った。


「えっ……わあああああっ⁉︎」


 俺の両手から手を抜き後ずさるクマ。興奮のためか赤面していて息も荒い。


「き、き、き、気持ち悪い……ですよ⁉︎ 急に……! な、なんなんですか!」

「靴を脱いで入るタイプの教室あるじゃん? 例えばこのイングリッシュルームもそう」

「そ、そ、そうですね……。ここの特別教科棟? の教室は土足禁止ですから、ね。い、いや、そんなことより……!」


 俺はまるで銃を所持していないことを示すよう両手を開いて顔のあたりまで上げる。


「みんな蒸れた靴下でペタペタ歩いてんだよ。そんな床をクモみたいに探し回った俺の手の汚れがわかるか? この、怒りも……」

「わかるか!」

「お前も背負うべきなんだよ! この不浄を! 清掃終わってんのになんかベタベタするんだぞ⁉︎」

「そ、そんな理由で……私の手を握ったんですか⁉︎」

「うん! あと左手も出せ!」

「……う、うう……」


 クマは罪を分け合うのかそれともひとり救われることをよしとするかの葛藤に揺れる。しかし俺が左手を捕らえようと動き出すとバッと避けた。


「やです! やっぱり!」


 そして逃げた。


「鍵返してきますねー!」

「人の手を汚させて自分の手は汚さないなんて……なにがクマだ。クズだあいつは」


 手を洗うためにすぐそばの男子トイレに入る。個室のトイレに誰かいるようでなにやら物音がするが知らぬそぶりをするのが人情。念入りに手を洗っていると水に触れたせいか催してきたので、小便用の便器の前に立ってベルトを外してチャックを下ろした時だった。


「なーい!」


 俺は驚きのあまり「うえっ⁉︎」とかなりの大声で言ってしまっていた。なぜなら個室のトイレから出てきたのが乙葉つむぎだったからだ。

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