4冊目
「こちらが人間の、ジュード・グレン様です」
「に、よろしく頼む」
雑貨店の夫婦は、ポカンとした顔で固まっていた。
「ロンドさん、ロゼッタさん、しっかりしてください」
「「‥‥‥っは!よろしく!」」
「面白いな」
テーブル席にはすでに料理が用意してあった。
ロゼッタは、鶏肉の香草焼きとベーコンのクリームパスタ、サラダにオニオンスープを作っていた。
「わぁ、美味しそうですね!ジュードさん」
「人間に戻してくれたハルのおかげで食べられる」
二人は、嬉しそうに笑い合った。
ジュードは、濃紺のローブを脱いできていた。中に着ているタクティカルシャツとパンツは紺色で、ハルの紺色のワイドパンツとお揃いのように見えていた。
「すげえ男前‥‥‥」
「あの猫ちゃんが‥‥‥。まだ信じられないわ。それにしても、彼は独身かしらね?なんか、いい雰囲気よ」
「親代わりとして、ここは大事だな、ロゼッタ」
「ええ、ロンド!」
ガシッと握手を交わす夫婦は、気合いを入れた。
ハルは、隣りにいた友人たちユーゴとロッティの大切な忘れ形見だ。
ロンド&ロゼッタの食事会、という名の面接を開始した。
「たくさん食べてくれ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「グレンさん、おいくつなの?」
「ジュードでいい。二十五歳だ」
夫婦はうんうんと頷いた。イケる範囲だと。
ハルはもう、十八歳だし結婚を考える年齢だ。早くに両親が亡くなって店を持ったことで、彼女の世界が狭くなってしまったと、夫婦は心配していた。
「「ご職業は?」」
質問が被った。ハルがキョトンとしている。
「冒険者って、さっき言いましたよね?」
「「ソウデシタ」」
「面白いな、いつもこうなのか?」
「「いやいやそんな」」
「いつもこうですよ、息がピッタリ」
ハルは嬉しそうに話した。
ジュードは肩ほどの長さの銀髪を後ろに束ねた。食事の時はいつもそうしている。
「ジュードさんは髪を伸ばしているのか?」
「いや、切りに行くのが面倒なだけだ。ロンドさんは短髪が似合うな。どこで切ってるんだ?」
「俺は妻に切ってもらっているよ」
「私もロゼッタさんに切ってもらってます。前髪と毛先が傷むので」
「それなりで良ければいつでも切るわよ」
「それは助かるな」
食事はすっかり食べきってしまった。思ってたより腹が減っていた、とジュードは言った。ハルは素早く消えていく料理に驚き、やっぱり冒険者だなぁと思った。
「ジュードさんのこと、もっと話してもらえるか?楽しくてな。拠点ギルドはどこなんだ?」
「【月長石】だ」
右側に置いていた黒のボディーバッグを見せると、ギルドカラーの半透明の魔石が付いていた。ピンバッジに加工されている。
「まあ、それは魔法鞄ですか?」
「ああ、そうだ」
「猫ちゃんになってる時は、どこにあったのですか?」
「‥‥‥そういえば、どこだろうな」
「不思議ですねぇ」
夫婦は聞きたい話が逸れてしまったと思ったが、のんびり話す二人の様子をみることにした。
「濃紺のローブはオシャレなスカーフのようになっていましたね」
「ピンバッジが首の真ん中にブローチのように付いていたな」
「不思議ですねぇ」
「‥‥‥」
「‥‥‥ちょっとコーヒーを入れてくるな」
もう流れに任せるしかないな、とロンドは諦めた。
「今夜は、どうしますか?」
ロゼッタも立ち上がろうとしたが、ハルの言葉にピタッと止まった。
「本はこのままバッグに入れて、宿に戻る。‥‥‥ん?ロゼッタさん、どうした?」
「あ、いえ、宿に泊まるのね」
「念の為、宿を教えておく。もしも、本を開かなくても猫になってしまった場合は、頼りがあなた方しかいないからな」
苦笑いのジュードに、それはそうだとロゼッタも思った。二枚の紙に宿の場所を書いて、ハルとロゼッタに渡した。少し離れているので、もっと近い宿を考えると言った。
「本当は、夜も本を見たいのですが、仕方がないですね」
「ハルちゃん、遠回しに積極的ね」
「え?」
ロゼッタは思わず口に出てしまい「何でもないわ」とコーヒーを取りに行った。
「ハル、その、夜はさすがに未婚の女性なわけだし‥‥」
「あ、そうですね。ジュード様に変な噂があってはいけません」
「いや、逆なんだが‥‥‥」
もどかしい。なんて、もどかしいの。
ロゼッタはカウンターの中から顔だけ出して覗いていた。
ハルは母親似で、青茶色の髪も山吹色の瞳も母親と同じ、清楚な美人だ。子供がいないロゼッタたちにとって、親友であるロッティの娘は、我が子も同然だった。
むぅ。母親に似て、変に落ち着いてるのよねぇ。せっかく若いのに、勿体ない。
「‥‥‥ロゼッタ、コーヒー運んでくれないか」
「そうね」
トレイに乗せて、ロンドが入れたコーヒーを持っていった。
「さっきは飲めなくて残念だったんだ!」
瞳を輝かせて嬉しそうにカップのコーヒーの香りを堪能しているジュードは、ロンドにも好青年に映った。
冒険者ギルド【月長石】といえば、有名なA級冒険者がいたな。天銀の虎、だったか。
カウンターからソファー席に戻って、ロンドも自慢のコーヒーを飲む。ふと、ジュードを見た。
「‥‥‥あれ?」
「どうしたの?ロンド」
「天銀の虎?」
「っぶほぉ!」
ジュードがコーヒーを鼻と口から吹き出した。
「ジュード様、大丈夫ですか?」
「‥‥‥んん、ずばらい」
ハルがハンカチを差し出し、ジュードは涙目になって鼻と口のコーヒーを拭いた。
「鼻からコーヒーは、やはり痛いですか?」
「‥‥‥ん、まあまあだ。ところで、ロンドさん」
「悪かったよ」
「せっかくのコーヒー吹き出して、すまない」
「「そこじゃない」」
ハルの性格も変わってるが、ジュードもそこそこおかしいと、夫婦は心配になった。
「その異名、恥ずかしいんだ」
残ったコーヒーを飲み、ジュードが顔を赤くして不貞腐れた。
「A級だろ?格好良いじゃないか」
「ジュード様、天銀の虎と言われるの嫌なのですか?」
「嫌だ」
「では、虎を猫に」
「しない」
「残念です‥‥‥可愛いのに」
「そろそろ帰ろう、ハル」
帰ろう、ね。ロゼッタは、可笑しくなった。
食事の礼を言って帰り支度をする二人に、また来てねと言った。
扉の隙間からそっと見送っていると、古書店の前で「魔石の鍵を開けてみたい」と言うジュードに、笑って鍵を渡しているハルの姿があった。
あの鍵は、ハルの父親ユーゴに頼まれて、自分たちが作ったものだ。
「ねえ、ちょっと楽しみね、ロンド」
「楽しみだな、ロゼッタ」
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