40冊目
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【銀色猫と氷姫】
豊かな水の国のお姫様には一匹の飼い猫がいました。
天色の瞳で縞々模様の銀色猫が唯一のお友達でした。
お姫様は銀髪に天色の瞳。
大好きな猫と一緒です。
かわいいお姫様は、やがて成長して、美しいお姫様になりました。
いろんな国の王子様から求婚されましたが、お姫様は、結婚するなら、自分と飼い猫の天色の瞳と同じ色ではないと嫌だと言いました。
姉姫様たちは次々と結婚して、他の国に嫁いでいきました。
王様もお妃様も兄の王子様も、とても困りましたが、一人くらいは国に残しても構わないと思うようになりました。
何度も求婚しては断られた、ある大国の金色の髪と瞳の王子様が、お姫様の大切な銀色猫を捕まえました。
この猫は、姫を惑わす悪魔の猫である!
金色の王子様と家臣たちが、戸惑う王様たちにそう言って、魔法で本の中に封印してしまいました。
大切な存在の銀色猫を封印されたお姫様は、絶望と怒りで魔力を暴走させてしましました。
お城は、氷のお城になりました。
豊かな水の国は、冷たい氷の大地となりました。
お姫様本人も、大国の金色の王子様とその家臣たちも、氷漬けになりました。
王様たちは助かりましたが、お城に住めない状態になり、お城を離れることになりました。
豊かな水の国の人々も、氷のない少し離れた土地に移りました。
お姫様は『氷姫』と呼ばれるようになりました。
どうにか王子様たちを助けようと、氷のお城に攻めてきた大国の兵士たちは、お城に侵入すると、氷漬けになってしまいました。
その恐ろしさに、やがて大国の王様は、息子を諦め、兵士たちの命の方を選びました。
水の国の王様たちと国民は、無事だった森の中に家を造り、暮らしていました。
大国の王様は数人の護衛騎士だけを連れて、水の国の人々が住む森へ、王様に会いに来ました。
どうして、王子たちが氷漬けになったのか、本当のことを知りたかったのです。
お姫様の大事な猫を封印してしまったことを知った大国の王様は、王子様が酷いことをしたからだと気がつきました。
自分の国に戻った大国の王様は、信頼する二番目の息子の王子様と家臣たちに国を任せ、氷のお城に行くことにしました。
もし、自分が戻らなくても、氷のお城と水の国を攻めてはならないと言いました。
大国の王様は、氷のお城の扉の前で膝をつきました。
姫よ、私が皆の代わりに氷になる。
だから、せめて臣下や兵士たちを許して欲しい。
我が子が、大切な猫を封印して、申し訳ないことをした。
大国の王様は、王子様たちがしたことを謝りました。
覚悟を決めて、お城の扉を開けて、中に入りました。
すると、氷漬けになった王子様たちの氷の魔法が解けました。
大国の王様は、氷漬けにはなりませんでした。
大国の王様は、生きていた王子様を抱きしめて、氷姫に感謝しました。
氷のお城には、氷姫と銀色猫が封印された本だけが残りました。
氷漬けになっていた王子様たちには、お姫様の心の叫びがずっと聞こえていました。
そして、氷の中で全てを見ていました。
助けに来た兵士たちが次々に氷漬けになり、自分たちの愚かな行為を悔やみ、悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。
父親である王様が助けに来て、自分が代わりになると言った時、王子様たちも氷姫に心から謝りました。
そうして魔法が解けたのです。
「修理して読んだ部分は、ここまでです」
「‥‥‥おおお」
バートは膝の上のトラ様の頭を撫でながら、ハルが読み上げる物語を聞いて、子供のように興奮していた。
「俺、物語を読んでもらったのって初めてだ。自分で読むのとはまた違っていいね」
「ふふ、そうですね」
ジュードも改めて物語を聞いて、頭の中で想像した世界が広がっていた。
「つまり、この『銀色猫』がジュード・グレンで」
「「トラ様」」
「‥‥‥トラ様で、大国の王子様が警備隊長に容姿が近いんだね」
「ジュード様に依頼したのは商人ですが、商人に頼んだのが、その金色の警備隊長だとしたら?」
「俺が入手した『聖獣の指輪』を持っていたら、そうなるな」
警備隊長が北の警備塔の隊長だとして、会って確認できればいいのだが。
「でも、指輪を入手したのに、どうして猫の書を取り戻そうとするんだろう?」
バートの言葉に、ハルとジュードはそれぞれが、ある可能性を思いついた。
「俺は、金色の王子のように『氷漬け』になった可能性を考えている。あの者たちが焦る理由が、もしそれだとしたら頷ける」
「「‥‥‥確かに」」
指輪を入手して、どうするつもりだったのか。それが知りたいところだ。
「ハルの考えは?」
「私は、金色の猫ちゃんになってしまった可能性です!」
「‥‥‥」
「ジュード・グレン。悪いが俺は、ハルちゃんの方の可能性を信じたい」
見上げると、バートの黄褐色の瞳がキラキラしている。この二人は、金色の猫が見たいだけだ。ジュードはそれがわかっていても、つい「そうだな」と答えてしまった。
「ところで、そろそろ下ろしてくれ。約束の十五分だ」
「えー‥‥‥」
とても残念そうに、トラ様を床に下ろす。ふわふわで温かくて柔らかい、幸せな時間が終わった。
バートが帰った。
陽の曜日はギルドへ行くことを伝えた。今日と明日は古書店で修理をするので、ジュードはハルと一緒だ。
陽の曜日は、バートが北の警備塔を見張り、またジュードを尾行するようなら追跡して、他に動きがあったら後に報告し合うことになった。
「やれやれだ」
「ふふ」
結局は、バートのしつこさにジュードが根負けし、膝抱っこは十五分までと決めて、渋々同年代の男の膝に乗った。やはりジュードは押しに弱い。
何をされるか最初は不安しかなかったが、撫でたのは頭から前足だけだったので、ギリギリ耐えられた。
さて、ようやく修理を始める。棚の上のクッションに落ち着いたトラ様は、寝不足だった分を取り戻すように一時間ほど丸くなって眠った。
三時になると、ハルが鍵とカーテンを閉める。一般の客は来なかった。
「よく寝た。コーヒーとアイスクリームの時間だ」
「そうしましょう。修理は随分と進みましたけど、休憩後にもう少しいいですか?まだ余裕があるので」
「ん、わかった」
トラ様がジュードに戻ると、店のカーテンを開けて窓テーブルの椅子に座ることにした。バニラアイスクリームとコーヒーを堪能する。
「猫の書の後半は文字が少ないです。挿絵や魔法陣が目に入るようになりました」
「そういえば、聖獣を憑依した時の頁は後半で、魔法陣と聖獣の挿絵だったな」
「魔法の絵本みたいですね」
「魔法の絵本か」
何故かジュードは楽しそうだ。絵本は難しい本より子供から大人まで好まれる。この古書店に絵本があれば、もう少し人が来るかもしれない。
「ジュード様の呪いが解けたら、この店のこれからことを考えたいと思います」
ジュードはハルの表情から、この店は今よりきっともっと良くなるだろうと感じた。その時に、ハルの隣に自分が居ることが出来たなら。そうなれたらいいと思った。
自分ではない誰かの髪を風で乾かす、それにすっかり慣れたジュードは、ハルのシャワーを終えて出てくるのを待つ。
窓テーブルには手元灯とグラスと果実酒。昨日叶わなかった光の粒を見ながらではないが、ハルにメモで伝えたことが実現して良かった。
今日は来客はあっても、わりと穏やかに過ごせた。昨日とは大違いだ。
深夜に帰ってきたジュードが鍵を開けて入った。音を立ててしまうが遠慮なくシャワーを浴びて戻ったら、ハルが起きていた。
やはり起こしてしまったかと申し訳なく思ったが、ハルはジュードが無事に帰ってきたことに喜ぶと、ジュードに抱きついた。ジュードも本当は帰ってすぐにハルの顔が見たかったが、部屋に入るのは躊躇われたのだ。
『お帰りなさい』
ハルの言葉で、心が満たされる。
愛しくて、つい少し長めの深いキスをしてしまったとしても、仕方がないではないか。その後の、息を乱して頬を染めたハルの顔を見て、そこで我慢できた自分を褒めてやりたい。
猫になって、ハルの『お願い』で、初めてハルのベッドで一緒に眠った。
『幸せです。猫ちゃんと眠る、夢が叶いました』
嬉しそうにそう言ったハルの寝顔が見られたのだから、ジュード・グレンではなく『猫ちゃん』だったとしても、自分も幸せだ。
「お待たせしました。‥‥‥あ、果実酒の用意もしてくださったのですね」
「今日は白葡萄だ」
ジュードが栓を抜いてグラスに注ぐ。一日一杯だけ。先日そう決めている。残りは食品収納庫に入れて置く。
今日もお疲れ様でした。グラスを合わせて微笑み、白葡萄の果実酒を一口。
「美味いな」
「はい。香りも良いですね。ふふ、飲みやすいからこそ、気をつけなくてはならないです」
ハルにはまだヴァージル・ブレイクの話はしていない。会った時の反応が楽しみなのだ。果たして、ルークの弟だと気がつくかどうか。同じ月白の髪色でも、ルークが夜の月なら、ヴァージルは昼の月だ。
昨夜、ヴァージルから無料で入手したアイスクリームのボックス二つは、まだ隠したままだ。
ブルーベリーチーズケーキと、ハート型ホワイトチョコチップ入りダークチョコレート、それぞれが八個入りだった。すぐに開けられそうなボックスだから半分ずつ入れ替えて、陽の曜日に一つ、木の曜日に一つ食べると良いだろう。
「明日のトレーニングでは、ロゼッタさんの筋肉痛は治まってるでしょうか」
「筋肉痛か。‥‥‥数日は続くのではないか?あまりに痛みが酷いようなら、鎮痛草を噛ませるか」
草を噛むロゼッタの苦い顔が浮かぶ。
「噛む以外にはどうにもならないです?お茶にするとか」
「噛んだことないか?アレは甘いぞ?」
「えっ?そうなのですか?」
何となくのイメージで、苦い草だとばかり思っていた。
「噛むとしてもほんの少しだ。過ぎれば毒だからな」
「そうですね。どうしても必要ならば噛んでもらいましょう」
明日は魔力回復薬を使うつもりなので、終わりに近付けるかもしれない。使わなかった今日でも、疲れずに四十頁分進んだのだ。
「ハル、その、本当に良いのだろうか?」
「もうあの部屋はジュード様の部屋です。好きに使ってください。殆ど片付けてくださいましたし‥‥‥それより、本当に床に厚敷きで寝るのですか?ソファーの方が」
「いや、それがな。少し横になってみたらなかなか良かった。しっかり寝られるのか試したい思いもある」
ユーゴの気持ちがわかる人でなければ、あの部屋の床で寝ようとは思わないだろう。
「眠れなければソファーを使うし、それでも無理なら、会計テーブルに戻るだけだ」
ジュードはそう言って笑った。二階の部屋で寝るとしてもトラ様になる。
「少し早いですが寝ましょうか。お互いに昨日は寝不足です」
「そうだな。体調管理は大事だし、いつ何が起こるかわからない」
ハルの希望で、トラ様になってからジュードの部屋の扉の穴を通ってもらった。満足したハルは扉を開けて、机の上に開いた猫の書を置いて「おやすみなさい」と出て行った。何故、別々に入った?とジュードは思うが、ハルの頼みだ。
「おやすみ、ハル。良い夢を」
ハルは自室に入ってからベッドに座り、「見ますよ」と呟いて、鍵付きのユーゴの日記を開けてみた。
異世界の言葉だろう。全く読めなかった。
溜息を吐いて日記を閉じる。鍵をかける前に、ふと、もう一度開けてみようと思った。机の一番上の引き出しを思い出したのだ。
「‥‥‥!」
思わず声が出てしまいそうになった。面白い事になった。明日にでもジュードにも見てもらいたい。
少しだけ目を通してから、ハルは手元灯を消した。体調管理は大事だと、ジュードが言っていたのは本当で、ハルが風邪でもひいたら修理に支障が出る。
眠れるだろうかと思ったが、クッションを抱いたらスッと眠りに落ちた。
天色の瞳の銀色猫の夢を見た。
猫にしては大きい、耳折れではない猫。トラ様とは違う。
『もうすぐ』
永久凍土に、花が咲き、そして‥‥‥氷の大地に●●が‥‥‥
「‥‥‥ハル?」
扉の向こうからジュードの声がした。窓の外は既に明るく、朝になっていた。
「先に庭へ行くが、もし疲れているならトレーニングは無理しなくていい」
「いえ、用意して行きます。すみません、始めていてください」
「‥‥‥わかった」
ジュードが階段を下りていった。
いつもならハルも起きている時間だ。そんなに夜更かししたわけではないのに。
「夢の、せいかしら?」
ハルは、焦茶色の上下の服を着た。収納から出した母のお下がりで、シャツもパンツも動きやすいゆったりとした作りだ。
階段を下りて、洗面台で顔を洗い、革紐で髪を結ぶ。準備が出来たハルがキッチンへ行くと、四角い石を置いて少しだけ開いている裏口の扉から、声が聞こえる。
「この加重石って便利だね。それにしても重いな。いつもこの重さでトレーニングしていたのか」
「魔力を入れる分だけ重くなる。ロンドさんは、こっちの未使用を使ってくれ」
ジュードは片手で握れるほどの大きさの丸い加重石二つをロンドに渡したところで、ハルが扉から顔を出す。
「おはようございます。遅れてごめんなさい」
「「おはよう」」
相変わらず息がピッタリな夫婦が笑顔で挨拶をしてくれて、安心する。ロゼッタの機嫌が良いようだ。
「筋肉痛は、昨日よりはマシになったわ。心配しなくてもちゃんと続けるわよ」
「ふふっ、私も頑張ります」
ロゼッタの腹筋運動は、壁の出っ張りにつま先を引っ掛けて、自力で出来たようだ。ただ、今は芝生に仰向けで転がっている。
ロンドはジュードが教える筋トレに専念するらしい。ロゼッタに痩せたと思わせないように、筋肉で胸板を厚くするらしい。ゴリゴリのロンドがコーヒーを入れる姿を想像してしまい、ハルは笑いそうになり下を向いた。
「ハル?大丈夫か?無理はするな」
「い、いえ、むしろ元気が出たので」
「ん?」
ハルもストレッチの後で、ロゼッタに倣い壁の出っ張りにつま先を引っ掛けて、腹筋運動から始めた。
「ハルの魔力量も増えたようだし、今日は朝から修理を始めよう。誰か来たら、脱衣所か部屋に行く」
「賛成です。そうしましょう」
午後の時間も有効に使いたいし、今日は魔力回復薬を飲むつもりだ。
「ハルが見た夢は、銀色猫が『もうすぐ』と言ったのだろうか?」
「わかりません。直接話しかけられたのではなく、頭の中に届いたような感じでしたから」
「修理も終盤になったところだ。猫の書と無関係とは思えないな。俺はよく眠れた。気がついたら朝だった」
「それは良かったです」
ユーゴの日記は、閉店後か夜になってから開くことにした。
朝食のベーグルサンドを食べてコーヒーを飲み、片付けを終えると、ジュードが開店前の古書店の本棚を見始めた。
「次の本を読みたいが、何がいいだろう?」
「やはり冒険ですか?」
「固定観念にとらわれたくはないが、まあ、楽しい方がいいな」
ハルも本棚を見て考えた。少し変わった本ならばある。
「【第百騎士団奮闘記】は、どうでしょう?」
騎士団をつくるのが趣味の国王様が、第一から始まり最後につくったのが第百騎士団。お仕事を見つけるのが大変で、暇な日常をどうにかしたい騎士団長と団員たちのお話だ。
「何というか、変わってるな」
「そうですね。難しく考えずに『そんな馬鹿な』といったお話なので、サラッと読めますよ」
「では‥‥‥読んでみよう」
窓テーブルに【第百騎士団奮闘記】を置いて、ハルは猫の書を開いた。
トラ様になったジュードは窓テーブルに上り、ハルがカーテンを開ける。十時までまだ少しあるので、店は開けずにハルは四頁分の修理魔法をした。
トラ様は、時々吹き出したり、「おいおい」「そんな馬鹿な」と言ったりして、それなりに楽しんでいる。
猫が本を読む姿は、何度見ても微笑ましい。幸せな気持ちになる。
開店時間になったので、ハルは古書店の鍵を開けた。
読んでいただきありがとうございます。
『林檎のロロさん』も連載中です。こちらもどうぞよろしくお願い致します。
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