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44冊目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。

それから、誤字報告を下さった方、ありがとうございます。感謝申し上げます。



 ブルーベリーチーズケーキと、ハート型ホワイトチョコチップ入りダークチョコレート。随分と洒落ていて可愛らしい。

 そのアイスクリームが四個ずつ入ったカラフルなギフトボックスと、ルークのために作られたオリジナル魔法袋(マジックバッグ)を受け取ったアーロは、給湯室の食品収納庫にそれらをしまってから紅茶を入れた。

 予め魔法鞄に用意してあるものを出すのではなく、湯を沸かして紅茶を運ぶほうが趣があるし、何より、二人が買ってきてくれたランチに合う紅茶を考えるのも大事だ。

 普段は何を考えているかわからないと言われる黒縁眼鏡の奥の土色の瞳は、今は穏やかに細められていて、良い香りと共に四人分のカップをトレイにのせて、代表室に戻る。


「お待たせしました。頂きましょうか」

「腹減った」


 美しい月白の髪をポニーテールにしているこの部屋の主は、その容姿と話し方にギャップがある。彼の普段の砕けた口調を知っている者以外は、最初は混乱して衝撃を受けるようだ。

 冒険者ギルド【月長石(ムーンストーン)】の代表(マスター)ルーク・ブレイクは、夜の化身だ。緩やかな癖のある月白の長い髪は艷やかで、濃紺の瞳は見つめられたら吸い込まれそうになる。

 その、美女にも見える顔の形の良い唇から『腹減った』と出るのだから、何とも残念だ。それが小気味良いのだと言う者もいるが、副代表のアーロからすれば、せめてもう少しだけ上品にして欲しいのに、と思う。今もサラダクレープに豪快に齧りついている。


「何だ?」

「いいえ」

「ハルちゃん、広場はどうだった?」

「あんなにお店がいっぱいで、どれにしようと悩んでしまうほど、楽しかったです」

「それは良かった」


 ルークがとても気にかけていて、そのうえ、A級冒険者ジュード・グレンの恋人である女性は、山吹色の瞳を輝かせて笑っている。

 アーロが初めて会った古書店の店主ハル・ベネットは、香水の匂いもしなければ、飾り気のないシンプルな服装の女性だった。青茶の真っ直ぐな髪を革紐で結び、凛々しくて清楚な美人だ。

 ジュード・グレンという美丈夫の隣に並んでも霞むわけでもなく、悪目立ちもしない。落ち着いた雰囲気の二人を見て、なるほどルークが好ましく思うわけだ‥‥‥と納得する。


「ヴァージルに会って驚いたろ?」

「はい、それはもう、いろいろと」


 ハルが隣の男をチラと見ると、ジュードは苦笑いした。聞けば、ルークの弟であることまで隠していたらしい。


「ハルちゃん、実はな‥‥‥」

「ヴァージルさんはS級冒険者ですよ」

「え」

「アーロ!」


 ルークが頬を膨らませてアーロを睨む。どうやら、自分がそれを言って、ハルを驚かすのを楽しみにしていたようだ。


「おや、どうしました? ああ、この蒸しパン、モチモチしていて美味しいですね。これは黒糖ですか? 屋台はいろいろと増えたのに食べる機会が少なくて。仕事を溜める人がいると、もう毎日が忙しくて忙しくて」

「アーロお前、その嫌がらせか?」

「え、S級‥‥‥」

「ええ、S級ですよ。あの可愛らしさで強いんですから、詐欺でしょう?」

「「詐欺‥‥‥」」

「俺の弟に詐欺とはなんだ。アイスクリームやらないぞ」

「それは困ります。さて、次は別の紅茶を入れてきますから、どうぞ食事とお話を続けてください」


 ルークとアーロの遣り取りが終わり、アーロが給湯室へ行くと、ハルとジュードは何となくホッとした。



「‥‥‥ルーク、今日はデスクの書類が少ないな?」

「そりゃあ頑張って減らしたし、レディが来るんだ、片付けもするさ。‥‥‥まあそれと、先日の一件からな。お前に手を貸した冒険者たちが、依頼を随分消化してくれている。今日はテントに誰も居なかったろ? お前が面倒事に巻き込まれているようだから、ギルドも大変だろうってな」


 ジュードは目を丸くした。


「お前はこれまで、皆が手を出さないような依頼をわざわざ選んで受けてたろ?」

「‥‥‥」

「お前は昔から無愛想だし、殆どの依頼をソロで淡々とこなすから、何でも簡単に出来る完璧な男だと思われていたな。一部の奴らには」

「別に‥‥‥自分がしたいようにやっていただけだ」

「まあ、そうなんだろうが‥‥‥」


 ハルは黙って話を聞いていた。


 ジュードは口にはしないが、世話になったブレイク家の、ルークを手伝いたくて一生懸命だったのだろう。そして、A級冒険者にまでなった。


「あのテントで飲んでいる先輩冒険者(おっさん)たちは、そんなお前をよく見ていたんだな。だから、逃がすのに手を貸してくれたし、お前を変えるほどの大事な何かを見つけて、頼られたことが嬉しかったんだ」


 本来、ギルドとはそういうものだった。


 今は大きくなりすぎて、仲間意識も薄くなり、若い冒険者たちにはベテランが干渉するのを嫌う者も多くいる。


「お前も俺も、彼らにとっては息子のようで、未だにガキみたいなもんなんだろうな」

「ああ‥‥‥そうだな」


 今ならそれが、温かくて嬉しいとさえ思える。


「ジュード様、あのアイスクリーム、きっと喜んでもらえますね」


 塩鶏屋に渡してきた、ジュードが好きなアイスクリーム。彼らにも食べてもらいたくて、二箱ほど置いてきたが、あれでは足りない。


「ハル、今度はベーグルを持って行くか」

「それ、いいですね!並んで買う機会もあまりないでしょうから」


 面倒な依頼に巻き込まれたが、悪いことばかりではなかったなと、ルークは二人の姿を微笑ましく見ていた。アーロがなかなか戻って来ないのも、タイミングを待ちながら、この話を聞いているのだろう。




 ローテーブルの上のカップと皿を片付けてくれたアーロにもそのまま同席してもらい、ジュードが猫の書を置いた。艶のある濃紺の表紙で重厚感のある魔法書だ。


「これが‥‥‥猫の書ですか」

「随分と立派になったじゃないか。良い色だ」

「昨日は、今日のために無理はしませんでした。でも夜に思い立って、昔からの方法で出来るところは糸綴じをしてみました」

「見返し‥‥‥だったか?表紙と貼り合わせて、仕上げに修理魔法(リペア)で完成だそうだ。今からでも出来るが‥‥‥どうする?」

「完成したらお前がどうなるか、わからないんだな?」


 神殿に行くまでは、やはり開けば猫になってしまうのだろうとは思うが。


「ジュードさんは、私たちの前で猫になりたくないのでは?」


 ふふっと笑うアーロに、ハルは『正解です』と言いたかった。


「トラ様、可愛いですよ?」

「「見たい」です」

「ハル!」


 酷いじゃないかとばかりに情けない顔を見せるジュードに、ハルは「可愛いから大丈夫ですよ」と追い討ちをかける。


 ハルの腕に今もある、ルークのバングルを今日で返せる。


「‥‥‥」

「何を悩む? 俺たちの前で完成したらハルちゃんは依頼達成だ。もし不測の事態が起きたとしても、今なら【月長石(ムーンストーン)】のギルマスとサブマスが側にいる。こんな安全な場所はないぞ」


 わかっている。今、ここで終わらせることが最善だと。


「‥‥‥ハル、頼む」

「はい、ジュード様」


 アーロが扉の鍵をかけると、代表室(ここ)では攻撃魔法以外は使えることをハルに教えた。


「あと、アーレントさん、カーテンも閉めていただけますか?」

「わかりました‥‥‥私も名前で呼んでくださって構いませんよ」

「ありがとうございます、アーロさん」


 ジュードとルークの顔を見て、アーロは「この程度で嫉妬ですか?」と笑った。二人ともハルの『依頼人』なので『様』で呼ばれている。


 手元灯をローテーブルに用意し、室内灯をつけてから全ての窓のカーテンが閉められると、ジュードに頷いて合図したハルは、猫の書を開いた。


「「‥‥‥!」」


 代表室が眩いほどの白銀に包まれる。


「これは‥‥‥確かにカーテンをしなければ、漏れた光に気付いた誰かが駆けつけるかもしれませんね」

「そうだな。夜ならばもっと‥‥‥ん?」


 ソファーにちょこんと座るシルバータビーの耳折れ猫の姿に、二人は目を見開いた。


「「‥‥‥」」


 固まる二人の様子に、猫は、次第に不機嫌そうになり、縞々のしっぽでソファーをパンパンと叩き始めた。いつものキラキラと丸いの天色の瞳が半目になり、まるでアイスクリームのガラスの器のようだと、ハルは思った。


「「‥‥‥」」

「‥‥‥何か言ったらどうだ?」

「「うわ、猫が喋った」」

「‥‥‥」


 ガラスの器が、平皿になった。


「さ、トラ様、早く始めましょう」

「ん、そうだな」


 ハルが手元灯をつけて、表紙と見返しを貼り合わせている間に、「撫でさせろ」「撫でたいです」「嫌だ」と聞こえてきたが、何とか集中した。


「猫になっても美人だな、ジュード」

「聖獣には見えない愛らしさですね。どうにか触らせてもらえませんか?」

「嫌だ」

「猫になっても無愛想だな、ジュード」

「猫は気まぐれですからね、いつかデレるかもしれませんよ。額だけでもダメですか?」

「嫌だ」

「仕上げたいのですが、いいですか?」

「「「どうぞ」」」

「‥‥‥修理魔法(リペア)


 表紙側、裏表紙側の順にハルが魔法をかけると、二人と一匹は静かになった。



「‥‥‥これにて、修理完了です」

「ハル」


 天色の瞳を真っ直ぐに向けたトラ様の頭を、ハルが撫でる。もしかしたら、この後ジュードの姿に戻って、二度と『トラ様』にならないかもしれないのだ。勿論、それが一番良い事だと思っている。


「「お疲れさま」です」


 同時に言って、ハルが笑い、トラ様のしっぽが小さく揺れた。


「‥‥‥さて、ハルちゃん。猫の書を閉じて、また開いてみてくれるか?」

「はい」


 ルークに言われて、いよいよだと緊張した。猫の書を閉じる。再び白銀に包まれた代表室で、三人は目を細めた。


 濃紺のローブを着た男の姿を確認すると、ハルがギュッと抱きついた。


「‥‥‥戻ったな、ハル」

「はい‥‥‥っ」


 猫の姿のままには、ならなかった。



「あー‥‥‥、ハルちゃん、悪いんだが」

「ご、ごめんなさい」


 慌ててジュードから離れ、申し訳なさそうなルークに謝った。また猫の書を開いてみなければならないのだ。ジュードの舌打ちとアーロの溜息が聞こえた。


「一分くらい待てば良いものを‥‥‥だから恋人ができないんですよ」

「煩いな」


 ハルが笑って、猫の書に手を伸ばした。


 

『もうすぐ‥‥‥』



「何か言いました?」

「ん? いや、何も」

「どうした?」

「あ、いえ、気のせいだったみたいです。では‥‥‥」


 ハルが猫の書を開くとまた白銀に包まれたので、やはり修理しただけでは変わらないようだと、それぞれが眩い光の中で、苦笑いした。



『もうすぐ、氷の大地に、ハルが来る』



「‥‥‥え?」 




 * * * * * * * * * * * 




「ハルちゃんとジュード・グレンって、いつ結婚するのかな?」


 この店の売り物は、普通の雑貨と魔法道具が入り混じっていて面白い。

 持ち手だけ色が違う生成りのマグカップを三個選んでキープした後で、男は商品を手に取ったり眺めたりしながら、店主たちと会話をしていた。


「やっぱり神殿に行った後かな?」

「たぶん、そう考えてるだろうね」


 ロンドが麻ドリップのコーヒーを入れてカウンターテーブルに置くと、「こっちにいらっしゃいよ」と、既にカウンター席に座っている店主の妻のロゼッタが手招きした。


「気にしないでさっさと結婚しちゃえばいいのに。んー‥‥‥いい香り。紅茶も好きだけど、コーヒーも菓子に合うよね」


 来た時に手持ちの菓子を二人に渡していた。屋敷の通いの料理人が作った昔ながらのサクサクとした固めのドーナツだ。


「本当に私たちが頂いてもいいの?」

「いいのいいの。最初からここに寄るつもりで持って来たし、この先も頻繁に古書店に来るからね。ハルちゃんの親代わりの人たちでしょ? 俺の顔も知ってもらって、仲良くしたいからさ」

「嬉しいわ。ね、ロンド」

「ああ」


 来店した男は、先日、古書店の前に立っていた二人組の一人だと、すぐに気がついた。ハルとジュードからは、彼らは、ハルの母方の祖父レジナルド・ベネットの『従者で護衛』の人たちだと聞いていたので、夫婦は安心して迎え入れた。

 男は『バート』と名乗り、最初から好意的で、雑貨店を楽しそうに見て回った。他に客もいなかったからか、自分は親のいない元傭兵で、カルロスとレジナルドに拾ってもらって今があるのだと、隠すことなく二人に話した。売り物のマグカップを三個持って来て、「これ、キープで」と髪と同じ色の黄褐色の瞳をキラキラとさせていた。


「この前の爆発音さ、植物公園まで聞こえたのに、割れたのが窓ガラスだけだったから本当に驚いたなぁ。お兄さんとお姉さんて、考え方が面白いね。店も楽しい」


 『お姉さん』に気を良くしたロゼッタは、「あら、そう?」と、ドーナツの二個目を食べ始めた。ロンドは、朝のトレーニングが台無しになるのではないかと心配になる。


「バートくん、このマグカップはお屋敷で使うのか?」

「古書店だよ。あの二人が持ってるのと形が似てるし、レジナルド様とカルロスが喜ぶと思うんだ」

「「なるほど」」


 二十代後半のわりには話し方が少年のようだ。そう思っていたら、「言っとくけど、外ではもうちょっとちゃんとしてるよ。カルロスが煩いから」と、こちらの考えてることがわかったらしい。


「俺、カルロスから字を教えてもらって、レジナルド様の所で大事にしてもらって、食べ物の美味しさを知ったから、いろいろ変だけど、ゴメンネ」

「謝らなくていいのよ。バートくんは優しいわね」


 バートは目を丸くした。

 


『バートは優しいね‥‥‥ありがとう』



 レジナルドも前に言ってくれたが、ここでまた聞くことになるとは思わなかった。少し照れたようにミルクと砂糖多めのコーヒーを飲む。そんなバートを夫婦は微笑ましく見ていた。

 彼もここの常連になりそうで、この先賑やかになっていく日々を想像した。

  



 彼が店に来たのは午後四時頃で、それから一時間ほど居たが、ハルたちが帰って来そうもないと思ったのか「そろそろ行こうかな」と立ち上がった。


「俺さ、しばらくこの辺チョロチョロしてるけど、見かけても怪しまないでね」

「ふふ、わかったわ」

「怪しまないが、キミが一人の時はこちらから声はかけないほうが良いのだろう?」

「うん、そう!」

 

 ハルを守るためだろう。見回りの邪魔になるかもしれないからとロンドは聞いたのだが、正解だったようだ。バートが理解してもらえて嬉しそうに答えた。


 扉に向かって歩き出したバートの足が、ピタリと止まった。気配を殺したように動かない。普通ではないので、ロンドとロゼッタは緊張して、静かに『次』を待った。


 白木の扉のベルが、カラン、カランと鳴る。


「こんにちはー」


 入って来たのは、月白の髪の美少年だった。彼はまず青色の瞳をバートに向けた後で、ロンドとロゼッタに笑いかけた。


「アイスクリーム‥‥‥あ、間違えちゃった、『ハルちゃん』と『ジュードくん』を届けに来ましたー」


 バートは尋常ではない汗が出ていた。美少年の後ろに銀髪の美丈夫が立っていて、「ヴァージル、彼は知り合いだ」と言った。


「あ、ごめんなさーい」

「‥‥‥っは、はっ‥‥‥はっ」


 バートはようやく息をした感じだった。ロゼッタが駆け寄ると、小さな声で「大丈夫」と言って無理して笑う。


 確か『ヴァージル』とジュードが言ったので、ロンドは、サラサラのマッシュルームカットの美少年‥‥‥美青年に聞いた。


「もしかして、ヴァージル・ブレイクさんか?」

「そうですよー。んー‥‥‥、コーヒーのいい香りですねー」

「良かったら入れるから、どうぞ‥‥‥ジュードくん、どうしたんだ?」


 ジュードの顔色が悪いことに今になって気がついた。ロゼッタは、そのままバートの腕を引き、奥へ連れて案内することにした。


「ジュードくんも、こっちに来てソファー席に座りなさい‥‥‥‥‥‥ハルちゃんはどうしたの?古書店?」


 ジュードは首を横に振る。今日はそれほど寒くないのに、濃紺のローブを着ている。もし寒いのだとしたら風邪でもひいたのだろうかと、心配になった。


 ローブの後ろのフードから、モゾモゾと青茶色が見えた気がしたので、ロンドとロゼッタ、顔色が戻ってきたバードが、そこに視線を向ける。



「あ、あの、‥‥‥ここです」



 山吹色の瞳、ほっそりとした青茶の短毛種の猫が、冒険者ジュード・グレンの肩に乗った。

 

読んでいただきありがとうございます。

 

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