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6冊目



 今朝は早く目が覚めてしまった。

 昨日のことが夢じゃないといいなと思いながら、伸びをしてベッドから出た。

 顔を洗い、クリームをしっかり塗り、薄く化粧をした。青茶色の髪は寝癖がないようだ。紺色の細いリボンで一つに纏めて結んだ。服は、丸襟のブラウスに、深緑色のワイドパンツにした。

 朝食は、紅茶とスコーンを手作りのクロテッドクリームで食べた。

 父の魔法鞄(マジックバッグ)は、シンプルな焦茶色の革のショルダーバッグだ。よく使っていたが状態はいい。


「どうやって持って行こうかしら」


 自分のショルダーバッグを持ったら二つ重ねでちょっとおかしなことになる。

 ふと、大きめの黒のリュックがあることを思い出した。父の部屋にあるはずだが、あの部屋は売り物以外の本や古書でいっぱいだ。先に着替えなければ良かったと後悔した。ワイドパンツから焦茶色のワークパンツに履き替えた。

 エプロンをして脚立に乗り、本棚の上にあるリュックに手を伸ばした。ちょっと埃っぽいので、外に持っていってパンパンと叩いた。


「おはよう。ハルちゃん、早いのね」


 ロゼッタは店の窓を拭くために外に出てきたところだった。


「ロゼッタさん、おはようございます。昨日はごちそうさまでした」

「楽しかったわ。また一緒にいらっしゃいな」

「ありがとうございます。午前中に商業ギルドに行ってきます。ジュード様のほうが早くこちらに来たらお邪魔するかもしれません」

「構わないわよ。逆に大歓迎、ふふ」

「?」


 ほほほ、なんでもないわー と、鼻歌で窓拭きを始めた。楽しそうだ。

 店の中に戻ったハルは、リュックに魔法鞄を詰め込んだ。このリュックだと、このままワークパンツのほうが合いそうだ。


 ギルドは八時から受付だから、そろそろゆっくり歩いて行こうかしら。そうだ、せっかくだから、帰りにベーグルのお店に寄って帰ろう。


 店の鍵を閉めて、商業ギルドへ向かった。

 

 

 

 昨日はここでジュードに出会った。

 商業ギルドの階段を、思い出しながら上った。


「おはようございます!」


 今日の警備はアイザックだ。週に一回担当する鳶色の髪と瞳の二十代の男性で、ハルはちょっと苦手だった。いつものナットじゃないのが残念だ。


「ベネットさん、いい朝ですね!」


 ウインクしてニカッと笑った。不自然なほどの白い歯が眩しい。顔はいつも決まった斜めの角度で、作り笑顔だ。余程お顔に自信があるらしい。


「おはようございます。いい朝ですね」


 釣られて作り笑顔になってしまうのが恐ろしい。

 これ以上話すと顔面が疲れるので、ハルはさっさと中に入ることにした。


 シアの受付口には一人しかいなかった。あまり待たなくて良さそうだ。ホッとして列に並び、リュックを下ろして中の魔法鞄を取り出した。


「では、こちらの依頼者の追加で宜しいですね?」

「ああ、すまない。よろしく頼む」


 ん?


 前にいる人の声と話し方に、ハルは顔を上げた。

 濃紺のローブに肩までの銀髪。


「ジュード様?」


 小さい声しか出なかった。ぴくりと濃紺の肩が動き、振り向いた天色の瞳は大きく見開かれていた。


「ハル。早いな、おはよう」

「おはようございます」

「先に手続きを済ますよ」

「ごめんなさい。途中で声をかけてしまって」

「いや、良かった」

「?」

 

 再びジュードがシアと話し始めた。


「これで手続き完了です。ブレイク様に宜しくお伝え下さい」

「ありがとう」 


 スッとジュードが左に移って、こちらを向いた。


「どうぞ、ハル」

「あ、はい」

「おはようございます、ハルさん!」

「シアさん、おはようございます」


 ジュードはすでに横に居なかった。近くの壁に寄り掛かって、こちらへ控えめに手を挙げている。そこで待つ、ということだろう。


「ハルさん、昨日はグレン様とちゃんとお話し出来たようで良かったです」

「心配させてしまったわね。ありがとうございます」

「グレン様、表情が昨日と違いますね。まるで憑き物が落ちたような‥‥‥」


 いえ、まだ憑いてます‥‥‥。


 確かに、声をかけた時は、酷い形相だった。あれから本の修理が決まって、身体も安定して、気持ちが楽になったのだと思う。


「それで、今日は、どうされました?」 

「今更なんですが、父の魔法鞄を持ってきました。私が受取人になっているはずなので、中の物の整理と必要なら鑑定もお願いしたいです。それから、魔法鞄はこのまま私が使いたいと思うので‥‥‥」

「いま事務室にギルマスがいるので、予定を確認しますね。このままお待ち下さい」


 シアは、いくつかの書類も手にして、奥の事務室に入っていった。

 少ししたら事務室にの扉が開き、シアともう一人女性が出てきた。

 ギルドマスターのソフィア・ハワード。碧緑色の長い髪と瞳、黒縁眼鏡の知的な美女だ。夫のオリーはギルドで鑑定士をしている。


「ハルちゃん、やっと持ってきたのね!」

「ご無沙汰しています、ソフィアさん」

「あなたのお父さんが何を持っていたか興味なかったの?」


 正直、ない。変わった本や古書ばかり集めていたから。


「顔に出てるわ。まあ、見てみましょう。予定がキャンセルになって今なら出来るわよ。オリーもいるわ」

「いいんですか?‥‥‥あ」


 ジュードの方に振り向いた。待たせてしまうから、一緒に来てもらうか悩んだ。雑貨店はまだ開いていないから、待つならロビーになる。

 ジュードがこちらに歩いてきた。

 

「あなたが良ければ、彼にも来てもらいましょう。さっきの彼の手続き書類も見たわ。少し聞きたいことがあるのよ」

「あの、ジュード様、父の魔法鞄を見てもらうのですが、一緒に来ていただけますか?」

「喜んで、ハル」


 優しく微笑んで、それからソフィアを見た。


「冒険者のジュード・グレンだ。よろしく」

「ギルドマスターのソフィア・ハワードよ。ようこそ商業ギルドへ。さ、奥の鑑定場に行きましょう。シアも交代して来てちょうだい」

「あ、はい!」


 事務室に交代を頼み、シアが「ご案内します」と先頭へ行った。ソフィアがハルの耳元に顔を寄せた。


「ねぇ、彼の天色の瞳と銀髪、ひょっとしてあの有名な?」

「あ、はい、天銀の猫です」

「虎だ」


 ボソッと後ろからジュードが訂正した。


「あ、虎です。ごめんなさい。でもやっぱり猫の方が可愛くないですか?」

「か、かわ」

「アッハッハッハ!」


 困った顔のジュードの前で、ソフィアが大笑いした。


 

読んでいただきありがとうございます。

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