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第一話

 まず俺には妹がいる。マンションの隣部屋には異性の幼馴染が、クラスには学年一の美少女が、クラスの担任は若い女教師で、上には才色兼備の三年生、下には名前も知らない一年生がいる。


 俺は苛立ちを隠せないでいた。周りにはこんなにもヒロインがいるというのに、なぜ。


 ――なぜ、誰ひとりデレない。


  ◇


 指先を軽やかに過ぎ去っていくのは図書委員によって並べられたのであろう背表紙たちで、俺は最上段の端の本までなぞり終わり、すぐ下の段へと折り返す。さながら窓清掃のような洗練された動きで、その棚の上から下まですべての本の背表紙を触りきった。


「よし」


 俺は高橋輝倫。輝く倫理でキリン。

 そんな名前も頭もいたって普通な俺は放課後の図書室にいた。


 すぐに隣り合った棚の前に立つ。同じく上から下まで背表紙に触れるか触れないかの間を空けて指先でなぞっていく。この動きはなかなか体に効くようで、この頃腕と腰と膝に慣れない筋肉痛が生じていた。

 棚と棚の間を歩いていた女生徒が俺の存在に気づきこちらを窺うと、まじまじと見つめながらそのまま行ってしまう。俺は全図書委員と顔見知りであり、一目で彼女が一般生徒であることがわかると同時に、彼女が「ヒロイン」の格ではないことに肩を落とした。


 俺が辞典の棚を同じようにしてなぞっていると、おずおずと歩み寄る生徒の影が視界の端に写った。生徒は俺の斜め後ろに立ち、動かない。

 期待に胸を高鳴らせ作業を続けていたが、俺の目論む「それ」が起こらなかったために、その棚の最下段、最端の本から指を離して振り返った。


「あの……」


 一年生で図書委員の女生徒。俺は学校の図書室に毎日通って一連の作業をしているので、言葉こそ交わしたことはないが顔見知りだった。


「なんだ?」


 彼女もまた「ヒロイン」の格ではないので気兼ねなく答える。


「その、いつも……気になってたんですが……」


 告白だろうか。彼女の表情は緊張で強張っているように見えた。


「えー、すみません。その、高橋さん? はいつもなにやってるんですか、それ。なんかこう、ばーって図書室じゅうの本触ってるじゃないですか。あれ、なんなんですか? あの、図書委員じゃないんですよね? 先生にも確認しました。毎日来てるみたいなんですが、目的はなんなんですか? 私の友達とか、その、すごく怖がってて、最近図書室に来れてなくて」

「はぁ」


 一体なんだというのだろう。俺は呆れてものが言えなかった。言えなかったが、一応は先輩という立場でもあるし、引き合いに出された彼女の友人を思い、わかりやすく説明してあげることにした。


「漫画とかドラマとかでさ、たまたま同じ本を取ろうとして手が触れて『あっ』てなるやつあるじゃん。あれ。あれやろうとしてんの。まぁなんでそんなことしてるのかって言えばヒロインがひとりも誰もデレないから実は俺が把握してるヒロインたちは実は全員ミスリードで、真ヒロインが存在してる可能性があるんじゃないかと俺は思ったんだよ。これはその手段のひとつ」


「………………え? ちょっと、言ってる意味がわかんないん……ですけど……」


 彼女は眉をひそめて僅かに顔を前に出した。

 そんな彼女の様子に対して、俺はゆっくりと、諭すように繰り返した。


「漫画、とか、ドラマ、とかでさ、たまたま、同じ本を、取ろうとして」

「いや聞き取れなかったんじゃなくて意味がわかんなかったんです」

「じゃあなんでだよ……」

「言い方とかじゃないです。内容が、理解できないんですよ」

「はぁ」


 仕方ないことではあった。なにせ彼女はモブである。初めから理解のできる次元の話ではなかったのだろう。


「それで、できればその本をばーって触るやつ、やめてくれませんか? 高橋さんがそれするようになってから図書室に来る人が減ってるんですよ」

「わかった。じゃあ俺もっとばーってやつ早くできるようにするよ。最速、本当に最速で……三分! 三分でやるからいい?」

「え、なにが? なにが、いい? なんですか」

「だから、時間がかかり過ぎだろってのを遠回しに注意しに来たんだろ? 時間かかってて目につくから作業効率を上げろよって」

「時間とか関係ないですから! なんか図書室で変な動きして回ってたら目につくのは当たり前だし、もう高橋さんはいるだけで目につくんですよ! もうそこまで来てるんです!」

「はぁ……」


 話の通じる相手ではないようだ。といっても俺も折れるわけにはいかない。真ヒロインの可能性を得られる機会を簡単に手放したくはないのだ。


「じゃあ一日五棚! 五棚ばーってするだけでいい!」

「だめです」

「一日……二棚!」


 彼女は首を横に振った。これでもまだだめだと言うのか。


「一棚!」


 首が横に振られる。


「半棚!」


 また首は横に振られた。


「なら……一日一列! ……もうこれ以上はまけらんないよ」

「値引きじゃないし……とにかく普通に図書室使ってください。即本借りて即出てってください。長居しないでください。本当は出禁にして欲しいくらいですけどそういうのはできないらしいので、一日三冊、それでお願いします」

「そんな……」

「もし次があったら先生に相談して生徒指導部の先生たちに言います」

「それはやめろガチで指導部は本当にまずい」


 俺は生徒指導部の教師陣に睨まれているので下手なことができないのだ。そこを突かれると弱い。


「……じゃあ三冊借りる」

「わかりました。さっさと選んでさっさと出てください」

「ああ……わかった」


 俺は渋々本を三冊選び出して借りた。カウンターでは先程の女生徒と別の女生徒がにこやかに話していて、俺の視線に気づくと早く出て行けと言わんばかりに目を細める。


「はぁ……」


 ひとつ溜息を吐いて、俺は図書室を後にした。

 放課後すぐに図書室へ寄ったため空はまだ青んでいて、下校途中の生徒の数は少なくない。

 俺はそんな放課後の校舎を練り歩く。

 もちろん、目的は真ヒロインとの出会い。


 避けるのは生徒棟と、生徒指導部の牙城である生徒指導室。

 俺は明らかな校則違反というものをしたことがないために正式な形での生徒指導を受けたことはないが、すでに色々と言われているので厄介ごとを避けるためにこの二箇所は避けておくべきだ。


 俺は生徒指導部によって他学年の教室前の通行を禁止されている。真ヒロインと出会うためにこうしていつも昼休みと放課後に巡回をしているのに、もっともヒロインと遭遇しそうな他学年の教室前をうろつくことができないとは、まさしく釣りスポットで釣りができないのに等しい。

 校舎裏やら特別棟の人気のない廊下やらを一通り巡るが、今日もこれといった出会いはなかった。毎度のことではあるのだが、落胆を隠せない。


 校門をくぐって歩いて帰宅する。現在の住まいは歩いて登下校するにはやや離れているのだが、月曜と火曜に限っては徒歩で登下校している。

 水木は電車、金はバス、と三つの登校手段を順番に変えている。無論それは真ヒロインと出会うため。ひとつの登校ルートに固執していては、それだけで出会いの数は失われていくのだ。

 といっても、ひと月近くこんなことをしているが真ヒロインとは未だ邂逅することはできていなかった。



「ただいまー」


 俺は現在親元を離れて暮らしている。というのも、高校進学を機にひとり暮らしがしたいと両親に話すと待ってましたとばかりに話を進められ部屋を借りることができた。

 それにちょっとしたコネがあり、新しく綺麗な、防犯に関しては実家よりも頼れるマンションを安く借りている。

 小ぶりとはいえ世帯向けの部屋であり、ひとりで暮らすにはやや持て余していたのではあるが。


「んー」

「おかえりお兄ちゃん、だろ」

「死ね」


 ひとつ下の妹が俺と同じ高校へ進むこととなり転がり込んできたのだ。

 リビングへやってくる俺を一切気にするそぶりなど見せず、妹は貰い物のソファに寝転び漫画を読んでいた。

 ソファの布に狭く広がる黒髪。制服のスカートから無防備に投げ出される白い足。白い襟から覗く細い首筋に、流れるような顎の輪郭。無機的な印象を受ける顔立ちは、ぱちりとまたたく黒い睫毛に視線を奪われ、最後、黒く大きな瞳から目が離せなくなる。


 ヒロインのひとり、我が妹の高橋入華。入る華でイルカ。だらしない格好とはいえ、有象無象とは違って惹きつけられる空気があった。


「制服にシワつくから寝転ぶなって言ってんだろ! 帰ってきたら着替えろ!」

「うるさっ……」

「早く動けオラッ。お前がアイロンするならなんも言わねぇよ。俺にアイロンさせるから言うんだぞ。わかってんのか」

「……はいはい」


 入華はのそりと立ち上がって、人差し指を漫画のページに挟んだまま自室に向かった。

 しばらく経ってもクローゼットを開くような振動がなかったのでノックもなく入華の部屋の扉を開いた。入華はベッドに寝転んで漫画を読んでいる。


「おい」

「……」


 クローゼットを開き放って衣装棚から入華の部屋着にしている上下のスウェットを掴んで入華の腹の上に落とした。続けて漫画を取り上げる。


「ちょっ……今読んでんだけど!」

「着替えろ」


 部屋を出掛けにタンスの上に座る熊のぬいぐるみが目に入った。入華の部屋は飾り気も色気もない寒々しい空間であり、その可愛らしいぬいぐるみだけは貼り付けたように浮いていた。

 掃除のために数日に一回は入華の部屋に入っているので、二週前に突如として現れたそのぬいぐるみには前々からひっかかりを覚えていた。


「なぁ入華。この熊なんなんだ。お前が買ったの?」


 制服のネクタイをポイと枕元に投げると入華はにやりと口元を歪め、自慢げに答えた。


「いや……友達から貰った」

「……」


 お前友達いないじゃん、とは言わなかった。必ずしも事実を口にすることが正しいとは限らない。俺は静かに入華の部屋を出た。

 入華は昔から友達がいない。良くも悪くも容姿の良さは周囲から浮き、彼女本来の引っ込み思案な気質や、家族のことと趣味のことを決して話さない最悪のスタンス、また慣れない相手と話すと緊張で相手を慮る余裕はないし姿勢が悪い。なので人が寄り付かないし、寄りついても引き留めきれない。


 もっとも憂慮すべきは、終始「友達いなくても別にいいし」みたいな態度で現状を改める気がまったくないところだ。本当は友達が欲しいというのがはしばしから出てしまっているので、痛々しいというか、よしよし、となる。


 そしてそんなふうに友達がまったくできなかった入華は、おそらく友達を「創ってしまった」と思われる。イマジナリーフレンドだ。妄想の中の友達を実在する人間だと思い込んでいる状態だ。入華は漫画を好んでいるため想像力も豊かでより具体的な姿を創ることができてしまったのだろう。


 あまりの痛ましさに泣きそうになった。入華は俺と同棲し始めてかこれまでまったく洗濯しないし掃除しないしアイロンも自分でかけないし買い物もぜんぜん行ってくれないしそのくせめちゃくちゃお菓子を食って家計を圧していて少々イラッとしていたが、苛立ちが吹き飛ぶほどの憂いに襲われた。

 着替えているだろう入華の部屋に笑みを向け、お兄ちゃんがいるからな、と心の中でつぶやいた。


 半袖半ズボンの部屋着に身を包んだ俺はスウェット姿の入華と並んでソファに腰かけ夕飯を食べていた。今晩の夕食はスーパーで買ったインスタントの焼きそばと焼きそばパンだ。入華が珍しく夕飯を用意してくれたが、なぜこの組み合わせなのだろう。

 それぞれの焼きそばの異なる風味を楽しんでいると部屋のインターホンが鳴った。マンションのエントランスからの呼び出しではなく部屋のインターホンを直に押された。であれば来客はこのマンションの住人か礼儀正しい泥棒くらいだ。

 入華は自分宛のアマゾンの配達以外決して出ないので俺が出ることになる。


「よう」


 廊下に立っていたのは隣の部屋に住む幼馴染でありヒロインのひとり、朝来夏月。切れ長の目に、女子としては高めの身長、揺れるポニーテール。どこか鋭さを感じさせる出立ちだ。入華には劣るとも、佇むだけで空気が澄むような端麗さを持っていた。


「これ」


 差し出された蓋つきの両手鍋。「これ」とだけでは意味がわからなかった。


「なに?」

「余ったからあげる。つくりすぎた」

「いや余りもんいらないし」

「貰え」


 このマンションを安くで借りられたのはこの夏月の姉のコネがあってだ。つまり、その妹の言葉はありのまま以上の意味を持つ。

 恐る恐る鍋を受け取る。受け取る瞬間わずかに夏月の冷たい指に触れた。


「貰います」

「洗って返して」

「はい」

「別に……あんたのために作ったんじゃないから」

「そりゃそうだろ余りもんなんだから」

「チッ……じゃ」


 そう言い残して夏月は去っていった。


「なんなんだあいつ……」


 俺はキッチンのコンロにその鍋を置いて、バカッと鍋を開く。隣にはいつの間にやら入華がいて、俺の肩のあたりから一緒になって覗いている。


「は……?」


 鍋の中を見た俺は思わずそんな声を出していた。

 なぜなら鍋の中には吸い物が入っていたが、一人前に満たない本当の「余り物」だったからだ。


「ここに持ってくる途中で食べた?」


 入華が戸惑ったような顔で訊ねる。


「そんなわけないだろ……むしろ俺もそうあってほしい。その方が理解できる」


「余り物って言って本当に余剰物持ってくる人初めて見た……」


 入華はまるで不気味な人形を目前にしたような目つきで鍋を見つつ距離をとっていき、そっとソファに座った。

 そんな態度をされると俺も怖くなってくる。だが得体が知れないからと捨てるわけにはいかない。俺は鍋を持ち上げて鍋のふちに口をつけ、グラスのように流し込んだ。


「……」


 量は少ないが味付けに非の打ち所はなく、食感にも満足できる。夏月は昔から姉と一緒に家の家事を行っていたので料理が上手い。

 まさかここまで上手くなっているとは思わなかったが、ここまで頭がおかしくなっているとも思わなかった。

 俺はなんとも言えない感情を抱えソファに腰を下ろす。入華が横でキャラメルをパクパク食べている。

 俺は静かに考える。


 そもそも真ヒロインなどいないのではないか。

 ひと月ほど真ヒロイン探しをしているが、一向に出会う気配はない。つまり、もうすべてのヒロインは出そろっているのだ。

 俺はすでに全校生徒の顔を見ている。その中からすでにヒロインを選び抜いており、少なくとも我が高校のその残りからヒロインが生まれることなどあり得ないのだ。

 だというのに、俺は現状に不服で、よりよい条件のヒロインを探し出そうとした。それはきっと正しくない。逃避にすぎないのだ。

 やるべきは別の道を探すことではなく、観念してまっすぐ歩むことだった。


 なれば。


「……ヒロインを、デレさせる」

「は?」


 俺のつぶやきにすかさず入華が反応を示した。


「俺の周りにはめちゃくちゃ可愛いヒロインが何人もいるわけだよ。お前もそうだし、幼馴染の夏月も、クラスの白城も担任の柊先生も三年にも一年にもな。でも、誰ひとりデレない‼︎」

「うるさっ……死ねクソ兄」

「クソ兄じゃなくてお兄ちゃんな。はい契約違反」


 入華は小学校高学年あたりから俺のことを「お兄ちゃん」と呼ばなくなってしまって、「おい」と「ねぇ」が俺の名の代わりだった。だから今は月三千円を払ってお兄ちゃんと呼んでもらっていた。定額制お兄ちゃんなのである。


「それでなに? なんの話? さっさと終わらせて」


 契約違反したというのにも関わらず入華は悪びれもせず続きを促してくる。わずらわしそうにはしているものの話は聞いてくれるらしい。


「さっきも言ったみたいにな、俺の周りにはこんなに可愛い子がいるのに誰もデレねぇんだよ。おかしくないか?」

「おかしいのはお兄ちゃんの方だよ」

「そういうのいいから。それで俺は決めたよ。ヒロインを全員デレさせるってな」

「そう……がんばってね。話終わり?」

「それでさ、ヒロインたちから逃げて真ヒロインを探し求めてたわけよ」

「ごめん、あの、お兄ちゃんが日本語しゃべってるのはわかるんだけど言ってる意味があんまり……」


 いちいち話の腰を折ろうとする。もしかして俺とより長く話したいがために会話の流れを遠回りさせているのだろうか。これがデレ?


「まぁ聞けよ。真ヒロインとかいう逃げはもうやめて、ちゃんと目の前のヒロインをデレさせることに決めたわけだが、誰から手をつければいいのかぜんぜんわからん」

「……」

「高一の終わりからヒロインたちに関する情報集めはしてたんだよ。聞き込みだとか人伝に話聞いたりしてさ。そしたらなんか生徒指導の先生にマークされて結局今の三年と二年の情報しかないんだよ」

「マークってなに? 校則破ってないんでしょ?」


 当然、校則を破るような行為はしていないし法も破っていない。


「なんか不審がられてるとかなんとかで」

「うわ……」

「図書室で真ヒロインと出合おうと思ってぜんぶの本にこうばーっと手をかざしてたんだよ。それ毎日やってたんだけど今日図書委員に注意されてさ、これ以上やったら生徒指導部に言うって脅されたりして、もうあらゆることが制限されてんだよ俺」

「最悪……絶対に学校で私に話しかけないでね。てか私も図書室使えないじゃん……せっかくラノベ注文してもらったのに…………!」

「いや使えるだろ」

「名前でバレる!」

「いやいや、俺輝倫(きりん)でお前入華(いるか)だろ? キリンはアフリカにしかいないし陸じゃん、イルカは海の生き物だしぜんっぜん違うじゃん。どう関連づけるんだよ」


 はっと鼻で笑う。入華は少々考えすぎのきらいがある。


「住んでるエリアの問題じゃないし! 名字が高橋で下の名前動物だったら気づくし! ……あっ…………ていうかお兄ちゃん一年の時から不審者やってたんだよね?」

「まぁ……そうだな。不審者とまで言われるとちょっと恥ずかしいな。そんな大層なもんじゃないぞ笑」

「なんで不審者呼びにポジティブな反応してんのかわかんないけどなんか私が周りから距離置かれてるのってお兄ちゃんの悪名のせいじゃないの!」

「おまっ、俺のせいかよ⁉︎ 中学の時俺関係なく友達いなかったろうが! 小学校の時も!」

「……っ! いや、いやいやいや。待ってよ。お兄ちゃん小学校の時も中学の時もいつもなにかしら変なことしてたじゃん。それ以外考えらんないよ……」


 俺がどうではなく、お前が愛想がなくて態度が悪くて挙動不審でコミュニケーションが下手くそで自分のことをぜんぜん相手に話さないからだよ、と思ったものの言わないでおくことにした。

 俺が罪を被って妹が救われるのならそれでいい。俺は入華の兄だから、入華のためならこのくらいなんてことない。


「わかった。それでいい。そこでひとつお前にお願いがある」

「……はぁ……もう……ぜんぶお兄ちゃんのせいだったんだ……よかった私が変なのかと思った…………よかったぁ…………」


 入華は安心したようにぼそぼそつぶやく。


「おい」

「……なに?」

「さっき話したが、俺は三年と二年しか情報を集めきれてないんだ。だからお前に一年の」

「無理」


 俺はキッチンの下の扉からプラスチックのケースを五つ、抱えるように持ってソファ前のローテーブルに並べる。上部に円形の大きな蓋のある、スルメなどの詰められた駄菓子だ。すべてドンキで購入した。


「これ、ご褒美にあげようと思ったんだけど……いらないみたいだな」

「私やるよ。お兄ちゃんの頼みだもん。それでなにすればいいの?」

「一年のヒロインたちの詳細を調べてきて欲しい。できるか?」


 あまり過度な期待はしていないが俺が下手に動けない以上は、一年生かつ、指示を聞いてくれる入華に頼るほかない。


「………………まぁ、うん。やってみる」


 心許ない返答だったが、承諾は承諾だ。


「よし! じゃあこれ持って行っていいぞ」

「やった……!」


 入華は浮ついた表情でお菓子のケースをひとつずつ眺め、吟味している。これが兄妹の絆なのだ。困った時に隣にいて、迷わず助けてくれる。それが兄妹。

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