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47冊目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 クビになったはずのアイザックが、どうして商業ギルドの代表室でお茶出しをしているのか。布袋の中で待つハルは、戸惑っていた。ジュードとロンドも同じように思っているはずだ。

 そこへ、代表のソフィアが一人の青年を連れて入って来たので、アイザックの事を考えている余裕もなくなった。

 今日のソフィアは、いつもより柔らかい印象だ。知的な黒縁眼鏡は変わらないが、碧緑色の長い髪は緩く巻いていて、服装はフリル付きの白シャツに濃灰の上下でジャケットとロングスカートだ。


「ああロンド、久し振りね。ロゼッタは元気?」

「あ、ああ。元気だよ。ソフィアもオリーも、元気そうで良かった」

「紹介だけさせてちょうだい。彼は、オリーの甥でレックスよ」


 青年はハワード家の養子になるそうで、隣室に控えていた為、せっかくなので紹介しようと思って連れて来たと言った。


「‥‥‥」

「「‥‥‥」」


 困った事になった。お互いに『初めまして』ではないのだ。


「どうしたの? ご挨拶なさいな」

「は、はい。レックスと申します。鑑定士の見習いです。よろしくお願い致します」


 やや青白い顔で、山鳩色の青年が挨拶をした。


「ロンド・ロスだ。雑貨店【ロンド&ロゼッタ】の店主で、ハワード夫妻とは友人だよ」 

「‥‥‥【月長石(ムーンストーン)】の冒険者、ジュード・グレンだ」

「レックス、今日はもうこれで下がりなさい。また改めて紹介する場を設けるから」


 オリーがそう言うとレックスはホッとしたようで、「失礼します」とすぐに退室した。オリーは外で待機していたシアに、代表室には誰も通さないように言って、扉を閉めた。ソフィアは皆の様子がおかしいと気が付き、向かいのソファーに座った。


「‥‥‥ごめんなさいね。では、お話を伺うわ」

「防音魔法と、扉は鍵をかけた。記録魔法は解除したよ」

「すまない‥‥‥感謝する」





 シアは、通りかかった事務員に、受付にはしばらく戻れないことを事務室長に伝えてほしいと言った。代表室前でこのまま待機することにしたのだ。

 来客中の札は出しているが、隣室にはまだこちらに来たばかりの不慣れなレックスと、給湯室には元警備のアイザックがいる。

 鍵はかかっていて中は防音だが、外から扉を開けようとすると、室内に付いた魔石が光る。とても大事な話のようなので、僅かなことでも邪魔になるのは避けたい。


 シアがハルと出会ったのは、研修期間を終えて初仕事の日だった。父親のユーゴ・ベネットと一緒に来た少女を紹介された。代表のソフィアに、「いずれ古書店のことは彼女が任されるだろうから、あなたが担当になりなさい」と言われた。お互いに緊張していて、ぎこちない挨拶だったのを覚えている。


 五年経った今でも、ハルは真面目で礼儀正しく、だからこそなかなか深い付き合いにならないが、最近は表情が豊かになった。怒ったり、困ったり、驚いたり、笑ったり、恋をしているのが、とてもよくわかる。そして、シアに何か伝えようとしているのだ。


 『ハルさん、私とお友達になってください』


 次に彼女が来た時、こう言おうと思っていた。だが彼女は今日、ジュード・グレンと一緒に来なかった。来れないと聞いた。


 どうしよう。ハルさんに、何かあったのかな‥‥‥。


 出来ることがあるなら手伝いたい。商業ギルドの受付の立場を超えているが、彼らが出て来て見送る時に、そう伝えてみようと思っている。





 ローテーブルには、ロンドが持ってきたマグカップがある。ハワード夫妻にとってロンドのコーヒーは久し振りで、ハルたちには落ち着く馴染みの香りが代表室に広がる。


「僕の鑑定では‥‥‥」


 先程まで淡く光っていた鑑定眼は、いつもの深緑色に戻っている。


「猫には魔力があり、魔力はハルちゃんと同一であり、猫はハルちゃん本人である。そして〘聖獣の加護〙があるようだ」 


 鑑定士オリー・ハワードによる鑑定でも、それ以上は視られずに拒絶された。

 ソフィアは、【月長石(ムーンストーン)】の代表ルーク・ブレイクからの手紙を読んで、頭を抱える。

 ハルたちは、【銀色猫と氷姫】の物語と、ジュードがハルに修理を依頼した経緯を、手短に話した。


「あの、猫の書の修理が終わっていても、人の姿に戻らないと依頼完了の手続きは難しいのでしょうか?」


 ソフィアが顔を上げた。


「ハルちゃんのギルドカードは?」

「ハルの魔法鞄の中だ。ここにある」


 ジュードが猫になった時は、魔法鞄までも首のスカーフの中に小さく収納されるという不思議な状態になっていたが、ハルの場合は魔法鞄はそのまま残された。ジュードが代わりに持ち歩いている。


「魔法鞄の中の物が取り出せるかどうか、まだ試していなくて」

「俺が魔法鞄を開くから、ジュードくんがハルちゃんをしっかり支えてやってみるか?」

「ハル、抱っこするぞ?」

「ひゃい」


 ロンドの提案で、ジュードがハルを膝に乗せた。


「他人の魔法鞄に手を入れても何も取り出せない。ハルちゃんの場合は鑑定でも本人となっているから、大丈夫なはずだけどね?」


 オリーの言葉に頷くと、ロンドがハルの前で魔法鞄を開けた。ジュードが支えてくれていても、目の前に暗い穴があるかのように恐ろしく感じた。普段は何でも出し入れする便利な魔法鞄だが、生きたものは入れないようになっているとわかっていても、吸い込まれそうだ。

 両前足を入れて、いつものように取り出す物をイメージをする。


 「あ、引いてください」


 ハルがそう言ったので、ジュードはハルを引き寄せた。ギルドカードをしっかり肉球で挟んで、ジュードに抱えられた猫の姿に、皆は何とも言えない顔をする。


「ハル、やったな」

「はい! この調子なら、必要な物は取り出せますね。重い物は身体強化魔法が欲しいところです」

「逞しいわね‥‥‥」

「‥‥‥なるほど」


 ロンドが何やら考え始めた。この男は帰ったら身体強化の魔法道具を作るかもしれない。ソフィアが溜息を吐いた。


「ここで手続きをしましょうか。ハルちゃん、シアはどう?」

「はい。やはり、シアさんにお願いしたいです」

「わかったわ」


 ソフィアが扉の外に出ると、待機していたシアに驚くも、手続きの準備をするように言った。シアは、ハルが居ないのに何故かと思ったが「承知しました」と頷いた。事務室で書類を揃えたらまたここへ戻り、ノックして入室を許可するまで待つように言った。



「シアを待つ間に、話を進めましょう」


 物語の最後の異世界語を書き出して、オリーの方でも調べてみてくれる事になった。ハルも、父と母の日記をしっかり見てみようと思っている。


「古書店は開ける方向で考えていますが、今後の私次第と言いますか‥‥‥」

「ギルドで受ける修理依頼の方は、話し合いが必要になるかもしれないし、体が戻るまでは無理ね」

「はい」

「先週話したあのブレスレットだけど‥‥‥」


 オリーが身を乗り出した。

 

「今なら必要だと思わないかな?」 

「「‥‥‥」」


 後で『封印』してもいいからと、先日押し切られて、登録変更の手続きをしたら受け取ることになっていた。


「今のハルだったら持っていてもいいと俺は思うが‥‥‥、猫にもブレスレットは可能なのか?」

「人に合わせてサイズが変わる。実はもう手続きは済んでいるから、今のうちに試してみよう。ああ、急いでおいて良かったなぁ!」


 オリーがニコニコと機嫌が良い。やっと手放せるのと、ハルたちの役に立ちそうなので、嬉しいのだろう。そう言えば、ハワード夫妻の手首にブレスレットがない事に、今になって気が付いた。持ち主が変更されたからだったのだ。


 代表室の金庫からソフィアが箱を取り出す。開けると白と黒の二つのブレスレットと登録証等が入っていた。


「三枚あるけど、ジュードくんのサインだけで構わないわ。ギルド本部と私の方で一枚ずつ保管して、残りの一枚はあなたが持っていてね?」

「ん、わかった」


 ジュードのサインが終わると、ずっと身体強化のあたりから考え事をしていたロンドが、ブレスレットに目を向けた。


「‥‥‥」

「ロンド、登録済みのコレに手を加えるのは()()だよ?」

「‥‥‥オリー、俺はまだ何も言っていないんだが?」

「ふふっ、日頃の行いよ」


 黒のブレスレットは視覚阻害、白のブレスレットはその視覚阻害が効かない魔法道具だ。


「ハルが黒で、俺が白だな」


 皆にはハルの姿が見えなくても、ジュードだけには見えるようになる。猫になったハルにはもってこいの魔法道具(アイテム)だ。但し、鏡には姿が映るので、そこは気を付けなくてはならない。

 

「私は、気配を消す練習が必要になりますね」

「ハルならすぐに出来るようになる。まずは‥‥‥そうだな。黒の魔力をコントロール出来るようにしよう」


 ハルは怒ると威圧が、な。


 白のブレスレットをジュードが左手首に着けてみた。すぐにピタッと密着したが、伸縮するらしく動いても邪魔にならないし、存在を忘れるほど重さがなかった。これならと、黒のブレスレットを手に取ると、ハルの左前足に通してみた。

 

「あ、ピッタリに小さくなりました!」


 ロンドは、ハルの母ロッティに頼まれて自分たちが作った指輪と同じだと思った。あの指輪も持ち主のサイズに合うようになる。


「このブレスレットは、誰が?」

「遺跡から発見された魔法道具だよ」

「大昔の遺物か!」


 何て物をハルに持たせるのだ。ロンドはジト目でハワード夫妻を見ると、してやったりの顔をしていた。

 

「ぜひ使いこなして欲しいわ。ハルちゃんは、いつか冒険者登録してみたらどうかしら?」

「あ、いいですね」

「冗談で言ったのよ?」


 シアが来たようで、苦笑したオリーが扉を開けた。




「では、これで猫の書の修理依頼は完了となります。こちらは、【月長石(ムーンストーン)】の代表ルーク・ブレイク様と冒険者ジュード・グレン様からお預かりしていた報酬です。ご確認ください」

「‥‥‥」

「こちらは、ギルドカードにお預け入れしますか、ハルさん?」

「‥‥‥」


 シアの膝の上には、目を丸くした青茶色の細身の猫がいる。報酬金額を確認しないままだったハルは、固まっていた。


 金貨百枚って‥‥‥!


「これは、商人が俺に押し付けたアレとは別のものだ。ハル、それ以上に感謝しているし、巻き込んでしまった事を申し訳なく思う」

「いえ、それは‥‥‥」

「受け取って欲しい。ルークもそう思っている」

「は、はい‥‥‥」

「‥‥‥では、ギルドカードをお預かりしますね」


 シアが名残惜しそうに膝からハルを抱き上げると、「次は私よ」とソフィアが両手を伸ばした。ソフィアはハルの艷やかな毛並みを堪能する。シアは苦笑して代表室を出て事務室へ行った。



「あの子があっさり受け入れたことに驚いたわ」


 シアは猫を見て「もしかして、ハルさん、ですか?」と言ったのだ。全ては話せなかったが、いずれ解決すれば元の姿に戻るはずだからとハルが言うと、シアは「戻れると信じています」と微笑んだ。


「ところで、アイザックの事だけど‥‥‥」

「「‥‥‥」」

「あなたたちが来る予定の水の曜日に休ませて、会わないようにしていたのよ」


 ハルたちが今日来たことで、代表室のお茶出し担当になったアイザックに会ってしまった。確かに、先週の水の曜日には居なかった。警備はクビにしたが、商業ギルドから追い出すことはしなかった。


「何故、彼をここに留めたんだ?」


 ロンドが、ソフィアに尋ねた。


「今は放り出すより、近くに置いたほうがいいと思ったのよ。あなたたちは顔も見たくないかもしれないけど‥‥‥」

「いえ、驚くほど無愛想になっていましたので、前よりはマシです。どうぞお気遣いなく」


 ハルの言葉に、皆が顔を見合わせ苦笑いした。ジュードには無愛想だったアイザックだが、他では白い歯を見せて角度が同じ決め顔と作り笑顔だったらしいのだ。ハルはそれが苦手だったし、商業ギルドの警備の立場でありながら、ハルとジュードのことを他人にペラペラと話す口の軽さに呆れていた。


 シアが戻ったので、ソフィアはアイザックの話をやめた。ギルドカードが返されると、ハルの魔法鞄には戻さずにジュードが預かった。


「ソフィアさん、オリーさん。明後日、お約束どおりにまた来ます。今日は突然来たうえに、驚かせてしまってごめんなさい」

「いいのよ、来てもらえて良かったわ。でもそうね、私たちもこれからお客様が来るから、続きと詳しい話は明後日にしましょう」

「二人とも、ブレスレットの扱い方は難しくないはずだから、上手に使ってくれよ?」


 ハルとジュードは、すっかりブレスレットの存在を忘れていた。それが顔に出ていたので、ハワード夫妻は苦笑いした。





「じゃあな、ハルちゃん」


 商業ギルドを出て警備のデリックに、ハルは再び頭を撫でられた。


「ロンド、またコーヒー飲みに寄らせてくれ」

「ぜひ、今度は娘さんと」

「ブハッ、無茶言うな。顔合わせりゃ小言ばかりだ」


 デリックは、他には何も言わなかった。



 外階段を下りて歩き出したジュードたちは、ふうっと息を吐く。


「どうなるかと思ったが、結果的に今日の警備が先輩で良かった」

「あの人は、緩く見えて真面目な人だな」

「そうなんだよ」


 昼には古書店に帰れそうだ。店番をしてくれているロゼッタがどうしているかも気になる。バートは来ただろうか。今後について皆で話し合わなくてはならない。ハワード夫妻の養子となるレックスについてもだ。


「しかし、まさかあの青年が養子とはね」

「面倒なことにならなければいいが‥‥‥」

「‥‥‥」


 ハルもそれが気がかりだった。


 子供の頃に図書館前の階段から落ちるレックスを助けたことで、打ちどころが悪く途中で倒れ、母は亡くなった。レックスは、それを知らない。ハワード夫妻も。

 母が死んだのはもう過去の事だ。だから、もう誰も傷ついて欲しくないのだが、彼らの繋がりが深まれば、いつかは知ってしまうだろう。


 肩から前にかけた布袋の中で丸くなったハルを、布越しにロンドがポンポンと優しく、子をあやすようにした。それだけで、ハルは涙が出そうになり、不安が少しだけ和らいだ。




 古書店の木製の吊り看板が見えた。今、店の鍵を持っているジュード以外は、鍵が閉められていると看板が認識できなくなる。吊り看板の出し入れが面倒だからと、ハルの父ユーゴがロンドたちに頼んでそうしてもらったのだ。ハルが袋からひょこっと顔を出した。


「ちゃんと昼休憩しているようだね」

「はい」


 ロンドと今のハルには看板が認識できない。ジュードが鍵を出そうと、首にかけたワイバーンの革の鍵入れに触れる前に、内側に扉が開いた。


「お帰りなさい」

「お邪魔してまーす」


 ロゼッタとバートが、口の端の同じ位置にトマトソースを付けて出て来たので、二人と猫は、思わず笑ってしまった。

読んでいただきありがとうございます。

 

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