表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/55

5冊目



「明日は何時頃に来ればいいか?ハル」 


 濃紺のローブを着て古書店を出る前に、ジュードが予定を聞いた。

 明日は、商業ギルドに行って、父の魔法鞄の遺品整理を予約したいと思っていた。うっかり一年間放置してしまった。うっかりが長すぎた。


「明日の午前中は商業ギルドに行こうと思っているので、午後でも構いませんか?」

「予定があったか。わかった。では、午後にこちらに来よう」

「もし、私が遅くなったら‥‥‥」

「雑貨店に行ってコーヒー飲んで待ってるよ」


 ホッとした。あの夫婦とは気が合ったらしく、会わせて良かったと思った。


「そうしてください」

「ああ」


 ジュードが扉を開けて出ると、もう暗いからここでいいと言った。


「ハル、また明日」

「お気をつけて、また明日」


 扉を閉めて鍵をかけ、静かになった店内を見渡す。


「ふぅ」 


 今日はいろいろあって忙しかった。ドキドキすることがいっぱい起きた。


 呪いで猫になる冒険者がお客様になるなんて。


 父もきっと生きていたら、興味津々で喜んで受け入れただろうと思った。

 明日は朝一番にギルドに行くために、早めに休むことにした。


「よし、シャワーの前に」


 店の中央にあるハルの背ほどの高さの本棚の上に、木目調の円柱の置物がある。それを棚から下ろして、窓カウンターの丸椅子に座った。置物を横にして挟むように両手で持ち、自らの魔力を流し入れた。円柱が、やわらかく光る。

 これは、店内の温度と湿度を管理できる魔法道具だ。

 父の我儘は多く、雑貨店のロス夫妻に作ってもらったものだ。古書を管理する最適な環境をなんとかしてくれ、と。頼まれて作ってしまう夫婦が凄い。


 これのおかげで、うちの古書は修理後も状態がいいわ。


 またこれで数日保つだろう。

 再び棚の上に置いた。夜になり灯りを消すと、小さい光の粒が少しずつ店内に浮遊した。子供の頃から、この光景が好きだった。店に妖精がいるのだと思っていた。店内の環境が安定すると消えてしまう。


「ジュード様に見せてあければ良かったわ」


 また魔力を入れる時に、一緒に居てもらおう。


 残念なことに、ハルの脳内では、人間のジュードではなく、光の粒と戯れる猫の姿があった。





 ジュードが泊まっている宿は、一階がダイニング・バーになっている。

 二階に戻る前に、店主に声をかけると、客が来ていると教えられた。


「ジュード、こっちだ」

「ルーク?」


 冒険者ギルド【月長石(ムーンストーン)】のギルドマスター、ルーク・ブレイクが、カウンターの一番奥、薄暗い席に座って手を挙げていた。月白の髪は緩やかな癖毛で背まで長く、濃紺の瞳は夜の化身のように神秘的だ。見た目と性格の違いに、初対面の人間は大抵驚く。


「少し付き合えよ」 

「ああ」


 エールを注文して、隣の席に座った。


「晩飯は?」

「済んだ」

「なんだ、そうか」


 ルークはエールとチーズの盛り合わせを食べていた。ジュードのエールが来ると、勧められてチーズをもらうことにした。白カビチーズが多いのは、ルークの好みだ。真ん中の柔らかいところから食べて、最後に周りの白カビを食べる。

 

「あの指名依頼を達成した後、どんなだったのか話聞きたかったのに、お前がギルドに顔出さないから、どうしたかと思ってな」


 あの日は疲れて宿に泊まって、猫になったから行けなかった。ジュードは翌日ギルドに顔を出そうと思っていた。


「受けるんじゃなかったと、今朝までは思っていた」

「どういうことだ?」


 ジュードは今までのことを、ルークには話すことにした。呪いのこと、商業ギルドでのこと、雑貨店や古書店、ハルのことを。


「ふざけてるな。金を渡して済まそうなど、冒険者にナメた真似をしてくれる」

「本を読んで確認しなかった、自分にも腹が立つ」

「お前がどう思うかは別に、その商人のことは他のギルドにも情報を流すからな」


 ルークはエールを一気に飲んで、ジョッキを置いた。


「でも、そのベネットさんに会えて良かったな。今こうしてお前とエールが飲める!」

「ああ」


 思い出すように優しく笑うジュードに、ルークが目を丸くしていた。


 この男のこんな顔は初めて見るな。


「しばらくギルドの依頼は受けられないかもしれない」

「仕方がないな。今は討伐依頼も少ないし、B級で対処できないことはないだろう。まあ、正直キツイがな」

「すまない。この宿も明日には出ようと思う。古書店に近いところを探すつもりだ」

「なんだ、古書店に泊めてもらえばいいじゃないか」


 ジュードがエールを吹き出しそうになった。


「未婚の女性の家に泊まれるか!」

「夜は猫になればいいんだにゃー」

「そんな、他人事だからって!」


 ルークがニヤニヤして、エールを二杯追加した。


「でも、こうして夜は帰って、また次の日に行って、そんなんじゃ本の修理も進まないんじゃないのか?ベネットさんはどう思うか聞いてみろよ」


 確かにハルは雑貨店での夕食の時に、本当は夜も本を見たいと言っていたが。


「‥‥‥無理だ」


 全く、こいつは。


「何が最善かも考えろ、天銀の虎よ。まあ、冒険者やめる覚悟があるなら、何年でもゆっくりのんびりやってろよ」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥彼女には、迷惑を、かけたくない」 

「‥‥‥」


 怒らせようと思って言ったのに、自分のことより彼女の人生を優先するとは。


「わかったわかった、言い過ぎたよ。とりあえず、一度ベネットさんをギルドに連れて来てくれ。それから、お前が商業ギルドに出した依頼者の欄に、【月長石(ムーンストーン)】のギルマスとして俺の名前も追加しろ。達成したら彼女の仕事にも箔が付くだろう」

「‥‥‥すまない」

「いいよ馬鹿」

「すまない、ルーク」

「やめろ」


 追加のエールで、親友と恩人(ハル)との出会いに乾杯をした。


読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ