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37冊目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 ハルにレジナルドという祖父がいた事を、ルークはそれほど驚いているように見えない。


「知ってたな?」

「こちらが言うべき事じゃないだろう?」

「話し合いが出来て良かったですね」


 ベーグルサンドはすぐになくなった。アーロは、紅茶を入れてきますからお話の続きをどうぞ、と気を遣ってくれた。


「ハルの両親の事は、さすがに知らないだろう」


 ルークの意識はアーロが向かった給湯室だ。


「謎が多いな。母親が亡くなったのは間違いなく()()()()()()()()()()だが、父親は病死というか衰弱死だったか?」

「ハルは、お前には話していいと言ってる」

「‥‥‥それなら今言ってくれ。こちらも対応できるように」


 まだ給湯室の方を気にしているのは、アーロが戻るまでに言えということだ。決して、彼を危険視しているのではない。話の内容次第で、アーロを巻き込まないためだ。


「父・ユーゴは異世界転移者、母・ロッティことシャーロットは異世界転生者」 


 ゆっくりとジュードへ向く友の顔は、一生忘れないだろう。こんなに驚いたルーク・ブレイクは、見たことがないのだから。


「うん、なるほど‥‥‥」


 さらりと月白のポニーテールを揺らして、腕を組んだ。


「なるほどね」

「‥‥‥」

「彼女は、今までよく無事だったな」

「周りの人と古書店が守ってきたんだ。これからも、そうだ」


 濃紺の瞳と天色の瞳が、互いの姿を映す。


「‥‥‥おや。これは、お邪魔でしたか。もう少しゆっくりお茶を入れるべきでした」

「「‥‥‥」」


 副代表のアーロ・アーレントが、紅茶のカップを乗せたトレイを持って、立っていた。


「見つめ合ってるところすみませんが」

「「見つめ合ってない」」

「代表はそろそろ仕事に戻らないと。頭も胃もスッキリするお茶にしましたから、飲み終わったらデスクに。仕事をしながらでも話は出来ますよ」

「いや、アーロさん、飲み終わったら俺も帰る」


 だいたい話せる事は話した。


 カルロスとバートの二人がハルの様子を見に来る時に、ジュードがここに報告に来るのがいいのではないかとなった。


「それにしても、ハルちゃんの威圧は興味深いな」


 ルークが貸したバングルが、より威力を増しているのだ。早く返したい。そのためには修理を終わらせなければならないのだ。

 アーロの紅茶はスーッとする香草がブレンドされているようだ。とてもスッキリする。


「ところで、ルーク。書類の量だが、前からこうだったか?」

「ここまでではなかったが、殆どが依頼書と報告書だ」

「依頼、溜まってるのか?」 

「まあな。早くお前に復帰してもらいたいよ」


 自惚れてはいないが、自分が離れていることでこのギルドに影響を与えているのかもしれないと思った。


「ルーク、修理は確実に進んでいる。お前の想像より早く終わるだろう。邪魔さえ入らなければ」

「多少の無茶は目を瞑るが、ハルちゃんには無理をさせるなよ?」

「おや、随分とお気に入りなんですね?」


 アーロはハルに会っていない。


「何だ会いたいのか?」

「それは、そうでしょう?【月長石(ムーンストーン)】の代表と、天銀の虎を夢中にさせる女性ですよ」

「‥‥‥」

「ややこしくなるような言い方はやめろ。恋愛経験の少ない男の嫉妬は怖いんだからな」

「失礼、そうですね」

「‥‥‥」


 何故だ。ここに来ると気分が落ち込むことが多い。冷めてきた紅茶を一気に飲み込んだ。


「二人は、俺をどうしたいんだ?」

「「揶揄(からか)いたい」」

「帰る」


 どうせ二人は忙しいのだから、タイミングとしては丁度いい。立ち上がったジュードは、ルークがニヤニヤして、アーロが口に手を当てて笑いを堪えているのを確認した。

 仕事に追われていても、人を揶揄う余裕はあるようなので、少し安心した。


「次は、たぶんハルを連れて来る」

「そうしてくれ。男だけでは華が足りない。いくら美人揃いでもな」

「楽しみにしていますよ」



 

 

 少し早い夕食は、食品収納庫にある野菜とベーコンを使った、あっさりとしたスープスパゲッティだった。お茶を飲みながら本を読み、ゆっくりシャワーを浴びて部屋着のロングワンピースを着たハルは、二階の自室にいた。一人で過ごした一年間の夜は、こんな感じだった。


 時々はこうやって過ごすのもいい。


 結婚したとしても、ジュードは冒険者だ。帰れない、帰らない日々があるのだから、自分も慣れなくてはならない。今日は必ず戻ると言ってくれたが、邪魔をしてくる者たちがいるのだから、もしジュードが帰って来れなくなっても慌てないようにしなくては。


 ジュードは、古書店の窓を気にしていた。ハルは『割れます』と答えた。物凄い音で、一度だけ割れたことがある。

 あれは、いつだったか?子供の頃だ。

 父が隣の夫婦に怒られていた記憶があるから、ユーゴがやったような気がする。


 ハルは、自分の今の部屋着を見て、何となくコレではダメだと感じた。一人でいる場合は特に、何かあった時にワンピースでは動けない。


「‥‥‥あ」


 ふと、思い出した。部屋の奥のハンガーラックを動かして、しばらく開けていない収納を開けた。トイレほどの広さで高さはハルの胸までくらいだ。頭をぶつけないように、目的の荷物を引きずり出す。

 取り出したのは母の物だ。防塵防腐防虫効果のある布で包んで置いていた。今思えば、凄い布を使ったものだなと思う。

 母が死んだ後で、気を持ち直した父が、ハルにこうして渡したのだ。いつか使えるかもしれないからと言っていた。いつかって、いつだろう?そう思っていたことすら、すっかり忘れていた。


 母は異世界転生者だったらしい。父のような考えがあるとしたら、この中に異世界風の服があるかもしれない。

 ワクワクして包を開けようとするが、ギュッとキツく結んであってなかなか解けない。どんな思いで、母の物を父がこうして包んだのかがわかる。


「‥‥‥くっ、もう少し」


 結び目が緩んだら、しゅるっと解けた。


「わ」


 思い出して良かった。


 求めていた服がいくつかあった。それと、ハルが古書店に来る前の、赤子だった頃の服まで入っていた。


 なんて小さい服だろう。これを私が着ていたのよね?もしかしたら、手作りかしら‥‥‥あ、これ。


 少しリメイクしたら、トラ様が着れそう。


 想像して、へらりとハルは笑った。絶対にカワイイ。ジュードは「嫌だ」と言いそうだが。

 取り敢えず、小さい服は魔法鞄に入れた。ロゼッタにも相談したい。

 母の服を広げてみたが、ロッティがこれを着ていた記憶がない。もしかしたら、古書店に来てからは一度も着ていなかったのかもしれない。


 ベネットの実家か、実家を出てからここに来るまで、とか?


 色は、灰色・黄土色・紺色・青色・焦茶色の、五色それぞれの上下セット。どれも、ノーカラーシャツとダボッとしたパンツだ。部屋着と普段着の間くらい。庭に出るにも問題ない。腰のサイズも丈も、ハルにもピッタリだ。シャツは前と後ろの身頃が生地が二重になっていて、下着が透けないように考慮されている。 


「す、凄い‥‥‥望んでいたものだわ!」


 さっそく着替えてみることにした。

 もし、誰かに窓を割られたとする。隣の夫婦が駆けつけてくれたり、警備隊が来たとしても、これなら恥ずかしくなく対応できる。本当に、思い出して良かった。

 

「これは一生物になりそう」


 今着たのは灰色の上下で、着心地が良い。綿素材だろうか。嬉しくて、他の色も着たり、何度も姿見鏡を見た。


「ジュード様に見てもらいたいわ」





 ローブのフードを被ってギルドから出たジュードは、尾行がないと気がついた。二人が古書店の方に行ったかもしれないし、少し離れた場所で人ごみに紛れ込んでいるかもしれない。

 想定内だ。だから、感情を表に出さないし、魔力も揺らがない。問題ない。自分は冷静だ。


 ギルドの近くで事を起こせば、アーロに笑顔で嫌味を言われる。あれは、精神的にくる。出来ればここではトラブルなく離れたい。


 ギルド前の広場は毎日のように屋台が出ている。午後六時半。まだ仕事終わりの一般客が多いが、ギルドが閉まったら、飲み足りない冒険者たちも流れてきて、もっと増えるだろう。


 様子見も兼ねて、果実酒に合いそうなツマミはないかと、少し歩く。初めて見る屋台を見つけた。甘い匂いがする。


「いらっしゃいませ」


 女性の店員が売っているのは、期間限定のブルーベリーの焼き菓子で、切り分けて食べるサイズだ。


「男女問わず人気ですよ。おみやげにいかがですか?」

「果実酒に合いそうだな」

「ええ。甘さも控えめですし、ピッタリですよ」

「一つくれ」

「ありがとうございます」 


 茶色い紙に包んでから、スルッとリボンで結んだ。随分と器用だ。なかなか洒落た手土産になった。


 それから、わりとよく来る屋台に顔を出した。元冒険者の男の店だ。


「いらっしゃい!‥‥‥おう、なんだ色男か」 

「塩鶏を十個くれ」

「はいよ」

「‥‥‥最近どうだ?」

「まぁまぁだな。そっちは?」

「トラブルが一つな。参ってる。急いで何とかしないと、依頼も受けられない状態だ。俺には向いてない調べ物もある」

「‥‥‥最近見かけないと思ったら、そうだったか。はは、お前もいろいろと大変だなぁ。ちょっと待ってろ。‥‥‥おーい!この色男を励ましてやれ!」


 周りで飲んでいた冒険者が数名集まってきた。四十代から五十代くらいの酒好きばかりだ。


「おー、天銀の虎か、久し振りだな!」

「まだ塩鶏は出来てないんだろう?こっち来い」


 背中を叩かれながら、屋台の後ろに連れて行かれた。薄汚れた天幕と横幕付きの大型テントで、中に大きなテーブル席がある。大騒ぎして周囲の迷惑にならないようにするための静音効果があるようだ。


「ジュードは‥‥‥ああ、確か飲めないんだったな?俺が漬けた梅のジュースあるから、飲め飲め。美味いぞ!湯で割ってやるからな」

「あ、ああ、すまない」

「髪切ったんだな。良かったな。男らしくて俺はこっちのほうが好きだぞ?」

「俺も俺も」

「あ、ありがとう」


 親に近い年齢の冒険者にジュードは翻弄されたが、偶には良いものだなと思った。


 

 少し離れた所から見ていた女が、いい気なものだと舌打ちした。 

 人付き合いはしないタイプかと思ったが、ジュード・グレンも冒険者と飲んだりするのだなと、いつ帰るかわからない状態に苛ついた。緋色の瞳が、やや闇に染まる。気持ちが揺らぐと、すぐに色が戻ってしまう。


「おお?珍しい店だな。ん?なんだ、何もないのか?」

「‥‥‥悪いけど売り切れたから、店じまいよ」


 女はエプロンを取って、無愛想に答えた。顔を顰めた客が離れて行くと、女は即席の屋台を片付けて、魔法鞄に入れた。

 目立たない場所に移動し、黒いローブを着てフードを被り、大型テントの邪魔で薄汚れた横幕を見る。屋台のおやじが、塩鶏を入れた袋を持って中に入って行った。すぐに出てきたのはおやじだけだった。

 それからは、何人かの男がテントを出ては戻ってを繰り返す。屋台で買い足したり、用を足すためだろう。


 まだ帰らないの?


 古書店の女が心配ではないのか。


「‥‥‥‥‥‥いいえ、おかしいワ」 


 女は、風魔法を流し込んだ丸い魔石を転がした。テントまで届いて、破裂する。


「うわ?」

「風が強えな」


 横幕が捲れ上がる。中に座る男たちが見えた。


 ジュード・グレンが、いない。


 女は走り出した。やられた!

 血が出るのも構わず、女は強く唇を噛んだ。緋色だった瞳は、もう闇に染まっていた。




 

 ジュードが帰った後の代表室は、しばらく筆音だけが響いていた。

 人の気配で立ち上がった副代表のアーロ・アーレントが歩き出すと、扉がノックされた。

 書類が上がってくる時間ではないし、今日の約束はもうない。トラブルか?と、代表のルーク・ブレイクも視線を向ける。扉の外へ出て受付の女性と会話をしたアーロが部屋に戻ると、ルークに報告した。


「塩鶏屋が来ました」

「通せ」


 ギルド前の広場の塩鶏屋の元冒険者の男。彼の店に来た客から聞いた気になる話を、こちらに流してくれる。引退はしたが後輩の冒険者からの信頼もあるので、ルークは彼に広場の安全管理を任せている。

 アーロが扉を開けて待っていると、五十代くらいの白髪交じりの短髪の男が入ってきた。


「おう、ギルマス。忙しそうだな」


 男の服に染み込んだ、皮がパリッと焼かれた塩鶏の匂い。空腹時には堪らないが、今日はジュードが持って来たベーグルサンドを食べていたので、腹の虫が鳴くことはない。


「デンさん、どうしたか?」

「色男が困ってたんでなぁ。手を貸してやったんだが、構わなかったか?」

「そうか、感謝するよ」

「どうぞお座りください」

「いや、汚れちまうし、すぐに戻らねぇと。ありがとうな」


 アーロがフッと微笑んだ。デンは、魔法鞄から包みを出しながら、先程のことを話し始めた。


『トラブルが一つな。参ってる。急いで何とかしないと、依頼も受けられない状態だ。俺には向いてない調べ物もある』


 ジュードがそう言った。


「つまり、一人に見張られてるから、何とかしたい。それから、これを調べて欲しいと」


 茶色の包みにリボンがかけられた物だ。


「夜になって店を出した菓子屋のようだ。店に立ってたのは女だったと、見回りの仲間が確認した。行ったら商品は売り切れだと言われた、と。色男が買った時はまだいくつかあったらしい。ブルーベリーの焼き菓子だそうだ。ギルドに出店の申請などしてないだろ」

「ジュード・グレンが来るのを待ってた、と?」 


 アーロがデンから包みを受け取った。


「アーロ、それを鑑定士に。わかったら報告してくれと」

「承知しました」

「待ってくれ、コレもだ。風魔法を入れた魔石を使ったのか、屑石が落ちていた」


 アーロは、小瓶に入った屑石を受け取ると、すぐに代表室を出た。


「女は、テントの中に色男がいないと気付いて、いなくなった。まあ、もう追いつけないだろうが‥‥‥」

「行き先を知られているんだ。あいつにも、大事なものが出来た」

「‥‥‥なるほど。だから頼ってきてくれたのかい」


 デンは、出来の良い後輩に頼られた事で、嬉しそうに笑った。


「じゃあ戻るわ。これでも人気の店だからな。他の奴らに店番させてるから心配だ。またいつでも頼れと、色男に言っといてくれや」

「ああ、必ず伝える。ところで、俺の塩鶏はあるんだろ?」


 にやりとしたデンが、別の包みをルークに渡した。チーズにも合うスパイシーな塩鶏だ。ルークは金貨を一枚渡した。多いが諸々込みだ。


「また頼む」

「はいよ」


 デンが手をヒラヒラと振って出て行った。外に控えていた若いギルド員の女性と楽しそうに話しながら帰るデンの後ろ姿に、自由でいいなぁと羨ましく思いながら、元冒険者の先輩を見送ったルークは、扉を閉めた。 





 コツ、コツ。


 微かに音がした。ハルは魔法鞄を斜め掛けにして、扉を開けたまま自室を出ると、階段を静かに下りる。ジュードのようには出来ないが、なるべく音をたてずにゆっくり下りた。自室からの灯りだけを頼りに、手元灯はつけなかった。

 

 コツ、コツ、コツ。


 店の窓だ。ジュードは鍵を持っている。隣の夫婦ならば裏口をノックするし、ハルが今日は一人だから扉を開けないとジュードが教えているから、よっぽどの用がないと来ないはずだ。


 どうしよう。


 窓が見えるギリギリの、階段に座って様子を見た。悪意があれば中には入って来れない。だから、ハルはここにいる限り大丈夫だ。


 カーテンに影が映った。店は暗いので、通りの街灯か月明かりで映ったようだ。だが、すぐに消えて、もう何も映らなくなった。


 うーん?帰ったのかしら?


 目が慣れてきたので、店の掛け時計を見た。午後八時を過ぎている。他人(ひと)の家を訪ねるには、遅い時間だ。


 誰だろう。


 ハルは、恐さよりも誰なのかが気になっていた。しかし、ジュードからは誰が来ても開けるなと言われている。

 いっそ窓が割れたら顔が見えるかも?‥‥‥などと思ってしまって、自分の危機感のなさを、すぐに反省した。

 それでも、このままずっとここで待っていても仕方がない。キッチンへ下りるか、自室に戻るか、そう考えていたら、空間がひび割れたような魔力を感じた。


 この感じは、確か‥‥‥窓が割れる前の‥‥‥。



 バリ、バリ、バリ、バリン、バリッ‥‥‥

 

 ‥‥‥ッゴオオォォン!!!



 商店兼住宅地が多い、閉店後の静かな通りに、大きな爆発音がした。階段に座っていたハルは、手すりに掴まった。古書店が振動でカタカタと揺れている。


「‥‥‥そうそう、これ、これよ。これだわ」


 ハルの口元が懐かしさで笑っている事に、本人も気付いていない。ここまでされて怯えない一般女性などそういないのだと、後で言われることになる。

 

 古書店内にガラスの破片はない。壁も本棚も無事で、窓ガラスだけが消えてカーテンが揺れていた。

 そうなるようになっている。ガラスが割られたら、向こう側に吹き飛ぶのだ。


 さて、大怪我はしていないといいが、隣の夫婦が急いで駆けつけるはずなので、元気過ぎても困る。ロンドとロゼッタを危険な目にあわせたくない。


「‥‥‥いっってぇぇっ!いてぇなっ!くっそがぁ‥‥‥っ!」


 口の悪い男の声が聞こえた。一人だけだ。


 窓は割れてしまったし、せっかくだから覗いてみよう。近所も灯りがついたようだから、顔を見られたくなければ逃げるかもしれない。この騒ぎで、ハルが出て行かないのも不自然だしと、ハルはカーテンを開けた。


 窓から見る光景。ガラス片はキラキラとした小川のように通りの真ん中まであって、そこに前屈みの全身黒のような服の人物。暗いので怪我の程度が全くわからない。


 男がゆらりと顔を上げて、ギラッと光る瞳と合ったと思ったら、グンッと一気に近付き、腕が伸びてきた。濡れたような癖のある髪は黒銀、瞳は灰色がかった青のようで、ハルはしっかりと男の顔を見た。


「「ハルちゃん!」」


 知った声がしたが、ハルは動かなかった。ハルが立っているのは、古書店の中だ。


「‥‥‥か、はぁっ?!」


 男は、まるで時間が戻ったかのように、元の位置まで吹っ飛んだ。地面に叩きつけられて頭を打ったのか、動かなくなった。


「「「うわ‥‥‥」」」


 初めて強い悪意を向けられたハルと雑貨店の夫婦は、古書店に入れない者が襲いかかるとどうなるのか、目の前で見てしまった。


 

読んでいただきありがとうございます。

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