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41冊目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 トラ様が本を読む姿は、偶然見かけた外を歩く母子の楽しみになり、やがて友人同士で話題になると、「どれ、買い物ついでに見てみようか」となり、古書店の前を通る。


 また、小さな子供と母親が、窓から覗いている。


「‥‥‥今日は多いな」


 三歳くらいの女の子を母親が抱き上げて、窓テーブルで本を読むトラ様を見せている。女の子が手を振って笑うので、トラ様は肉球をピトッと窓につけた。それだけで母子は大喜びだ。


「また良いことをしましたね」

「本当にこれが良いことなのか?」

「楽しく笑ってくれているなら、良いことですよ」

「ん、そうか」


 母親の筋力に限界がきたのか、子供は下ろされて、手を繋いで帰って行った。古書店に入ろうとは思わないようだ。やはり子供には難しい本ばかりだし、万が一でも子供が本を汚したら買い取らなくてはならないかもと、親が入りたがらない。修理魔法が出来るから問題ないのだが。


「ハル、回復したか?」

「はい」


 猫の書の中身の修理が先程終わり、魔力回復薬を飲んだハルは、少し休憩をしていた。トラ様は【第百騎士団奮闘記】をもうすぐ読み終えようとしている。

 もうすぐ三時になるので、ハルはこのままトラ様を眺めて過ごすことにした。


 

 三時になり、ハルは店の扉の鍵を閉めた。トラ様も読み終わり、押さえていた前足を離すと本はパタンと閉じた。


「この団長は毎日部屋の掃除をしていたが、魔法を使えばすぐ終わるのにそうしないのは、暇になってしまうからだな?」

「そうでしょうね。わざわざ部屋と騎士寮を汚してもらおうとペットを飼ったり、魔物を飼ったりして‥‥‥」

「さすがに副団長に怒られたな。だが、外に目を向けて街の人々と触れ合ってからは、忙しくなり、街の治安が良くなった。まさか、それまで警備隊がなかったとは思わなかった」


 この物語の世界では、国王が趣味で騎士団をつくるが、最終的に王子が父王から玉座を奪い、騎士団の多くは警備隊として国のあちこちに配置され、民のための国になったのだ。



「どんな話になるかと思ったが、面白かった」

「良かったです。‥‥‥警備隊といえば、また動き出すでしょうか」

「夜警隊か?逆に、こちらの出方を待っているかもしれないな」


 三時のアイスクリームはアップルカスタードで、甘さが際立った。ハルも無糖ミルクなしのコーヒーを飲むことにした。好みは砂糖を入れたミルクコーヒーだが、慣れてしまえば苦味が癖になる。ロンドのコーヒーは、香りと苦味がジュードの好みらしい。


「アップルカスタードは、子供や女性が好みそうだ。俺には甘すぎる」

「私にも甘く感じます。でも、色んな方の好みのアイスクリームを考えるのですから、凄いですよね」


 確かに、ジュードはバニラアイスクリームが一番好きだが、それだと物足りないと思う人もいるのだろう。


「いろいろ食べ比べて、自分の好みを見つけた時は嬉しいな」

「そうですね」


 本もそうだ。自分が読みたかった本に出会えたら、それで人生が変わることもある。



 器とマグカップを洗浄魔法と風魔法で乾かし、夕食の準備まで小口の修理魔法を試してみることにした。猫の書を閉じたままでも出来るため、ジュードのままでハルを見守った。


「少しでも危ないと感じたら魔法をやめるんだ。不可能なら、俺がすぐに猫の書から引き離す」

「お願いします」


 久々に緊張する。初めて猫の書の本体の上部分に修理魔法をかけた時に、魔力がグンッと減ったのを思い出す。あの時のハルの魔力量と今では格段に違うが、油断してはならない。


修理魔法(リペア)


 指を滑らせてみると、一気に小口が修理出来た。減った魔力は二十頁分の修理魔法をしたくらいだ。


「ハル?」


 心配そうなジュードに消費した魔力を教えると、「なるほど」と頷いた。


「このまま下部分も修理して、今日は終わりにします」

「そうか、わかった」


 良いペースで修理できている。明日は魔力回復薬は飲めないので、表紙の修理を少しと、猫の書を読み終える。そして明後日は、冒険者ギルド【月長石(ムーンストーン)】へ行く。


 今日の夕食後は、ジュード一緒に、ユーゴの日記を見る約束をしている。




 * * * * * * * * * * * 




「お疲れ様でした」

「ああ、帰ろう。カルロス、今日のみやげは何にする?」

「そう毎日バートに買ってやらなくても‥‥‥」

「でも、菓子を食べる時が一番幸せそうな顔をするじゃないか」


 眼鏡の奥の優しい山吹色の瞳を知る者は少ない。一見、気難しそうに見える主の本当の姿を知れば、もっとたくさんの人々に愛されるべき方なのに。

 

「ハルちゃんのために動いてくれているんだ。少しくらい甘やかしたいじゃないか」

「バートは何歳(いくつ)になったと思ってるんです?今よりもっと我儘になっても知りませんよ?」


 呆れた顔のカルロスに、「気をつけるから」と(あるじ)は苦笑いした。



 植物公園の前で、キャラメル味のポップコーンの屋台を見つけてしまい、結局はバートのみやげを買うことになった。試食したら、思ったほど甘くなくほろ苦さもあって、カルロスが紅茶に合いそうだと思っていたら、レジナルドは更に追加で二袋を買っていた。


「一袋はハルちゃんへの手みやげにして、もう一袋はカルロスが入れた紅茶と休憩時間に食べたいと思うんだ」

「貴方は‥‥‥」


 ポップコーンを全てカルロスの魔法鞄に預けて、薄暗くなって街灯がついた道を歩く。もうすぐ見えてくる屋敷にバートは帰ってきているかと、二階の灯りを探そうとした。


「寝ているかもしれませんよ?」

「ああ、そうか」


 警備塔の動きを朝方まで見に行っていたらしいので、夕食まで寝ている可能性はある。


 バートが昨日持ち帰った話に、二人も驚きと興味があった。物語から出て来たような話だ。『トラ様』と『金色の男』の存在が、この先どうなるか。


「今度の水の曜日で、早く退職させてもらおうか」

「引き継ぎは順調なので?」

「言葉足らずなのはお互い様だが、後継の魔力量は申し分ない。魔法道具が進歩しているから、管理は道具がしてくれる。いずれ職員の採用も減っていくだろう。私は、良い時代に働けたなぁ」


 レジナルドはそう言って笑うが、彼が士爵になれたのは、王立図書館の一般棟の全ての本が返却箱から定位置に転移して元の本棚に返却される、今では何処でも当たり前になった『管理魔法』を考えたからだ。

 幼い頃から読書を好んだ先王が、その功績を称えたことによる受勲だった。


「主よ。貴方がいたから本の返却も作業もスムーズになったのです。司書の方々の仕事にゆとりが出来ました。貴方がいて、良い時代になったのですよ」

「‥‥‥‥‥‥ありがとう」


 レジナルドは丁寧な修理も出来るので、長い間、貴重書・準貴重書の管理室長として、一般の者が閲覧出来る古書なども修理と管理をしていた。


「カルロス」

「はい」

「今日は、食後に少し、二人で大事な話をしよう」

「‥‥‥承知しました」


 レジナルドは、残り少ない職場への往復を、一歩一歩、隣を歩くカルロスと楽しみたいと思った。

 カルロスも、同じように思っていた。



 

 * * * * * * * * * * * 




 夕食の片付けの後に、キッチンテーブルでブレンド茶を飲みながら、ハルはユーゴの日記を出した。


「机の引き出しと同じ考えです」


 ジュードはドキッとした。もうあの本はないのだから、気にすることはないはずだった。


「全く読めなかったので、諦めて閉じた後で、ふと思いついたのです」

「そ、そうか。ハルは凄いな」

「‥‥‥?」


 ブレンド茶を飲んでばかりのジュードに、そんなに喉が渇いていたのかと、ハルはブレンド茶のニ杯目をポットから注いだ。ベーグル屋で貰った持ち手のないカップは、とても使いやすかった。


「見ていてくださいね」 

 

 ハルはジュードの方に見えるように向けて、閉じた日記をもう一度開いた。


「‥‥‥なっ」


 日記の文字が動き出して、ハルたちが読める文字に変化していく。文字がモゾモゾと動くのを見ていると、次第にジュードが眉根を寄せる。


「‥‥虫みたいで気持ち悪いな」

「私も、同じことを思いました」


 どうしてこんなことをしたのか。父に聞きたくても聞けないのだから、謎でしかない。


「そして、『食』のことばかりだ」

「‥‥‥最早、日記ではありませんね」


 聞いたことがないものばかりだ。ラーメン・ソバ・スシ・ミソシル・ニクジャガ、これらを食べたいと、何度も書かれている。こちらでは作れないような食材、もしくは料理なのだろう。


「途中から諦めたのか‥‥‥白紙だ」


 多分、母のロッティが死んでから、書くのをやめたのかもしれない。


「残念ながら、旅の話とかはなさそうですね」

「もしかしたら、別にあるのかもしれないぞ?例えば、部屋の本棚に」

「本棚‥‥‥あの本棚ですか‥‥‥」


 あの部屋の本棚には良い思い出がない。


 とにかく、これはユーゴがいた世界の食べ物を懐かしみ、食べたいとこっそり願ったものだ。異世界の文字だから鍵付きのなのは理解できるが、何故、無駄に文字がモゾモゾと動く魔法などを施したのだろう。


「ジュード様。ここに、私たちが文字を書いたらどうなるでしょう?」


 ジュードの天色の瞳が興味深いとばかりに輝くが、すぐに不安そうな顔になる。


「お、怒られないか?」

「‥‥‥誰にです?」

「‥‥‥この、日記帳に‥‥‥」

「‥‥‥」


 確かに、何が起こるかわからない物を作るのが父だ。


「怒られても、死なない程度だと思います」

「ハルは勇者のようだな。冒険者にならないか?」


 足手纏にしかならないのが想像つくので、苦笑いで返すと、ハルは会計カウンターからペンを持って来た。


「本気なのだな」

「思いついたら即実行しないと」

「ハルは決断力が半端ないな」


 ジュードは女性への褒め方が少しおかしい。


「ここの白紙に書きましょう。折角ですから、父のように食べたいものを書いてみませんか?」

「ハルのチーズオムレツが食べたい」


 それならすぐに作れる言いたいが、『チーズオムレツ が 食べたい』と書いてみた。


「「‥‥‥」」 


 何も起きない。ハルは、日記を閉じた。


「ん?もう諦めたのか?」

「もう一度、開いてみます」

「なるほど」


 日記開くと、ユーゴの文字だけではなく、ハルが書いた頁の文字までがモゾモゾと動き出した。


「わ‥‥‥」

「ハルの文字が、異世界文字風?‥‥‥になったな」


 ハルとジュードが目を合わせる。

 つまり、ハルが色々な文字を書いていけば、異世界の文字が読めるかもしれないのだ。


「凄いぞ‥‥‥この文字が『チーズオムレツ』だ!」


 一番最初にわかった異世界文字が『チーズオムレツ』だったことに、段々と笑いが込み上げてきた。二人はぷっと吹き出し、声を上げて笑った。


「ふふっ!では、これが『が』で、これが『食べたい』ですね!」

「きっとそうだな!面白い!ハル、魔法鞄に入っていた異世界の本を、いつか読めるようになるのではないか?」


 このユーゴの日記帳は、異世界語を調べる『辞書』になった。かなり稀少な魔法道具ということになる。


「これはまた猫の書とは別物だが、守らくてはならない所謂『激レア魔法道具(アイテム)』だ。人の手に渡らないようにしなくては」

「そうですね。これだけは、ジュード様と私だけの秘密にしましょう」


 二人だけの秘密。ハルもジュードも、何だか嬉しくなった。




 * * * * * * * * * * * 




「‥‥‥あれ?眠れないの?」


 夜の植物公園に猫を探しに行こうとバルコニーに出たら、気配を消して星空を見上げている部屋着のままの相方がいた。


「バート、また抜け出すのか?」

「夜の散歩は趣味なの。それに、見回りも兼ねてるんだからな」

「‥‥‥ははっ、そうか」

 

 いつもなら呆れて「言い訳するな」と言うのだが、カルロスは笑っていた。

 バートは、主の部屋のバルコニーを通り過ぎ、カルロスの所まで移動する。音を立ててしまっても、一度眠ったレジナルドは起きないので問題はない。


「もしかして、レジナルド様から話があった?」

「お前は‥‥‥知っていたのか?」


 暗がりでもわかる銅色の瞳。それを大きく見開いたカルロスに、「まあね」と答える。


「嬉しいことでしょうに」

「‥‥‥」



『私の息子になって欲しい』



 そうだ。尊敬するあの方にそう言われて、嬉しくないわけがない。


「ハルちゃんがどう思うか、心配?」


 年齢的にハルの母ロッティの兄になるので、カルロスはハルの伯父になる。そして、この屋敷を受け継ぐのだ。

 レジナルドは一代限りの士爵なので、彼の息子になるとしても自分は平民のままだ。

 主からは、何も難しく考えなくていいと言われた。この屋敷に住んで、出来れば家族を持ち、幸せに生きてくれたらと。

 ただ一つ、傭兵には戻らないと約束してくれと言われた。カルロスとて、今更戻るつもりはない。


「主は、バートには、何と?」



『バートは、これからも私とカルロスの側にいてくれる?』



「これからも側にいてってお願いされたから、うんって言った。カルロスがいつか俺の主になるんだよ」

「そうか‥‥‥そうなるのか。では長い付き合いになるな」


 カルロスがあまりにも嬉しそうに笑うので、バートは照れくさくなり星空を見上げた。


「ね、ハルちゃんには、今度の木の曜日に話すの?」

「レジナルド様はそうしたいと言っている」

「ふうん‥‥‥じゃあ、俺そろそろ行くね」

「早く戻れよ」

「へーい」


 目の前で飛び下りたバートが、走って消えて行った。夜の植物公園の猫を探すのだろう。何が楽しいのかわからない。カルロスは深い溜息を吐く。


 彼らは、どんな顔をするだろう。


 カルロスが若い頃、密かに恋心を抱いていたロッティの、大事な一人娘のハル。そして、いずれ結婚して彼女の伴侶となるジュード・グレンは‥‥‥。


読んでいただきありがとうございます。

 

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