49冊目
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ロンドとロゼッタは、昼過ぎに隣の古書店から自宅に戻ったらすぐに話し合い、友人でもある商業ギルドのハワード夫妻に、急ぎ手紙を書いたのだった。
ハワード夫妻の養子となるレックスが関わる、ハルの母ロッティの死因について、こちらに任せて欲しいとハルに言った。ハルには、負担と考えることが多過ぎる。親代わりである自分たちが何とかしなくてはと思った。
守るべきは、ハワード夫妻ではなく、レックスだと判断した。
商業ギルドの鑑定士を目指すあの若者に、今の段階で事実を知るのは酷だと、顔を合わせているロンドが言った。ハルも、母の死は少し前であったかのように、古書店に来た彼に言っていた。
あの日の彼は、商人の従者に唆されて、猫の書をハルから離そうとして、逆にハルに説教された。彼は騙された末の愚かな行為に素直に謝罪したが、そんな後に真実を知ったら、彼の心が壊れてしまうような気がしたのだろう。
ハワード夫妻は相当なショックを受けるに違いないが、彼らが知らずにレックスに話してしまうよりはマシだ。二人はそれを恐れていた。
ロンドがギルドへ再び行くと警備のデリックは目を丸くしていたが、別件だからと笑って、受付のシアに手紙を渡した。今日はあの面会の後にレックスの家族と食事会だと言っていたから、読むのはその後になるだろう。間に合うことを願うばかりだ。
帰ってきたロンドを待っていたロゼッタは、残りの休日を二人でのんびり過ごそうと言った。
小さな庭のベンチの前に、ローテーブルと、まだ日が落ちる前にランタンを用意した。テーブルには果実酒とグラス、クラッカーと有り合わせの食材で作ったカナッペが大皿にあった。この後に、ジュードからもらったアイスクリームもある。今日のロゼッタは、カロリーを気にしないで食べることにしたようだ。
このところ忙しかったが、新しい出会いもあった。二人は暗くなるまで語り合い、夫婦の時間を過ごした。
* * * * * * * * * * *
「お疲れ様です」
警備塔の扉前に立っていた男に女性隊員が挨拶をすると、後ろの男性隊員が続いて入った。男はチラと青灰色の瞳を向けただけで、「お疲れ様です」と返した。
「あの男がラルフか?」
「‥‥‥そうよ。まだ喋らないで」
「‥‥‥すまない」
気配を消した後ろの男性隊員にロージーが注意した。オーランドの魔力と匂いをたっぷり付けた隊服を、この男が着ていることにも苛立っていた。
「入ります」
二階奥の隊長室に入ると、二つのデスクがあり、左側に扉のない給湯室が、右側に応接室と仮眠室の扉があった。副隊長のオーランドが白シャツとスラックス姿で出て来て、応接室に案内された。
被っていた制帽を取る銀髪と天色の瞳の青年に、オーランドの眉が少し動いた。
『この王子様がオーランドだったら良かったのに』
幼かったフィンレーのあの言葉を思い出すと、本当に何故、自分がこの瞳に生まれなかったのかと、悔しくて悔しくて仕方がない。
「北門の警備塔、副隊長オーランドだ」
「【月長石】の冒険者ジュード・グレンだ」
オーランドは、短い銀髪に青灰色の鋭い目をした三十歳前後の男だった。
「座ってくれ。‥‥‥ロージー」
「はい」
一度部屋を出たロージーが、紅茶を入れて戻って来た。ローテーブルにカップを置くと、ラルフは別の隊員と交代して戻り、応接室の扉は開けた状態で、二人が入口付近に立って待機した。
ラルフという男は、あからさまに『逃がすか』といった態度で、まあ単純な性格なのだろう。一方のロージーという女は命令通りに仕事をするタイプで、オーランドに忠誠を捧げているように思えた。
ジュードのピアスには毒の耐性があるが、気にする必要もない。紅茶を一口飲むと、カップを置いた。
「‥‥‥そちらは、時間が惜しいだろう。話はだいたい聞いているが、そちらの提案と条件、対応次第で、こちらも協力すべきか検討したい」
ジュードがすぐに切り出した。どうやら肩に乗る猫にまだ気が付いていないようだ。それほど、目の前の男が冷静ではないのか、その程度ということだ。
オーランドの目の下には青黒い隈がある。もう何日もよく眠れていないのだろう。
「大前提は、隊長の状態異常のことで協力を求めるのと、『本』を返してくれ。あれは元々こちらの、フィンレー隊長が所有していた物だからだ」
「あの商人はもう要らないと言ったが?」
「‥‥‥『本』は、聖獣の指輪を入手したら消えるはずだった。消えたらまた探せばいいと。だから、こちらに戻せと商人には言っていなかった」
「商人と従者はどうしている?鬱陶しい程度の邪魔をしてきたが、ここ数日静かだ」
「知らないな。逃げたのだろう」
殺したのではないだろうな?
ジュードは目を細めた。オーランドは躊躇なく人を殺せるタイプだ。バートの話にあった、猫の書を盗んだ教育係は回復を待たずに逃げたと言ったが、後でオーランドが消したのではないかとジュードは思っている。
「まあ、それはいい。だが、悪いが今はまだ返せない」
「‥‥‥今はまだ?」
より鋭くなったオーランドの目に、控えているロージーとラウルが息を呑んだのがわかる。
「次の新月まで必要だからだ」
「新月?‥‥‥ジュード・グレン、まさか、またあの地へ行く気か?」
「‥‥‥話を進めるには、そうだな。まず、俺とハル・ベネットの話をしよう。その後に、彼に会わせて欲しい」
「‥‥‥!」
ジュードの真面目な瞳と言葉に、オーランドは戸惑う。これまでの怒りをぶつけられる覚悟でいたのに、目の前の冒険者は無理を通すのではなく、あくまで交渉して来るのだ。
* * * * * * * * * * *
夕食の最後にジュードからもらったアイスクリームを出すと、レジナルドは二種類を二つとも食べた。疲れているので体は甘い物を求めていたようだ。シャワーの後で、すぐに寝てしまった。
そわそわとするバートに、カルロスが座るように言った。
「昨日は買えなかったからと、主がお前に」
カルロスの香草茶と一緒に、無花果のソフトクッキーが用意された。
「これ、去年食べて美味しかったやつだ。期間限定の!」
ソファーに座ると、バートはさっそく夜のティータイムを楽しんだ。カルロスは、その様子を見て笑う。
「バート、明日はお前が主の側にいてくれ」
「‥‥‥カルロスは?」
「明日の午前中は古書店に顔を出して、問題がなければ、その後に実家に行って来る」
無花果のソフトクッキーを食べながら、実家へはレジナルドの養子になること事への報告と、手続きのために行くのだろうと思って、頷いた。
「ハルちゃんには少し話すの?」
「主より先に話すわけにはいかない。ただ、ハルちゃんがこの屋敷についてどう思っているかを知りたい。ロッティの、母親の生家だからな」
バートは、ハルはあまり拘りがなさそうな気がしていた。ロッティが出て行くくらいだ。何となく、性格が似ているのであれば‥‥‥。
「ふっ、お前が何を考えているのかわかる。一応聞くだけだ、一応な」
「あ、そう」
「バート。明後日は主がいよいよ退職される。最後は『二人で従者で護衛』だ。そして、三人で帰ろう」
「‥‥‥うん、了解!」
予想していた以上に良い笑顔のバートに、カルロスはここへ来る前の彼を思い出した。こんなに表情豊かになるとは、あの頃は思っていなかった。
『何か、生きるのにも飽きてきたな‥‥‥』
野営地で干し肉を噛みながら、そんな言葉を彼の口から聞いたのは、カルロスもロッティの死を知った絶望の中にいた時だった。
これではダメだ。
バートの言葉は、そう思う切っ掛けになった。
『いつか、私の元で働いてもらえないか』と、再び傭兵として戦地へ行く前に言ったレジナルドの言葉を、ふと思い出した。
そうだ、あの人は、娘を‥‥‥。
同盟国での戦争で生き残ったカルロスは、抜け殻のようなバートを連れて国に帰った。
両親と兄に会い、傭兵をやめてレジナルドの所へ行きたいと言うと、涙を流して喜んでくれた。一緒にいた無表情のバートのことも、とても心配していた。
レジナルドは、本当にカルロスを待ってくれていた。無事に戻って来たのを彼も泣いて喜び、バートと二人、屋敷に迎えてくれた。屋敷には、通いの家政婦と料理人だけで、彼は一人で日々忙しく暮らしていた。
カルロスとバートは、レジナルドの従者で護衛になった。家族のように接するレジナルドと暮らし始めて、バートの暗い黄褐色の瞳に、光が見え始めた。
『カルロス。何をしたらいいのか、わからない』
『カルロス。あの人の仕事見てると、眠くなる』
『カルロス。あの人、どうして怒らないの?』
『ねぇ、カルロス。あの人が、レジナルド様が、膝掛けを貸してくれたよ』
『カルロス!チョコレートを買ってもらった!』
「カルロス」
「‥‥‥ん?」
「明後日は三人で食べ歩きして帰ろうよ。水の曜日にはクレープの屋台が出てるはずだから」
「そんな記憶だけはしっかりしているな。全くお前は」
そう言いながらも、銅色の瞳は普段よりも優しかった。
* * * * * * * * * * *
ジュード・グレンの話を聞き終えると、オーランドとロージーは沈黙し、ラルフは下唇を噛んだ。彼の話の中に出てくる自分たちの行動は、何と無意味なことか‥‥‥。
『本』を開くと猫になってしまった状態で、ジュード・グレンが『本』を手放せるはずもなかった。
ローテーブルには、オーランドが記憶している物とは違う、美しく丁寧に修理された濃紺の表紙の『本』がある。ベネット古書店の店主、ハル・ベネットが完璧な修理をしたのだ。
『あの魔法の書‥‥‥いや『本』は、修理魔法を使うと時間もかかるし、魔力の消費が酷いんですよ。試しに表紙だけをうちの若いのやらせましたら、一人倒れましてな。修理を引き受けるなら、それなりに‥‥‥割に合う代金と、時間を頂かなくてはなりませんなぁ』
あの商人はそう言っていた。
ずっと見つからなかったあの『本』を入手したのが、何故かあの男で、良かったらツテがありますから冒険者ギルドへの依頼を仲介しましょう、とあの方にそう提案した。頼んだのが間違いだった。
「ハルが言うには、聖獣の指輪を俺に再び戻すか、神殿の女神に返せば『女神の呪い』は解けるのではないか、と」
「確かに、そうかもしれないが‥‥‥」
煮えきらない返事をするオーランドが、ところで、その彼女は今どこに? と聞いた。
「ここに居る。ずっと」
「「「‥‥‥!」」」
三人は目を瞠った。ジュードの左肩に、いつの間にか猫がいたのだ。山吹色の瞳、青茶の細身の猫は、確かにあの古書店の女性と同じ色だった。
「そ、んな、馬鹿なっ!冗談じゃねぇのかよっ?」
「ラルフ、煩いワよ」
「‥‥‥ハル・ベネットさんか?」
オーランドが、眉根を寄せて猫に話しかけた。
よく出来た置物のように、じっと三人を見ていた猫は、ジュードが撫でようとした左手に擦り寄った。
「ハル、頼む」
「はい‥‥‥」
仕方がないですね。と、聞こえた気がして、ジュードが微笑んだ。
猫が喋った!!!
ロージーとラウルが叫びそうになって、自分の手で口を塞ぐ。話で聞くより、実際に目の前で見ると途轍もない衝撃だった。オーランドもそれなりに驚いたが、ジュードの顔にも驚いていた。こんな顔もするのか、と。
「私が【ベネット古書店】の店主、ハル・ベネットですが、何か?」
月を半分にして器にしたような瞳だった。見るからに不機嫌だ。
「‥‥‥言っておくが、彼女を怒らせない方がいい」
「「「‥‥‥」」」
もう怒っている場合は‥‥‥?
応接室を出て、隣の仮眠室に移動する。扉を開けた途端に、ひんやりと冷たい空気になった。
「‥‥‥ハル、俺の予想が当たったな」
「‥‥‥はい、残念ながら」
金髪金眼の美しい男性が、氷の柱の中に立ったまま閉じ込められていた。
* * * * * * * * * *
『キタゾ』
『やぁ、久し振りだ』
『ヤット ココマデ タドリツイタヨ』
『登場人物は揃ったかな?』
『ソロッタゾ』
『次の新月だね』
『ハル オコッテルゾ』
『えっ?‥‥‥どうしたらいいかな?』
* * * * * * * * * * *
「ちょっと寒いので、服を着てもいいですか?」
「ああ、待ってろ」
氷漬けのフィンレーを見ても二人は驚きもしなかった。ジュードが魔法鞄の中に手を入れると、白いフワフワを丸めた物が出てきて、立ち上がった猫の上からスルッと着せた。
「か‥‥‥」
「‥‥‥?」
オーランドに見られて、ロージーが口を閉じた。
かわいい。白いフワフワは猫の服だった。長い耳が付いていて、雪兎に見える。かわいい。
「さすがロゼッタさん。ピッタリなのに、こんなに伸びます。‥‥‥さて、ちょうど本当に都合良く、警備隊長さんの左手だけが出ていますね。指輪がある方です」
フィンレーの左手の親指に指輪があった。ジュードが間違いなく聖獣の指輪と確認できた。
「‥‥‥そんな。先程までは、左手も氷で‥‥‥」
「どうしますか?外して良いのですか?」
『イイヨ』
「‥‥‥ハル、何か言ったか?」
「いえ?」
オーランドが目を閉じた。
「‥‥‥ジュード・グレン、指輪を外してくれ。今の声は聖獣様だろう。昔、聞いたことがある」
「副隊長‥‥‥」
「マジかよ‥‥‥」
「さ、ジュードさん、外しましょう」
「焦らせないでくれ。もう呪われないか?」
「ないですよ」
『ナイナイ』
猫の口から二人分の声が出ていて、ちょっと怖い。ジュードは深呼吸をして、フィンレーの親指から聖獣の指輪をスルッと外した。
「「あ」」
ハルとジュードが声を出した途端に、ドパァッ!と、一気に氷が溶けた。
「わあぁっ!」
「‥‥‥!」
これでは下の階に水が、いや、それより‥‥‥。
「やぁ、戻った戻った、戻った?」
「フィンレー‥‥‥様?」
金色のフィンレーが水浸しで笑っていた。
「ジュードさん、シャワー室の滅菌洗浄風乾燥の応用です」
「あ、ああ、わかった!」
床に染み込む前に、ハルは室内を洗浄するように、既にある水を使った。ジュードが風で舞い上げる。だが、やはりまだ水は残る。
「流しましょう。排水口はどこです?キッチンは?」
「む、向こうに給湯室があるワ!」
ロージーが隊長室の中を右から左へ走り、給湯室に案内した。ジュードが風で水を運び、ザァッと流した。ロージーは溜息を吐くと、一瞬ゾクッとした。
「どうして、後先考えないで部屋に氷の柱を‥‥‥」
ああ、でも物語の中では、もっとたくさんの人たちが氷の城にいましたね。実際は、お姫様もお城も水浸しだったけど、そう書くのもアレだからやめたのかしら?
猫が左肩でぶつぶつと言っている。先程少し漏れた威圧はこの部屋で無効化したようだ。ジュードがホッとする。
「‥‥‥まあ、可愛いから許します」
『ホラ ヨカッタ』
「良かった、良かった」
いや、良くねぇだろ‥‥‥っ!
ラルフが心の中でツッコんだ。
フィンレーは、金色の猫になっていた。
ジュードの風でふんわり乾いて、長い毛並みが何とも美しく神々しい。まるで、絵画から出て来た小さな獅子のようだ。
「ジュードさん、私の予想も半分当たったようなものではないでしょうか?」
「‥‥‥そ、そうだな」
せっかく氷漬けから戻ったのに、今度は猫とは。
ふと、天井裏に気配がした。たぶん先王の影だろうが、さすがに動揺したか。これから報告されるはずだ。
また明日、図書館に馬車が行くかもしれないな。気の毒に‥‥‥。
「‥‥‥フィンレー様」
「オーランド、心配かけたかな?」
「何を言ってるんですか!まだ継続中ですよ!」
「あははは!」
フィンレーは、おおらかな男らしい。オーランドが金色の猫を抱きしめた。手が震えている。
「ごめんよ、オーランド。ちょっと遠回りしたけど、僕が彼らと会うことに意味があったんだ。でもまずは、ジュード・グレンさんとハル・ベネットさんに、ちゃんと謝罪をしようか」
顔を上げたオーランドの瞳に、冷酷な色はなかった。
* * * * * * * * * * *
フード付きのローブを着た男を、誰だ?といった目で警備塔の隊員が見るが、ロージーが「知らない方がいいワ」と囁くと、面倒事かと思ったようで黙って扉を開けた。
深夜になり、今日はもう火の曜日になっていた。
ローブの男ジュード・グレンと、今は見えない猫を見送ったロージーは、隊長室へ戻る。応接室と給湯室の片付けをしたら、ラルフのように自室へ戻って、自分も整理をしなくてはならない。明日か明後日には、ここを去る予定だからだ。
「ロージー、ありがとう」
給湯室へカップを運ぶロージーに、金色の猫が隊長のデスクの上に座って言った。本当に、この派手な喋る猫がフィンレー隊長なのだ。
「キミとラルフは、選んでもいいんだよ?」
それは、この先は自分やラルフには関係ない事だと、そう言われているようにも聞こえる。そのつもりはないのだろうが‥‥‥。
「私は‥‥‥オーランド副隊長に拾われた身です。もし、ここに残れと言われるのであれば、ここに残ります」
「‥‥‥オーランド」
金色猫は困ったように、隣のデスクの副隊長に、どうにかしてくれと言う。オーランドは溜息を吐いた。
ロージーもラルフも、フィンレーは眩しすぎる存在なのだ。いつもなるべく自分を通してしか話をしようとしない。
「ロージー」
「はい」
どうか、捨てないでください。
今は緋色になっている彼女の瞳がそう言っている。自分も同じような目でフィンレーを見ているから、よくわかってしまう。
彼女が自分に寄せる好意には応えられない。突き放すような態度をとっても変わらない彼女に、苛立ちすら覚えていたが、自分に似ているから余計に苛立っていたのだと気が付いた。
「お前は、どうしたい?」
「‥‥‥!」
最近の酷く冷たかった青灰色の瞳は、フィンレーがどんな姿であれ復活したことで、以前のように戻った。やはり、この人にはこの方が唯一なのだと思い知る。ただ、『どうしたい?』と聞かれたのは初めてだった。
「どうしたいのか、わかりません。決められません。私は‥‥‥」
そのように生きてこなかったのです。
「‥‥‥」
「ラルフも、きっとそうです‥‥‥」
そう、ラルフも。いや、彼の方が別の意味で危うい。金に困った母親に、捨てられるように、腹違いの兄の元へ来た。敬愛するオーランドに捨てられたら、馬鹿なあの男は碌な人生を歩まないだろう。この人にも、それはわかっているはずだ。
「ロージー」
金色猫が、彼女を呼んだ。
この方が一言、『キミは必要ない』と言えば、あっさり切られる身だ。震えそうになる声を何とか耐えて、「はい」と返事をした。
「僕たちは自由にさせてもらっていたけど、他の警備隊員や一般の人に迷惑をかけてしまった時には辞めると、最初に伯父さ‥‥‥アンドレアス様に伝えていた。だから、いつか辞めることは決まっていたんだ」
氷漬けになって、次は猫になって、隊長としての仕事を全く出来ずにいる。ただ、一般の人に迷惑をかけたのはフィンレーではない。
「ロージー、全ての責任は僕だよ。僕が勝手をしたことで、オーランドやキミやラルフに、そうさせてしまったんだ」
真っ直ぐで眩しい。生き方も、考え方も‥‥‥。
「僕とオーランドは、冒険者になろうと思ってるんだけど、ロージーも良かったら一緒にどう?」
「‥‥‥‥‥‥え?」
ロージーは目を瞠った。
「冒‥‥‥険者?」
「十年以上前の『金の獅子には逆らうな』が、まだ通用するみたいだから、今度は『冒険者になりたい』って伯父さん‥‥‥じゃなかった、アンドレアス様に相談するよ。まあ、体が戻ってからだけど」
あははは。と、笑った。
オーランドは、懐かしむように目を閉じた。
鬼神のように威圧と重力を組み合わせた美しい剣撃。あの時はまだ少年だったから、彼の体がついて行かなかった。だがあれは、彼の潜在能力だった。それを引き出したのは、幼い頃から友達のように彼と会話をしていた、聖獣様だ。
教育係が『本』を盗み、破って捨てた事に、友達をそうされたことでショックを受けたフィンレーと聖獣の怒りが重なった結果だった。
『聖獣様!フィンレーが死んでしまいます!』
そう叫んで、必死に止めた。教育係の男などはどうでもいい。怒りは収めてくれたが、自分もボロボロになったし、本当に死ぬかと思った。破られた『本』はどこにも見つからず消えたが、昏睡状態から目覚めたフィンレーは笑って言った。
『今は聖獣も眠るって。必要になる時が近付けば、また僕の所に来てくれるから大丈夫だよ。オーランド、僕の側にいてくれて、ありがとう』
オーランドは目を開ける。
「ロージー。冒険者になれば、お前の本来の瞳の色を隠さなくていい。たとえ恐れられても、それが何だ?と見せつけてやれ。お前の自由だ」
ロージーの瞳は今は魔法で緋色になっているが、本来は黒い色だ。黒い瞳は、黒の魔力が多過ぎることで『魔』に近い存在と昔から恐れられていた。今は、皆がそうではないと随分と理解されてきているが、まだ一部の偏見がある。そういった者は、能力的にも『影』の仕事をする者が多い。アンドレアスの『影』にもいる。
「もし私の側に残るのなら自我を持て。ロージー、お前はもう部下ではなく‥‥‥仲間になるのだから」
「‥‥‥!」
溢れる涙までは、耐えられなかった。
読んでいただきありがとうございます。




