9冊目
『ハルちゃん、ギルドマスターが依頼人になるってことは、大きな後ろ盾になるってことだから、凄いことなのよ。ただ、ジュードさんの言い方がアレなだけで!』
『そうだ。ギルマスはきっと、依頼達成した後の事を考えていたはずだよ。【月長石】のギルマスの依頼を達成した古書店って、箔が付くからね。ジュードさんは重く重ーく考えて、なんか遺言みたいなアレなってしまったけどな!』
『ぐうっ‥‥‥。すまない、すまない、ハル。ちょっと頭を冷やしてくる‥‥‥!』
「あぁ、顔が真っ青だったわ、ジュード様」
古書店のカーテンを少し開けて、外の様子を見た。ジュードはどこまで頭を冷やしに行ったのか。
ハルは先程のジュードの言葉で泣いてしまったのだ。
ジュードが猫のまま体が戻らず、事故にあって死んでしまう‥‥‥そんな想像をしてしまったのだ。
泣いたハルに、ジュードがテーブルに膝をぶつけるほど慌てた。そんなジュードをロンドとロゼッタは残念な顔で見ていた。
「私の覚悟が足りなかったんだわ」
笑って「ありがとうございます」と答えれば良かったのだ。窓側の長テーブルの丸椅子に座った。
今日、古書店は休みだ。週の真ん中は店を休みにすると父が決めていた。
本の修理に専念できる日なのに。
もうそろそろ、お昼の時間だ。
先程買ったベーグルを半分ずつ食べようって言ったから、戻ってきてくれるはず。
「そうだ。この席で食べよう」
通りも見えるし、コーヒーを飲みながら‥‥‥。
「あ、マグカップ!」
買おうと思って忘れてしまった。ハルは、お財布と鍵を持って、雑貨店に行こうと扉を開けた。
「うわぁ!」
「ひゃあ!」
ジュードが床に背中から逆さまに転がってきた。どうやら扉に寄り掛かるように座っていたようだ。内開きの扉なので、ハルが開けたらこうなってしまった。
「ハルには、情けないところばかり‥‥‥」
「とりあえず、立ちましょうか」
「そうだな」
起き上がったジュードの背中をパンパンと叩いてあげた。掃除しておいて良かった。汚れていない。
濃紺のローブは脱いでいて、タクティカルジャケット・パンツの黒の上下になっていた。
「ジュード様、あのマグカップを買い忘れたのでお留守番をお願いしても?」
「留守番か、任せてくれ」
とても嬉しそうに留守番を引き受けてくれた。
「戻ったら、ここのテーブルで外を見ながら、お昼を食べましょう」
「わかった」
ハルは急いで雑貨店に行った。ロンドとロゼッタはカウンター越しに話をしていたようだ。
「え、ハルちゃん?忘れ物?」
「ロンドさんロゼッタさん、そのマグカップください」
グレーのマグカップを指して、お店で二人で使うことを言った。ロンドがハルの様子を気にしていた。
「ハルちゃん、あの、ジュードさんは?」
「戻ってきました。今はお留守番してもらっています」
「「お留守番‥‥‥」」
銀貨ニ枚を支払うと、ロンドが買ったマグカップを洗浄してから、コーヒーをサービスで入れてくれると言った。
「ありがとうございます!ジュード様が喜びますね」
「ねぇ、ハルちゃん。今ね、ロンドと話したんだけど‥‥‥」
ロンドがコーヒーを入れている間に、ロゼッタはハルに話をした。
「お待たせしました」
「お帰り、ハル」
ハルは「お帰り」と言われて、何だか嬉しくなった。
「ん?コーヒーか?」
「はい、サービスですって」
窓テーブルにマグカップとベーグルの袋を置いた。キッチンからランチョンマットとキッチン用ナイフを持ってきた。
「食べたいベーグルを出しましょうか」
「見ないで袋に手を入れて、最初に掴んだベーグルにするのは?」
「面白いです、そうしましょう!まずは‥‥‥」
「ハルから」
袋の中で手にあたったベーグルを掴んだ。引き出すとブルーベリー&チーズのベーグルだった。ハルは好きだが、甘い系が出てしまった。
「次はジュード様」
「よし」
どれどれ?と袋に手を入れるジュードが子供みたいで、ハルは笑ってしまった。
「かぼちゃのベーグル‥‥」
「どちらも甘い系になりましたね」
ナイフで半分ずつにして、ブルーベリー&チーズから食べ始めた。スイーツ感覚で美味しい。かぼちゃは、何か挟んでも良さそうだ。
ジュードに待っててもらい、小型食品収納庫からレタス・生ハム・チーズを持ってきた。横に切って挟んで、ジュードに渡す。自分のも同じに作っていたら「美味い」とジュードが言った。ハルにも甘さと塩味がちょうど良かった。
「チーズじゃなくてクリームチーズも、いいかもしれません」
「それはぜひ次に試そう」
「ジュード様、もうひとつ食べますか?」
「ハルは?」
「私は、少しなら。選んでください。今度は一口サイズに切りましょう」
「よし」
再び袋に手を入れて、ジュードのどれどれ?が始まった。これだ!と出したものは、プレーンだった。何にでも合う。今日は他に食材がないので、ベーグルを横に切ってから、レタス・生ハム・チーズを挟んで、八つに切った。ハルは二つだけ食べて、あとは全てジュードが食べた。
残りの七個のベーグルは小型食品収納庫に入れて、後で食べやすくしたら魔法鞄に入れることにした。
「ハル、その、頭を冷やしに行った時に、これを買ってきたのだが」
ジュードはボディバッグから、青色のガラスの器に入ったアイスクリームを出した。ハルはそんな使い方が出来るのかとの衝撃と、アイスクリーム屋は女性が多くいると知っていたので、列で待っているジュードを想像した。
「俺はこの屋台の甘すぎないアイスクリームが好きで、この器はいつも自分で用意して入れてもらうんだ」
まさかの常連だった。
ところで、頭を冷やしに行った先で、口の中を冷やすものを買ってきたようだ。
「いただきます」
「こちらはバニラ、こちらはチョコレート、こちらは」
「え、いくつ買ったんです?」
「‥‥‥全種類二個ずつ」
常にボディバッグには器がたくさん入っているらしい。
「バニラを、ください」
「どうぞ、スプーンもある」
コーヒーを飲みながら、冷たくて美味しいアイスクリームを誰かと古書店で食べる日が来るとは、想像していなかった。
器とスプーンを洗って、滅菌洗浄魔法をかけてからジュードに返した。
「ごちそうさまでした。‥‥‥ジュード様、先程は泣いてしまい申し訳ありません」
「いや、俺が悪い」
「いいえ。依頼人の件、感謝します。ありがとうございます」
「ハル‥‥‥」
「始めましょうか。今日は店は休みなので、出来る限り進めましょう」
クタクタのクッションを窓テーブルに置いた。ハルは会計テーブルで本を広げることにした。
ジュードがボディバッグから本を出してハルに渡した。
「最初は時間がかかるので、何か興味のある本がありましたら読みますか?こちらは古書で父が旅して集めたものです。この裏の棚は買い取りした本です」
「‥‥‥冒険の物語は?」
「ふふ、ありますよ」
裏の低い方の本棚から【勇者ディラン・ランディの冒険 上】を出した。
「‥‥‥これは、子供の本では?」
「そうです。でも、侮れませんよ。深いのです」
「なるほど」
ジュードは窓テーブルに勇者の物語の表紙を開いて置いた。カーテンを閉める。
「よろしく頼む」
「はい」
ハルがの本を開くと、ジュードが薄く光り、猫の姿になった。天色の瞳が周りを確認している。
脱いだはずのローブが、またスカーフのように首に巻いてある。もしかしたら、人間に戻るとローブを着た状態になるのかもしれない。
「カーテン、開けますね」
「ああ」
ジュードがトンと軽くテーブルに上り、冒険の本を肉球でめくって、縞々の前足で押さえた。「よし、いける」と言った。
肉球が黒と灰色の中間色。
ハルは悶えそうになるのを、なんとか堪えた。
読んでいただきありがとうございます。