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7冊目



 鑑定場は、驚くほど広く天井が高い所だった。


「大物を持ち込む人がいるのよ」


 呆気にとられているハルにソフィアが説明してくれた。父の魔法鞄には何がどのくらい入っているのかわからないが、この部屋を満たすことは絶対にないだろうと思った。


「では、開けましょうか」

「よろしくお願いします」


 魔法鞄の横に付いてる商業ギルドのピンバッジにソフィアが触れると、簡単に外れた。ハルが子供の頃にいくら引っ張っても取れなかったので、驚いた。

 本が何冊か、鍵が二つ、小さな木箱、寒冷地用のコート、着替え一式、携帯食、何かの革が何枚か入っていた。


「ハル、鍵は店の鍵だろうか?」

「一つはそうですね、父が使っていたものです」


 扉の鍵穴の魔石はニ種類使われていて、ハルの鍵とは違う方の魔石の半分がこの鍵には付いている。

 木箱を開けると、指輪が二つと手紙が入っていた。


「手紙は後で読みなさい。鑑定はどうする?」

「指輪は父と母の物だと思いますが一応、あと革の鑑定をお願いします。手持ちの本のカバーに使うものだったのか、売るための素材だったのか、私にはちょっと判断が‥‥‥」

「シア、あの人呼んできてもらえる?」

「はい」


 指輪は細かい文字が彫られているようだが、ルーペがないと読めそうもない。

 本を見てみると、そう古いものではないようだった。一冊は鍵付きで、日記かもしれない。もう一つの鍵はそれを開ける鍵だろうか。他の本は、何処の国の言葉かわからなくて読めない。一冊だけ【女心について】という本があって、ソフィアと苦笑いした。


「ロッティにべた惚れだったから、ユーゴなりに必死だったのかもしれないわね」


 そう、父は母をとても愛していた。

 だから、母が亡くなった時は見てられないほどに落ち込んでいた。


 ハルが五歳の時に母は亡くなった。事故としか聞いていない。

 妻と母を失くした父子は、隣のロス夫妻にずっと支えてもらった。


「やあ、ハルちゃん」


 ソフィアの夫で鑑定士のオリー・ハワードが、鑑定場に入って来た。長身で深緑の髪をオールバックにした紳士的な男性だ。


「おはようございます、オリーさん。急な依頼なのに、受けてくださってありがとうございます」

「いやいや、待ってたんだよ。どれ、ユーゴは何を入れてたかな?」

「ほぼ、想像通りの物よ。ね、ハルちゃん」

「ん?彼は?」


 髪と同じ色の深緑の瞳が、ジュードを見た。興味津々なようだ。


「ハルちゃんの依頼人で、お友達?」 

「おと‥‥‥冒険者のジュード・グレンだ」

「お待たせしてしまうので、一緒に来ていただきました」

「へぇ、お友達ね」

 

 ニコニコしてるのに笑っていない顔だ。娘の彼氏を鑑定してるみたいだと、ソフィアとシアは思った。


「オリー、お仕事」 

「はいはい。この鞣した革と指輪かな」

「はい」


 淡く光る鑑定眼で視る。


「革は、レッドパイソン・ブラックパイソン・ワイバーンだね。どれも購入した物のようだから、ハルちゃんが使うなり売るなりするといい」


 隣りの雑貨店の夫婦に相談することを考えた。もし欲しい物があったら、使ってもらえれば嬉しい。


「指輪は、職人が作った魔石入りだね。内側に金剛石か、スゴイな!彫られた文字は何処の国の言葉かわからないな。見たことがない」

「金剛石‥‥‥そんなのどうやって」

「ハル、作ったのはロンドさんたちかもしれない。聞いてみたらどうだ?」

「君はロス夫妻を知ってるのかい?」


 指輪を木箱に戻しながら、オリーがジュードに聞いた。


「昨日、初めて会って一緒に食事をしたばかりだ」 

「そうか、食事をね。コーヒーは飲んだか?‥‥‥ん?ハルちゃん、木箱も鑑定していいかい?」

「え?はい」


 再び鑑定眼が淡く光りだした。とても軽い木のようだが、普通の箱に見えた。


「ユーゴの魔力しか感じないから購入したものではない。彼が作ったか?ただ、素材が‥‥‥。ハルちゃん、鑑定結果を、数日待ってくれるかい」

「オリー、それは」

「今は、言えないな。この何冊かの本も、指輪と同じような文字だね。少し預かっても?」

「お願いします」

「シアくん、預り証を」


 シアが紙を用意して、オリーが預かる物と数を書いてサインをした。


「日記帳はやめておこうね。ユーゴに恨まれるのは嫌だからね」 

「ふふ、ありがとうございます」 

「ハルちゃん、ギルドカードを出して。魔法鞄をハルちゃんの物として登録しましょう」


 ハルはブラウスの中に首から下げていたカードホルダーからギルドカードを出した。

 もともと付いていたギルドバッジをハルが魔力を入れながら魔法鞄に付け直した。オリーの鑑定でハルの持ち主登録されたことが確認され、ギルドカードにも登録された。

 

「もしもの時の魔法鞄の受取人に、ロス夫妻にしたいのですが」 

「わかったわ。本人たちにも伝えてちょうだいね。ないと思うけど、拒否されたら無効になるわ」

「帰ったら直ぐに伝えます」


 ソフィアが受取人の名前をギルド保管用の登録証明書とギルドカードにも記録した。


「これで完了よ」

「ありがとうございました」


 一年間放置していたことが済んでホッとした。


「さて、グレンさん。あの依頼人の追加は、ハルちゃんは知ってるの?」

「いや、すまない。これから言うつもりだった」


 依頼人の追加?ハルは何のことか首を傾げた。


「はあぁ。男の人って本当に‥‥‥」

「じゃあ、僕はこれで。ハルちゃん、一週間後の同じ時間に来れるかい?」


 オリーは察して引き上げようとした。ハルは父の姿を思い出して、妻のお小言が飛び火しないよう逃げたいんだなと思い、苦笑して「はい」と返事した。


「悪い話じゃないから受け付けたけど、ちゃんと話し合いなさいね、グレンさん」

「承知した。すまない」


 素直に謝るジュードに、ソフィアは満足したようで「戻りましょうか」と言った。


 受付でソフィアと別れ、シアに鑑定料金を聞くと、纏めて一週間後にと言われたので、そのまま帰ることになった。


 ジュードと並んでギルドを出ると、警備のアイザックに声をかけられた。

 

「お疲れ様です。ベネットさん、彼とお知り合いでしたか」 


 白い歯でニカッと笑いかけられ「ええ、そうです」と答えた。


「そうですか、お知り合い‥‥‥」


 アイザックはジュードに視線を移すと「どうも」と無表情で挨拶をした。ハルはちょっと驚いてジュードを見たが、ジュードも「どうも」と返した。二人の視線が固まっている。


 猫の喧嘩みたいだわ。


 猫の雄同士は目を合わすと喧嘩になる。それを思い出していた。

 商業ギルドに来ている人たちが、二人の雰囲気に何かあったのかと集まり始めたので、ハルは溜息をついた。


「ジュード様、帰りましょう。アイザックさん、どうぞお仕事を」


 ハルの言葉にアイザックは反応して、「お気をつけて」と、いつもの角度でニカッと笑った。


「ハル?」

「喧嘩はご近所迷惑になりますよ」

「そんな、猫みたいな‥‥‥」

 

 飼い主に怒られたような気分になっていた。



読んでいただきありがとうございます。

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